東北海区の増養殖概況(昭和59年度)

小金澤 昭光



 昭和59年1月から12月までの東北地方太平洋沿岸の増養殖分野における主な動きを紹介する。
 沿岸域の海況としては,冬季から春季にかけて,親潮が顕著に張り出し,津軽暖流が弱勢となった。このため,沿岸域では,例年より1ヶ月程早く2月から冷水が接岸し,7月頃まで平均水温より2〜5℃程低く経過した。また夏季になると,水温が一転して急上昇して例年より高水温になるなど,極めて特異的な海況を示した。このような海況条件下で幾つかの魚種の増養殖の生産は,例年とは異なった現象がみられた。


1.海藻類


コンブ(青森,岩手,宮城,福島):青森県から宮城県までの三陸沿岸各地で天然コンブが著しく繁茂した。これまで生育水深は,5〜6mまでだったのが,多くの場所で15m前後まで拡大した。その結果,岩手県では,1,389トン(前年342トン)の収穫量となり,昭和37,38年に次いで史上3位を記録した。地理的な分布域も福島県勿来周辺を南限とされていたのが,茨城県日立市を越えるまで拡大したことがわかった。このことは,冬季から春季にかけての海況条件によるものと考えられる。


ワカメ(岩手,宮城):我が国の養殖生産の70%を岩手,宮城の三陸リアス沿岸産ワカメで占めている。昭和59年については平年作であった。しかし,ワカメの生長期に冷水現象が起ったため天然産のワカメが著しく少なくなり,一部で養殖用母藻の確保に支障もきたすところもでた。種苗の確保と新たな採苗方式の確立が望まれる。


ノリ養殖:宮城県松島湾を中心にしたノリ漁業については,外海域では平年並の生産をあげたが,内湾域では殆んど生産をあげることができなかった。県水試初め,関係各機関の努力で対策がたてられつつある。将来の養殖技術を見直した上で,品種を含めた総合的な漁場管理,行使方策をたてる必要がある。


2.貝類


ホタテガイ(青森):産卵時期が春季の冷水現象の影響を受け1ヶ月遅れた。これに伴い,採苗時期も遅れたが,陸奥湾では当初,全湾平均で1袋当り25,000個と豊作型の採苗数が確保できた。採苗期の遅れと引続く低水温により稚貝の成長が遅れ,分散期が8月に移行した。また,夏期には高水温となったために採苗稚貝のへい死がおこり一転して種苗不足となったが,種苗供給の相互調整体制が確立していたため,全体的に養殖数量を確保できた。


カキ(岩手,宮城):本年度の作柄は総じて平年作で推移したが,品質に大きな地域格差がでた。品質に地域格差がでたことは,最近の種苗供給の不安定性に起因して,時には2年ガキ出荷となったり,1年ガキ主体の出荷になるなど生産体制の一貫性のなさ,加えるに過剰養殖が相乗的に働いたことによると考えられる。岩手県では,1粒ガキの出荷体制が整備され,この数年1,700万〜2,000万個の生産をあげた。これに伴い漁場の利用方式が複合化され,過密養殖の克服に役立ってきている。今後のカキ養殖のあり方を考える上で一つの方向性を示すものといえよう。


カキ採苗(宮城):仙台湾を中心とする種ガキの生産動向は,広島湾とともに全国の養蛎業界に大きく影響する。昭和59年には産卵期が春季の低水温の影響を受けて遅れ,その結果,採苗の開始も遅れた。その後,内湾水温の急上昇に支えられ採苗も順調に推移し,平年作を上廻る作柄となった。幼生の出現海域は,昭和58年に引続き従来の松島湾中心型から牡鹿半島の外海に中心が移っており,安定採苗を行なうためには,母貝供給地として松島湾における母貝組成の安定化をはかる必要がある。


アワビ(青森,岩手,宮城,茨城):東北地方のアワビ生産量は昭和59年も減少傾向が続いた。このうち岩手県での減少が顕著である。引続く生産の減少傾向下でも餌科供給をあわせた漁場造成,人工種苗供給,中間育成の体制の整備,資源診断を含めた漁場管理の意識の向上など増産に向けての基盤が作られてきた。一方,青森から宮城にかけては天然コンブの繁茂によるアワビの餌科面での充実,昭和58年以来,天然稚貝の発生が確認されていることなど自然条件も好転している。昭和59年を生産の減少の底として,60年度以降には生産増加にむかうよう期待したい。


ホッキガイ(福島):昭和36年以来,磯部地区では保護水面を設定し,母貝群の育成を行って来ている。昭和58年には稚貝の大発生がみられた。この稚貝を種苗として有効に利用するため,沖合に大量移殖を行っている。これらの移殖は,昭和60年度後半から漁獲対象となる見込みである。昭和59年度は1,000トン水揚が予想されている。この数量は戦後最高時の1,300トンに匹敵するものである。この磯部に始まる移殖から漁獲,更に出荷へと至る資源の有効利用の方式は,県南の勿来まで普及拡大し,明るい漁村づくりに大きな役割を果たしている。このような経験が,今後,外海貝類資源の管理のあり方について多くの知見をもたらすものと期待される。


3.魚類


ギンザケ養殖(岩手,宮城):昭和52年から養殖生産が開始された。昭和59年には低水温のため期待したような成長量を得られなかったものの,生産量では4,000トンを記録し着実に冷水域における養殖種としての地位を確立しつつある。他の地域もギンザケ養殖をおこす機運にある。現在のギンザケ養殖は,流通面から1,000円/kg前後で堅調に推移しているので,今後,品質の一層の向上を図りつつ,漁村における複合経営のメニューの一つとして健全な養殖基盤の確立を期待したい。


シロザケ(青森,岩手,宮城,福島,茨城):昭和60年2月10日現在のサケの漁獲量は,表Tに示すように対前年比,河川・沿岸で青森県199%,岩手県154%,宮城県159%,福島県162%,茨城170%と各県とも大巾な増加を示した。特に岩手県では昭和60年度を達成年次として計画した3万トン増大計画を1年先んじて41,000トンと大巾に計画量を上廻って達成したことは特記される。本年度の回帰の特徴は,各県とも河川溯上期が例年より1旬から1旬半ほど早く,回帰南限域である茨城県では沿岸・河川とも過去最高の漁獲増を示した。今後,さけの増大にあたっては,需要の高級化,多様化の要請の中で早期来遊群の確保を含むギンザケ資源の造成など質の向上,中・長期的にはサクラマス・ベニザケ等の新資源の造成が強く求められることとなろう。


 以上,昭和59年度の主な増養殖対象種の生産動向と産業に内在する問題点について述べた。現在,増養殖分野では,マリンランチング計画,バイオマス変換計画等のプロジェクト研究も数多く行なわれている。また昭和60年度から農林水産ジーンバンク事業,魚介類の雌性発生等による育種技術の開発等の新たな研究が開始される予定である。生産現場からの多くの問題点の提起を期待して本稿を終わることにする。

(増殖部長)

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