人工衛星を利用した水色調査について
−水産大国の責任−

黒田 隆哉



 今年の3月に人工衛星利用技術(水色)研究開発検討会報告書(水産庁研究部)というパンフレットが出された。むろん水産のための研究開発である。前年度末に出た人工衛星利用技術研究開発検討会報告書と対をなすもので,後者は一般論で多項目的であり,どちらかと云えば,すでにある程度利用可能となっている水温関係に重点が置かれている。一方,前者は項目をしぼって,水産では水温の次に有用となるであろう水色について検討を加えたものである。小生もこの検討会のメンバーとして多少意見をのべ,また委員の諸先生方からいろいろと貴重な勉強をさせていただいた者であるが,その後この報告書を見て,あらためて強く感じた点を述べてみたい。
 この小冊子に述べられているように,人工衛星を利用した水色調査(水色リモセン,水産以外の先生方は海色という言葉を使われるようである)は,今ようやく実用化の曙光が見えはじめた段階のようである。海面水温の場合はその物理的意味がはっきりしているし,測定の方法も確立されているので問題は少ない。しかし水色の場合はまずシートルースとしても,その内容の何たるかがまだ必ずしもはっきりしているとは云い難い。もちろん個々のケースにおいて,水色が現場の物理・化学・生物的諸要素の複合されたものとして海面から出てくる光であることには相違ないが,一般論となるとなかなか話は簡単ではない。しかしそうかと云って,海洋の物理・化学・生物に関する光学的原理がすべて明らかになるまでは利用の余地がないかというと,そういうわけでもない。現段階でも,可視域センサーによる海の色の違いから,実用的には漁場発見や水塊識別に水温センサーも併用しながら使えそうだし赤潮・油・無機懸濁物等環境汚染や沿岸域の環境破壊に対するモニタリングにも大いに役立つことが述べられている。今後とも,これらの使いみちについては大いに発展・普及させたいものである。
 水色リモセンの一番大きい(と思われる)使いみちは,水色から海洋の基礎生産力を推定することである。極く沿岸部を除いて,われわれの見る海の色は海中の植物プランクトン,例えばクロロフィルの現存量を反映している。そこで人工衛星を使って水色(この場合は海洋光のスペクトルの強さ)を測り,クロロフィルの現存量の分布及びその時間的変化を広域・同時的に測定し,これに基づいて海洋の全基礎生産力を見積もる。さらに,これが水産生物の推定量としてどの位利用できるかを明らかにし,その上で管理方式を開発し,全地球規模での水産生物の安定供給を計ることに役立てるという手法が考えられる。
 現在水産関係で,わが国が取り組んでいる国際協力の項目はかなりあるが,わが国の利益ということが第一の眼目となっているものが多いように見受けられる。当然の話で別に悪いこととは思わないが.人手をかけた魚貝藻類を除くと,もともと水産有用生物は無主物であり,すべての人がそれらに対して権利を持っているということができる。全世界の総生産高は7千8百万トン(昭和56年)で,そのうちわが国は約1/7の1千1百万トンを漁獲している。他国が許せばもっと獲りたいところである。単純に考えても,この1千1百万トン相当の海洋基礎生産の維持については責任があわけだ。世界で1,2位を競う水産大国で,しかも経済大国ともいわれるわが国としては,自国の利益の追求が第一ということだけでは申し訳ない。やはり大国としての自負に立ち,責任を考えて大所高所から世界の水産はいかにあるべきかを考え,率先して適正な方策を打ち出し,世界に提案することがあってよい筈である。これが水産大国の面目というものであろう。
 現在日本で打上げを考えているMOS−2衛星には1水色計を載せることが検討中といわれている。この際,是非上等なものを載せて欲しい。むろん水色リモセンで何がどこまで測られ,何をどこまで云えるかを,事前に,しかもできるだけいそいで検討しておかなければならない。その上でそれに見合った水色センサーを作り,載せることになる。そもそも海面に向けたセンサーに入る光の80〜95%は大気散乱光で、残りの20〜5%が海面からの有用なデータということなので,丁度地下鉄の窓を開けたままで内緒話をしようとするようなものだから,センサー自体の開発もよほど難しいものがあろうかと思われる。一刻も早い開発が望まれる。
 アメリカではMAREX計画というのが検討され,このプロジェクトによって沿岸水域のクロロフィル濃度の分布とその時間的変化,さらには生物生産量の把握を目指している。わが海洋部からも1名,本年度末に宇宙開発研究関係の留学生として渡米し,この計画にも接してくることとなろう。ただし海洋光に関する基礎的研究それ自体は水産サイドの主目標ではないから,研究員がこの分野にのめり込んでしまうのは水産サイドとしては不得策である。このことについては,むしろ大学や専門の研究機関に研究費を差し上げて,大いに研究を進めていただくという行政的措置がより効果的である。
 もちろん純粋な海洋光学理論が発展しても,それがすぐ実用に役立つとは考えられない。水色の場合,さきにも述べたように,海洋の地理的位置,季節,温度,塩分,栄養塩,その他の条件に加えて,そこに現存する生物(例えば植物プランクトン)自身の存在状態が関係し,さらにセンサーまでの途中大気の状態が絡んでくるので,海洋光に関する理論やセンサーがいくら進歩しても,センサーで測られた海洋光のデータから純理論的にクロロフィル量を推定することは簡単ではない。したがって基礎研究推進の措置をはかる一方で,迅速な有用化のために実用的なアルゴリズムの開発が必要である。このためにはあらゆる機会を利用して,できるだけ多種多様な条件のもとでの海洋光に関するデータを収集しなければならない。その方策として,今後水産調査船は海洋光測定の1項目を,従来の水温・塩分のようなルーチン的観測に加えることが望ましい。いわゆる水色(フォーレル1〜11等)測定のほかに,物理的に海面・海中の海洋光を測定し,同時にクロロフィル量の鉛直分布が測れる簡便な自記式測定器の開発・普及が急務である。
 次にこのような施策の推進や水産への利用を効率よく展開するためには,やはりしっかりした推進母体が必要となろう。試験的なMOS−1衛星でも,打上げまでに500億円以上の経費がかかるといわれている。将来水産衛星の打上げまで考えに入れると,報告書にもあるように,現在の水温リモセンも含めて,総合的な水産リモートセンシングセンター (Fisheries Remote Sensing Centre,略称FRESEC)が是非とも必要である。このセンターの設立,維持に関して,どこが責任を持つか,国(水産庁)か,全漁連か,あるいは独立かといったことも将来のことを考えて充分検討の要がある。
 以上述べた3つの方策 1)海洋光に関する基礎研究の推進のための措置 2)水産調査船による海洋光に関する基礎データ収集のルーチン化 3)FRESECの設立,にはその内容次第で莫大な予算が必要となる。しかしFAOなどの国際機関の予測によれば,西暦2000年には地球上の全人口は60億人を超えるとみられている。食糧問題,就業問題,その他人類の存在と繁栄に関わるもろもろの問題点は緊迫の度を加えていくばかりである。動物性たん白質も水産物への依存度が否応なしに大きくならざるを得ない。むろんむやみに獲るわけにはいかない。全海洋の生産力は(今の研究レベルで)炭素換算で430億トンという数字が出ているが,このうち食糧に使えるのはどの位であるのか。そのような海洋生態学的な研究も一方で必要であるし,その基本データとなるクロロフィル現存量の広域・同時的且つ反復的把握のためには,水色リモセンの発達が不可欠である。
 さきにも述べたように水産大国の自負に立ってその責任を自覚すれば,既述の方策経費もそれ程高いものとは云えないのではあるまいか。いろいろの制約はあるかも知れないが,国家予算の一部をここに述べたような費用に回してもらえれば,水産大国としての責任も果たせるし,将来の安定した食糧供給という観点から世界平和の維持に貢献できる筈である。こうしてみれば,水色リモセンの研究はわが国の水産業だけでなく,世界の水産業,ひいては世界の食糧供給計画策定の面からも,可能な限り,早急な進展を期待される分野の一つであろう。
(海洋部長)

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