ミクロネシア海域のカツオ幼魚調査

飯塚 景記



 調査船照洋丸は10月12日の午後4時,風雨でややかすみはじめた晴海埠頭を離れた。その日は朝から天気が悪く,関東地方は陸も海も荒れ模様であった。船に弱い私は「始めからついていないな」と思った。だが船の人達は「本船に東北水研の人が乗ると必ず時化る。これが当り前」という。どうも我が水研の調査の時は,いつも天気が悪かったらしい。その日から約1週間,照洋丸はほとんど連日時化ぎみの海をミクロネシア水域に向って南下した。時たま,雲の切れ間から陽が差すが,暗雲がたちこめ,しかもうねりが高く,まさに北の暗い海を走っているようであった。しかし,調査海域に到着し,調査が始まった10月20日以降は熱低の発生水域を通過したとはいえ,一転して好天にめぐまれ,全くスムースに調査を実施,完了できたことは,始めとは逆に本当に好運であったと思っている。


 この航海は「カツオ幼魚の生態解明(昭和59年度)」の調査で,その主な目的はカツオ幼魚(体長10〜30cm)の分布状況と生長過程の解明にあった。この調査の背景としては,最近カツオ漁業の重点が南方海域に移ったこと,南方海域がカツオの発生海域であり,しかも生涯の大部分を過ごす生活領域であること,さらに国際問題としては,この海域がまき網漁業による諸外国の漁獲競争の場になっていること等がある。今回の調査はこれらの背景に加えて,この計画を昭和59年度の照洋丸運航計画に組みいれてもらうことによって実施された。しかし,我々(資源部第2研究室)にとって,この南方海域の調査は全く初めてで調査海域の設定,適宜な採集具の選定,そして調査日程の調整等には,余り自信がもてず,しかも主要な採集具と考えた流し刺網の操業はこの船にとってほとんど未経験漁法であった。調査の実施計画は立てたものの,はたしてこの調査がうまくゆくか,どうかは全く見当がつかず,まずはやってみなければ判らないというのが,調査前の我々の本音であった。


 照洋丸は水産庁所属の大型漁業調査船(総トン数1,382トン)で,こ承知のようにマグロ調査をはじめ,長期間の諸調査に数々の実積がある。乗組員は大村船長他37名であるが,本調査には私の他,刺網の漁撈作業を指導する漁撈専門員の畠山さん,漁撈および調査補助の2人の学生(東京水産大学),郵政省調査員(船舶電話,電信の実態調査)の平井さんの5人が乗船した。さらに調査の後半には,グァム島からビビアノ・ネリーさん(ミクロネシア・マリタイムオーソリティの漁業科学技術者)がオブザーバーとして乗船したので,本航海の共同生活者は合計43人であった。塩釜入港までの46日間,快適な船上生活を過ごし,しかも無事に調査を完了することができたのは,照洋丸乗組員各位をはじめ,上記の皆さんの終始変らないご協力と暖かいご交情による賜と思っている。


 ミクロネシアの海と空は素晴らしく綺麗で,しかも雄大で変化に富んでいた。おそらく透明度30mはあると思われる透き通るような海は調査海域のどの場所でも同じで,海面にも流木の他は,ほとんどごみらしいものは見られなかった。時たまであるが,晴れた空が突然曇りスコールが襲来する。今回経験したスコールは思ったほど激しくはなかったが,通過すると風が吹き,しばらくは静かな海から時化の海へと一変する。また,空を眺めると,水平線から高くそびえる雲,頭上に浮かぶ雲は積雲,積乱雲あるいは高積雲等多種,多様で,とくに日没時は夕焼の茜色とあいまって素晴しい景観となり,我々の目を楽しませるに充分であった。このような海と空の眺望と,変化の様相は海鳥の出現(調査海域が島に遠いためか,余り多くなかった),魚群の出現(カツオ群は2度発見したに過ぎない),刺網を流している間のイカ釣(私はたった5尾しか釣れなかった),あるいは刺網漁獲物の期待(失望の時が多かったが)等と共に,とかく単調になりがちな船上生活に活気と彩りを与えるものであった。


 最後に,本調査の結果概要を簡単に述べる。調査項目は,1)流し刺網によるカツオ幼魚とその他の生物の採集,2)高速ネット,稚魚ネットおよびプランクトンネットによる生物の採集,3)DBTによる海洋観測であった。調査海域はミクロネシア南部水域(3.5〜5.0°N,140〜150°E)で,21の調査点でそれぞれ上記項目の調査を実施した。流し浮刺網は180,121,72,55,43,33mの目合のものを使用した。1回の調査に用いた反数は,前半の調査(グァム島に入港するまで)では76反(1反:約40m),後半の調査では100反であった。結果的には「カツオ幼魚調査ではなく,トビウオ調査ではないか」といわれる程,トビウオ類の採集尾数が多かった。調査結果は現在整理中であるが,流し刺網の採集生物は,魚類が20科,41種,その他の生物が2科,2種で,採集総尾数は2,420尾であった。そのうち,トビウオ類は約半数の1,204尾,カツオは幼魚が47尾,成魚が34尾であった。目合別には,43mm目合による採集尾数がもっとも多く,カツオ幼魚は43,55,72mmの目合で大部分が採集されている。


 目的とするカツオ幼魚の採集は,期待したほど多くはなかったが,初めての調査としては一応の成果があったと思っている。この調査は今後も継続する予定であるが,この調査に対する助言,意見を広く求めると共に,今回の調査結果を手掛かりにして,最適な調査海域,採集方法,そして採集具の選択等を充分に検討するつもりである。おわりにあたって,本調査の実施遂行上,多大なる尽力をいただいた水産庁船舶管理室,研究部資源課の各位に厚く御礼申しあげる。

(資源部 第2研究室長)

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