石巻湾の定置網に入網したシギウナギ

木曽克裕


 筆者はサクラマスの調査で定置網の漁業者にサクラマス幼魚の採集をお願いしている。標本の採集に回っていたとき宮城県矢本町の漁業者三浦正信さんから「みたことのない魚が獲れたのでとっておいた。」と細長い魚の標本をいただいた(図1)。この魚は形が変わっているので多くの魚関係の本に載っており、また筆者としても、実物を、東シナ海の大陸棚斜面(水深200−500m)で採集された魚1)の標本を見せてもらったときに見た記憶があったので,鶴を思わせる特徴的な頭部(図2)を見て「シギウナギだ」。と思った。京都大学農学部水産学科の中坊徹次助手に同定を依頼したところ,やはりこの魚はシギウナギ(Nemichthys scolopaceus Richardson)であることがわかった。
 シギウナギはウナギ目シギウナギ科の魚で別名ツルウナギ2・3)ともいう。この魚は1846年英国軍艦Samarang号によって南大西洋の深海で最初に発見された。2)その体は細長く,尾部は鞭状に伸長する。肛門は図2の胸鰭の下方に位置し,尾部(肛門から尾鰭後端まで)の長さは頭部(体の前端から鰓蓋部後端まで)や躯幹部(鰓蓋部後端から肛門まで)の長さより著しく長い。両顎は伸長してその先端が湾曲し,上顎は上方に下顎は下方に向っている。4)つまり口の先端はそり返っていて合わさらない(図2参照)。この魚はこの口で,小型の甲殻類を食べているという。
 シギウナギは太平洋,大西洋,インド洋に分布する3・5)いわゆるコスモポリタンであり,通常は熱帯から温帯の深海に棲む。3)コスモポリタンらしく各国の名前を持っている(英名:Snipe eel,独名:Bekassinefisch,仏名:Anguille ,西名:Pez agazadicha,中国名:綫鰻,露名:Ugori−nitka)。6)
 シギウナギの日本沿岸での採集記録は小田原沿岸,駿河湾,厚岸湾などが知られている5)が,東北沿岸からは知られていない。今回この魚が採集された石巻湾は仙台湾の一部で開放的な形状を持ち,遠浅な砂浜海岸である。海図によると,シギウナギが入網した定置網の設置されている場所は水深20m以浅である。深海性のシギウナギがなぜ遠浅の石巻湾に来遊したかは明らかでないが,1984年4・5月の石巻湾の水温は平年より5゜C以上低く,このことが関係しているかもしれない。
 標本をいただいた三浦正信氏,標本を同定していただいた中坊徹次博士に厚くお礼申し上げる。なお,この標本は京都大学農学部附属水産実験所水産生物標本館(舞鶴市)に寄贈した(標本の登録番号:FAKU54044)。
引用文献
1)北島忠弘・田川 勝・岸田周三 1976:九州南西海域の大陸棚斜面及び沖縄舟状海盆におけるトロール調査結果について。西水研研報(48),47−92。
2)大島正満 1940:魚。661pp.,三省堂,東京
3)阿部宗明 1963:原色魚類検索図鑑。358pp・,北隆舘,東京.
4)J.R.NORMAN(revised by GREEN WOOD)1963:A History)of fishes.〔黒沼勝造・上野達治共訳 1970:魚の博物学。393pp.,社会思想社,東京。〕
5)松原善代松 1955:魚類の形態と検索。1605pp・,石崎書店,東京.
6)日本魚類学会編 1981:日本産魚名大辞典。834pp.,三省堂,東京.
(増殖部魚介類研究室)

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