1984年の東北海区の冷水

工藤 英郎



 1984年の冬・春には,陸の「異常低温」気象と海の「異常冷水」がしばしば全国的な話題としてマスコミにとり上げられた。
 特に東北海区の沿岸・近海域では親潮第1分枝が著しく南へ張り出したり,接岸したため極めて低温に推移し,魚貝類のへい死,漁況異変等で深刻な問題も生じた。今年の冷水については当水研でとりまとめを行う計画を持っているが,取り敢えず夏までの海況の概況と共に冷水の特徴や,これをめぐる若干の問題点にふれてみたい。


 海況の経過(1月〜8月上旬)


 親潮第1分枝の南への張り出しを100m深5゜Cの線の動きでみると,(資料は東北海区漁場海況概報・気象庁海況旬報・その他)1月に鮫角沖の40゜30′Nにあった南縁は2月(中旬)には,塩屋埼南東の36゜40′N,3月では鹿島近海の36゜N付近にまで達した。表面水温(5°C)でみるとその動きはさらに早く,1月下旬には38゜N付近にまで延びており,茨城水試の漁海況速報では2月17〜23日にすでに36゜N付近まで達していた。4・5月の南縁は多少南北に変動しながらも鹿島近海に持続し,6月には犬吠埼以南の35゜40′Nにまで張り出した。7月になってやや北の36゜40′Nに上り,8月上旬にようやく39゜30′N(6゜Cの潮境位置では38゜40′N)に退いた。しかし,常磐近海には100m深2〜5゜Cの冷水域が広く残り,また沖合では親潮第2分枝の南への張り出しが目立ってきた。


 親潮第1分枝の接岸は表面では下北半島基部と三陸中部で,2月中・下旬から始まった。100m深では3月に下北半島の基部と三陸中部に接岸し,4・5月には下北半島基部〜常磐の大部分,6月には金華山〜犬吠埼と長期かつ広域であった。
 親潮第1分枝は6月まで概して幅広く南北に連なっていた。暖水の一時的差し込みが5月上旬三陸南部で,また6月中旬常磐近海から金華山に向かってあったが.いずれも短期間に終り親潮を分断するに至らなかった。
 黒潮の近海における北限は1月を除き36゜N以南にあった模様で南偏傾向を持続した。
 混合域では近海の黒潮の北側に広がる暖水(100m深10゜C)もまた例年より著しく南偏していた。
 暖水塊が6月に三陸沖に生じ西北西に移動したため,7月の三陸近海の親潮第1分枝は著しく幅が狭くなった。この暖水塊は8月上旬にはさらに北へ移動した模様で,代って釜石近海に小暖水塊が生じた。
 津軽暖流域(100m深5゜C以上)の尻屋埼東方への張り出しは2月以降142゜以西にとどまり,非常に狭かった。また南への張り出しも3〜5月は著しく狭かった。また流域の表面は3・4月にはほぼ0〜3゜Cの冷水に覆われていた。


 今年の海況の特徴


 今年はかつて例をみない海況が続出した年である。親潮第1分枝は2月下旬に早くも鹿島近海に達したとみられ,以後6月まで4ヶ月余にわたる長期の著しい南偏を持続した。かつての異常冷水と言われた年(1963,’74,’81他)は,1ヶ月後に鹿島近海から38゜〜41゜N以北に退いている。
 親潮第1分枝の三陸または常磐への接岸も今年は3ヶ月に及んだ。三陸に著しく接岸した1974年でも1ヶ月に過ぎない。
 また接岸域も極めて広かった。津軽暖流によって親潮の接岸がほとんど起らない青森県太平洋岸でも,接岸と融雪が重なり,大量のアワビ,サザエがへい死した。事態を深刻に受けとめ青森県では国や東北・北海道の関係機関に呼びかけ,対策会議を主催したほどである。
 水温もこれまでの最低記録を随所で更新した。特に常磐沿岸近海で著しく,茨城では平年偏差−10゜C以上が3,4,6月に観測されている。気象庁の月平均海面水温も5月までは広域にわたって低く,常磐沿岸では3月から5月まで−5゜Cの偏差を記録した。海面水温は6月になってから沖合から回復を始め,7月下旬〜8月上旬には三陸から千島沖にかけて,月平均+3〜4゜Cと言う「異常高温」となった。黒潮が著しく北偏した1979年の8月でも+1〜2゜Cである。しかしこの高水温は一般に表層の薄い温度躍層以浅にみられ,100m深では例年よりも低温な海況となっている。 親潮第1分枝の著しい南偏と,近海の黒潮の南偏傾向は1981年以降4年も連続している。親潮第1分技の鹿島近海への南偏は,その前後の年に37゜N付近まで張り出した例もあるが,過去は1年が単位であった。黒潮の南偏傾向の持続期間はこれまで2年位である。


 今年の海況をめぐる問題点


 東北水研では浮魚漁況の長期予報の際等に,年間6〜8回程度の海況予測を行っている。予測には相関・傾向・類似・周期その他の手法を用い,予測した項目毎に近年ではそれぞれ根拠を示している。これらの手法や根拠となった過去の研究結果や資料にしても,結局は統計的な解析法の範囲に納まるものである。従って今年のように過去に例のない海況が続出すれば,予測やその根拠に苦しまざるを得ないことになる。
 東北海区では浮魚の好漁場が潮境付近に形成されるため,潮境の分布状態を左右する水盤分布の変動をもとに予報が立てられている。その際,海況の説明に100m深水温が用いられてきた。これは100m深が水塊分布をよく示し,表層の海況もほぼこれに従うからである。今夏のように表面と下層水温の対応が極めて悪い年には,表面水温の予測に何らかの新しい方法が必要となるし,また表層性浮魚類の分布・移動と水塊分布との関係についても,より詳しい知見が必要となる。
 今年のマスコミの関心はいつもの「異常冷水年」とは異なり,漁況異変よりも気象と海況との関連に集中したようである。春のヤマセの連吹は東北地方の5年続きの米の不作懸念を強め,海況回復時期の予測がしきりと求められた。近年は東北海区の親潮第1分枝・第2分枝や暖水の動向を,気圧配置と関連させての説明がされつつある。また異常冷水発生の度に,ブロッキング現象を伴う寒冷な気候の類似性があげられている。親潮や黒潮の4年続きの南偏や今夏の高温な表面水温は,東北海区の気象と海況の関連性の解明にとってよい事例になると思われる。

(海洋部第1研究室)

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