東北水研ニュース

昭和59年の東北海区の漁況

安井達夫


 昭和59年の東北海区の海況は“冬春の異常冷水,夏秋の表面水温の異常高温など極めて特異な海況で推移した”。これに伴って漁況にも様ざまな異変が起きた。
 最初に報じられた異変は,2月下旬から4月上旬にかけての異常な低温状態の中で,青森県の日本海側から津軽海峡内の沿岸域で,マダイが仮死状態で浮上したも網で多数掬い上げられたり,津軽海峡から青森県の太平洋側及び岩手県北部の沿岸で,アワビが磯に打ち上げられたということであった。最近数年間冷夏による米の不作が続いたうえ,数10年ぶりの寒気と大雪でリンゴの枝折れ,幹割れ,飢えたネズミによる樹皮の食害などの被害を受けた青森県は,農林漁業の既に生じた被害に対する援助と予想される冷夏によって生ずるであろう被害の防護や援助について,国の協力を得ようと東北地方の各県に異常現象と被害の調査を呼びかけた。
 それに応じた各県からの報告によるマイナスの異変は,沿岸域では上記の他に青森県でのアワビの人工育成種苗のへい死,ヤリイカ漁期のおくれ,岩手県でのワカメの穴あき,先き腐れ,イサダ(ツノナシオキアミ),サクラマス,カラフトマス,マスノスケ,ヤリイカの不漁,スケトウダラ,マダラの漁期のおくれ,宮城県でのメロード(イカナゴ成魚)の漁期おくれ,福島県でのヒラメ,イシガレイ,マコガレイ,マガレイの不漁,茨城県でのボラのへい死打上げ,クロダイ,アナゴ,タコの衰弱・へい死体の底びき網への入網,ヒラメ,カレイ類の不漁などであった。5・6月には表面水温は平年並みに戻ったが,中底層水温は相変らず低い状態が続き,青森,岩手,宮城の3県のコウナゴ(イカナゴ幼魚)とクロマグロの不漁,スルメイカの漁期おくれなどがあった。
 しかし異変はマイナス面だけではなく,その後青森県でのマダイの好漁,宮城,福島,茨城の3県でのイサダとメロードの大漁(但し,宮城県ではメロードが浮かず抄い網では不漁,底びき網で大漁),福島県でのスケトウダラ,マダラの漁期の長続さと好漁,青森県でのヤリイカの漁期のずれこみ,青森〜茨城の各県でのスズキの好漁などプラスの異変もあった。
 夏になって,気温の異常高温が生じると共に,常磐沿岸域の中・底層には依然としで冷水が残留し続けたものの,北部海域では表面水温が異常上昇し,数年ぶりにスルメイカが北海道東部水域まで北上し,秋の南下群を含め4年ぶりに,近年の水準としては好漁となった。マイワシも冬春には漁場が南偏し,九十九里浜沖が越冬未成魚の主漁場となり(通常は鹿島〜小名浜沖),その後の北上もややおくれたが,夏秋には北海道東部から三陸・常磐にかけての各地で豊漁となった。
 一方,沖合漁業が対象とする魚種では,アカイカ,クロマグロ,メジ(クロマグロ幼魚),ビンナガ,マサバは不漁であったが,サンマは並漁,カツオは豊漁であった。特に,カツオは東北海区に入る直前の5月に,伊豆諸島東側を北流する黒潮の東側の潮境に密集滞泳したため,マグロ類の来遊が少なくて困惑していたまき網漁船までがこのカツオを漁獲対象に操業したためと,6月以降の東北海区への来遊量も予想に反して多かったため空前の豊漁となった。
 イサダやメロードの漁場の南偏と豊漁や福島県でのスケトウダラやマダラの好漁,マイワシやスルメイカの北上のおくれとその後の好漁,青森県でのヤリイカの漁期のずれこみなどは異常海況によるところが大きいと思われるが,これとても総てが海況によるとは断言できず,資源量との関係も否定し得ない。ビンナガやマサバの不漁は両種の近年の資源量の減少が大きな原因であることは明らかであるし,ヒラメやカレイ類の不漁も冷水の影響が皆無ではないとしても,資源量の減少が大きな要因であろう。コウナゴの不漁,スズキの好漁,サケ・マス類の好不漁などに至っては,海況がどれだけ関与しているか今のところ判断する知見が備わっていない。サンマについては冬春の稚仔の分布調査,初夏の北上群分布調査,漁期直前の魚群分布調査のいずれからみても,59年漁期の漁獲対象資源量は少ないと考えられていたが,結果は平年並みであった。大型魚の割合が多かったので尾数で勘定すれば少なかったとしても,58,59年に急速に普及したフィッシュポンプ,スキヤニングソナー,放電管式集魚灯などによる漁獲効率の向上が影響しているといわれているし,調査が行き届かない沖合からの加入が原因なのかも知れないなど,解明しなければならない課題が山ほどある。
 冷水のため仮死浮上したマダイを拾ってホクホクした“目出鯛”話はさておくとしても,大漁となったイサダは値崩れして操業が打ち切られたし,メロードは漁師が言うように,冷水のため活動が鈍くなって浮上しなかったのか,それとも冷水を好むため夏眠入りがおくれて底層で索餌し続けていたのか定かではないが,抄い網漁が全く不振になる一方で,底びき網で空前の豊漁となり,小型漁船漁業者と底びき網漁業者との対立を激化させ,県が仲介して底びき網漁業者を説得して,土曜日のメロード漁獲を休むこととなった。
 漁海況予報の任務は,今や単に操業効率を高めるためにのみ必要とされるのではなく,このような漁業紛争解決のための話し合いの判断材料としても重要な役目を負わされる時代になったのである。
(資源部長)

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