東北海区の増養殖概況(昭和60年度)

小金澤昭光


1.海草類
ワカメ(岩手・宮城)
コンブ(青森・岩手・宮城・福島)
ノリ(宮城)
マツモ(岩手・宮城)
2.貝類
ホタテガイ(青森・岩手・宮城)
カキ(岩手・宮城)
カキ採苗(宮城)
アワビ(青森・岩手・宮城・福島・茨城)
ホッキガイ(宮城・福島・茨城)
3.魚類
ギンザケ(岩手・宮城)
シロザケ(青森・岩手・宮城・福島・茨城)


 昭和60年1月から12月までの沿岸海況は,冬〜春季にかけて一部,低水温となったところもみられたが,全体的には平年並に推移した。このため,増養殖生産には,昨年の異常冷水現象に起因したような大きな変化が認められなかった。以下に主要な対象種を中心に概況を述べる。

1.海藻類

 ワカメ(岩手・宮城):三陸沿岸におけるワカメ養殖業は,我が国のワカメの総生産量の70%を占める重要な産業である。昭和60年には,摘採開始前後に低水温の影響で生育のおくれが目立ち,平年より10日程摘採がおくれた。その後,水温が平年並に回復するにつれて順調に生育し,最終的には平年並の収穫量を維持できた。近年,ワカメ養殖においては,穴あき症,先腐れ症,スイクダムシの着生など,各種の病害が顕著になってきている。これまで県水試を中心にした病害発生予測にもとづいて,摘採期の調整などの養殖管理によって対応していたが,原因の究明にもとづいて確実な対策をたてることが必要である。

 コンブ(青森・岩手・宮城・福島):青森県から宮城県までの三陸沿岸各地では,1984年の異常冷水現象の影響をうけて,天然コンブが繁茂した。本年も未だ天然の群落が持続しているところが多い。このことは,収穫対象として有利な条件になっているとともに,餌料海藻として当海域の魚介類生産へ大いに寄与するものと期待される。生産量は,前年度の在庫にもかかわらず,養殖,天然ともに平年作か,それを上廻る状況であった。当海域でも種苗の促成栽培技術が確立し,各地で種苗生産施設が設置され,安定生産への道が開けた結果,流通面へも強いインパクトを与えるようになってきた。

 ノリ(宮城):宮城県仙台湾および松島湾が主生産地である。外洋部の仙台湾漁場では例年になく高品質のものが遅くまで生産された。しかし内湾の松島湾漁場では本年も殆ど生産をあげるにいたらなかった。不作の主な原因として,養殖開始期の多雨,曇天などの気侯条件の不良に加えて湾内への流入廃水などによる水質条件の悪化も考えられている。これに対し宮城県関係機関が「ノリ養殖安定化対策部会」を結成して原因究明調査,対策等について精力的に検討を加えている。本年は,松島湾内に流入する排水の流路変更などを試みたが,未だ不作要因の特定に至っていない。今後とも調査結果にもとづいて,品種の検討を含めた総合的な漁場管理,行使方策等,養殖技術体系をつくりあげる必要がある。

 マツモ(岩手・宮城):東北海区では,近年,褐藻類のマツモの生産が著しく増加し新しい生産対象種として期待を集めている。マツモは茨城県を南限とし,金華山以北で主に生産されている。従来,天然採取に止まっていたため,生産量が低く,流通範囲も地域的に限定されていた。本種の養殖は,昭和40年代から試みられていた。最近,岩手県栽培漁業センターを中心に天然採苗並びに人工種苗生産技術の開発が行われた結果,種苗の安定確保が可能になり,養殖生産の急速な伸びがみられた。本年には,養殖生産で約10トンに達した。これは天然採取による共販数量とはぼ同じ量である。養殖は種苗糸を巻きつけたロープを海面に張って行われている。岩手県ではロープ1m当り1キログラムの生産がみこまれ,摘採初期には生産価格として1キログラム当り2,000円と非常に高価格で取引されている。生産量は拡大する方向にあるため,調理法の開発と普及等によって流通面の拡大をはかる必要がある。今後の一層の発展を期待したい。

2.貝類

 ホタテガイ(青森・岩手・宮城):主生産地である陸奥湾では,前年のような異常冷水現象の影響もなく順調に産卵が行われたため,稚貝は,全湾平均で1袋当り25,000個と豊作型の採苗数を確保することができた。成貝生産においても陸奥湾内の養殖総量規制が徹底した結果,生産金額で100億円を達成した。また増殖センターが中心になって行った湾中央部における集中採苗試験が成功し,湾内は勿論,外海域へも種苗が安定して供給できる体制に新たな展望が開かれた。一方,岩手,宮城では陸奥湾産種苗の移入に依存していた1970年代初期に発生した大量へい死による生産の停滞状況を克服しつつある。両県では陸奥湾で放出され,三陸沿岸に南下する浮遊幼生を採苗する技術,並びに養殖貝を母貝として地場で効率的に採苗する技術が確立されたことによって養殖生産の向上をみた。この結果岩手県では4,070トンと対前年比2倍の生産を確保した。このような地場採苗と健苗育成の技術が岩手,宮城でも定着した結果,ホタテ養殖の一層の発展が期待できる。

 カキ(岩手・宮城):本年度の作柄は平年並に推移した。しかし品質に大きな地域格差がでた。このことは,種苗供給が不安定だったことによって当年ガキ,2年ガキの生産体制がくずれたこと,貝毒規制に地域差があったこと,加えてまだ過密養殖を行っている地域があったことなどが相乗的に働いたことによると考えられる。岩手県では粒ガキ出荷体制が確立し,2,000万個の生産が可能になってきているため,流通面での多様化したニーズに対応できる生産システムを確立する時期にきていると考える。

 カキ採苗(宮城):仙台湾を中心とする種ガキの生産動向は,広島湾とともに全国養蠣業界に大きく影響する。本年は水温条件もよく,放卵も順調に推移したため,近年になく大量の採苗数が確保された。ただ,幼生の出現海域は,これまでの松島湾中心から牡鹿半島の外海へと移ってきている。安定採苗のためには母貝としての役割を中心的に果たしている松島湾の養殖 ガキの母貝組成を安定化させることのできる養殖設計を考える必要がある。

 アワビ(青森・岩手・宮城・福島・茨城):近年,東北地方のアワビ生産量は減少傾向にあった。減少傾向が最も顕著であった岩手県では,昭和59年にこれまでに最も低い175トンを記録したが,60年には413トンと対前年比236%になり,増加傾向に転ずる可能性を示した。青森,宮城両県も同様な傾向にある。この背景として餌科供給を含めた漁場造成,中間育成を経た大型人工種苗の放流,資源診断を含めた漁場管理体制の整備など増殖技術の向上に負うところが大きい。さらに青森県から宮城県まで,天然コンブが繁茂して餌科条件が向上したこと,昭和58年以来,天然稚貝の発生が確認されたことなど自然条件も好転したことも一因となると思う。本年における生産増大のきざしは関係者に大きい展望を拓いたといえる。

 ホッキガイ(宮城・福島・茨城):福島県磯部地区では昭和36年以来保護水面を設定して母貝群の育成を行ってきている。昭和58年には稚貝の大発生がみられた。この稚貝を“寄せホッキ”として無駄にすることなく,有効に利用するため,沖合に大量に移殖した結果本年漁獲対象となり,約700トンの漁獲が見込まれている。当初,前年に引き続き1,000トン台の漁獲を期待したがやや低い見通しになっている。これは計画出荷,自主禁漁の方法を採用し,計画生産をはかったことによるものである。この“磯部方式”といえる移殖,漁獲,出荷までの一貫した資源の有効利用の方策は福島県北から県南にまで普及してきた。外海砂浜性貝類資源の管理のあり方はなかなか困難であるが,磯部方式は貴重なモデルを示したといえよう。

3.魚類

 ギンザケ(岩手・宮城):宮城県では,昭和52年から養殖生産が開始された。昭和60年には夏期の降雨量が少なかったため,種苗生産が不調に終わった。このため稚魚の入手に困難を来たし,種苗価格が高まった。しかし最終的に生産量で6,000トンとなり冷水域における主要な養殖種としての地位を着実に確立してきている。このような動きは,従来の志津川湾中心から女川湾へ,さらに牡鹿半島の仙台湾側にも養殖海域が拡大したことによって支えられている。現在,流通面では1,000円/キログラム前後と堅調に推移している。今後,ビブリオ,BKD等の魚病対策の確立と品質の一層の向上を図る必要がある。また漁家の複合経営のメニューの1つとして健全な養殖基盤の確立の一助となることを期待したい。

 シロザケ(青森・岩手・宮城・福島・茨城):東北各県の漁獲高は,昭和60年12月末現在では岩手県で1,315万尾,宮城県で69万尾,福島県で45万尾といずれも対前年同期を上廻った。青森県では前年同期を下廻ったものの,北海道,岩手県に次いで196万尾を漁獲した。岩手県では,昭和60年を達成年次とした“3万トン増大計画”を昭和59年に早くも41,000トンとなって目標を達成した。本年も前年に引き続き高い漁獲量を期待できる。このような豊漁に恵まれたのは,太平洋側各県で,ふ化場での稚魚飼育に過密をさけて健苗育成に心がけ,また海中飼育の導入,適期放流などきめ細かな増殖を行った結果によるものである。(表)
 今後,さけ資源の増大にあたっては,高級化,多様化の需要に応えるために,早期来遊群の確保とギンザケ資源の造成などによる質的な向上をはかり,中・長期的にはサクラマス・ベニザケ等の新資源の造成をはかる必要があろう。


 以上,昭和60年における東北漁区の主な増養殖の生産動向と内在する問題点について述べた。現在,増養殖分野では事業面では沿岸漁業整備開発事業,栽培漁業振興等の振興計画や重要貝類毒化対策事業がブロック内場所相互間の連係の中で進められ,研究分野ではマリーンランチング計画,バイオマス変換計画,農林水産ジーンバンク計画,魚介類の雌性発生技術開発等が進められている。昭和61年からは地域バイオテクノロジー開発事業も開始される予定である。今後とも生産現場からの問題点の提起と研究成果の照合の中でブロック内における増養殖技術の体系化を期待して概況<の紹介を終わることとする。

(増殖部長)

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