チリにおける養殖事情

小金澤 昭光



 1983年11月から12月にかけての3週間,チリ浅海養殖センター建設計画基本設計調査に参加した。この間,チリの水産事情,背景等について垣間見る機会を得たので,見聞したことを簡単に紹介し,今後同国の技術協力等の機会にお役に立てば幸いと思う。


 漁業の概況
 チリは南緯18度20分から南緯56度00分(中心経度は西経75度)に位置し,その海岸線の長さは5,300q,大陸棚面積は185,000平方q,200海里水域面積は2,288,800平方q(世界200海里水域面積の1.98%)である。
 同国の沿岸は南から北にフンボルト海流が流れ貿易風が表層水を沖合方向に運び去り,更に海底地形等の影響もあり,栄養豊富な湧昇流が随所にみられる。この湧昇流による沿岸水は栄養塩を多量に含み,付近の海域はプランクトンに富み,これらを餌とする回遊性浮魚の宝庫となっている。
 最近の漁業動向をみると,1982年における同国の漁獲高は3,847千トン(内訳,魚類3,577千トン,甲殻類15千トン,軟体動物66千トン,海藻174千トン,その他15千トン)であり,1960年の305千トン,1973年664千トンに比べ大巾に増大してきている。国内総生産に占める漁業の割合は1974年の0.34%(国内総生産2,905億ドルのうち10億ドル)に比べ,1982年は0.82%(国内総生産3,291億ドルのうち27億ドル)と約2.4倍になり水産への依存度を増してきている。
 漁獲物は鮮魚の他,冷凍品,乾燥品,塩漬品,缶瓶詰,魚粉,魚油等として流通しているが,1982年の鮮魚を除く水産加工は下表の通り,魚粉,魚油の比重が大きく両者で91.7%を占めている。
 水産物の輸出金額は1982年約4億ドルで同国全輸出額の10.6%を占め,対前年比13.3%の増加は著しい。 水産物輸出品目の内訳は魚粉63%,冷凍21%,魚油7%,海草5%,缶詰4%,で主要輸出先は米国,西独、オランダ,日本,シンガポール等である。
 チリの主要な魚はイワシ,アジ,サバ,アンチョビー等の回遊性浮魚であるが,同国の沿岸はエルニーニョ(例年12月末から2−3月にかけて貿易風が弱まるため,湧昇流が衰え,季節的に海面水温が上昇する現象)及びエルニーニョイベント(数年に一度,海面水温が広範囲にわたり異常に高温化する現象で,以前は単なるエルニーニョの大規模なもと考えられていたが,最近の調査では世界的な異常気象といわれている。)の影響をうけ稚魚のへい死,回遊路の変動による漁獲高の激減が懸念されている。
 魚種構成をみると1971年に64.6%を占めていたアンチョビー(ANCHOVETA)は1980年には僅か3.7%に激減し,一方1971年に11.8%であったイワシ(ANCHOA)は1980年には62.9%に増加しており,この原因はエルニーニョ及びエルニーニョイベントの影響といわれている。
 また沿岸漁場はチリ沖地震で壊滅的打撃をうけ,さらに沿岸漁民の乱獲により,このままでは近い将来,資源が涸渇することを懸念している。
 なお同国の漁業従事者数は1980年49,942人で全国労働従事者総数の1.7%であり,その内訳は大規模漁業従事者14,663人(29%),小規模漁民35,279人(71%)である。


 養殖の現況
 チリにおける海面増養殖漁業は漁船漁業に比べ生産量は少ないが,チリアワビ(ロコ),チリガキ,ムールガイ,ウニ,オゴノリ等の採介藻が主流であり,1940年代に入り養殖振興の機運が芽生えてきている。チリの養殖は北端までフンボルト海流に支配されるが,陸上地形は大きく北部(アリカからラ・セレナ),中部(ラ・セレナよりプエルト・モント)及び南部(プエルトモント以南)に3区分される。北部はウニ,ロコ,イガイ,ハマグリ,南部はハマグリ,ウニ,アワビ,ホタテの採取が中心で,中部はオゴノリ,ハマグリ,イガイの採取が行われている。チリの養殖の特徴として貝類に特に力をおいている。この理由として国民が貝類に特に強い嗜好性をもっていること,また輸出品目として貝類の需要の強いこと,また単価が高いこと等により沿岸漁民の貝類に対する漁獲努力が過大になり乱獲傾向下にあり,それを計画生産にのせるため養殖を政策的に打ち出してきているといえる。次に養殖業の主要な歩みを述べてみよう。


 1)ムール貝養殖
 採苗については1965年第5州プテムン及び第2州メヒジョネス湾で始められ,1970年には第10州でイガイの缶詰生産を始めている。現在は民間企業で養殖が積極的に進められている。


 2)カキ養殖
 カキ養殖は天然採苗を目的として1943年第5州プリンケに養殖場が創設されたことに始まり,南部に拡大された。しかし1960年のチリ沖地震でチリ南部の浅瀬が殆んど破壊されたため,天然ガキの採集が困難となり,養殖が意欲的にとり入れられるようになった。


 3)さけ・ます増養殖
 海面の「さけの放流事業」は日本とチリの政府間協定によりJICAプロジェクトとしてふ化場が建設され1972年からサクラマス・シロザケ卵が移殖され,放流手法の改善が専門家派遣べ一スで進められ,1982年4月に若干の回帰魚をみることができるようになってきている。また日魯チリによる銀鮭の養殖,Fundatinchileによりマスノスケ,銀鮭の養殖等が行われ魚類増養殖生産の先駆的役割を果たしている。


 4)ホタテ養殖
 1956年以降海外漁業協力財団(OFCF)及びJICAによってチリのホタテ養殖指導が中部地区トンゴイで始められ,種苗生産にかかわる調査研究がノルテ大学を中心として進められている。現在,天然採苗と人工採苗の2本立てで養殖化が鋭意進められているところである。


 5)その他
 現在,チリアワビ(ロコ),ウニの種苗生産研究,日本産マガキ,カレイ類,オゴノリ類の養殖化が中部に位置するノルテ大学を中心に研究開発が進められている。
 今回養殖センター建設予定地とされたのはチリ第4州で,チリの中で漁業依存度,特に貝類養殖を主とする産業を形成することを意図している。1983年9月にはノルテ大学海洋学部が“増養殖に関する国際シンポジューム”を開催し,わが国から養殖研究所福所邦彦室長,長崎養殖研究所北島力所長,JICA赤星静雄養殖専門家が,海産魚種苗生産時の餌科問題,海産魚の種苗生産,チリホタテの養殖技術について話題提供を行って好評を博しており,大学内には東北水研・カキ研究所に留学にきたDr.Juan E.Illanes Bucher,長崎大に留学したDr.Hector Fuentesを始め数多くの親日的な研究者が夫々,貝類,ヒラメ養殖研究に従事していた。このノルテ大学を中心とする研究チームが活躍している第4州は,1)養殖未利用水面が多い,2)ハリケーンが殆んどない,3)水温が年間10〜20℃の変化内にある,4)干満,潮流による海水交換がよい,等々の利点にめぐまれており,日本の海産種苗の生産技術,養殖技術をチリの風土の中で採介藻から養殖へ,そして増養殖への条件が整っていると感じさせられた。チリの対日感情は留学した人は勿論であるが,一般的に対日感情は良好である。これはかつて我が国と直接的な利害の対立がなかったことにもよるが日本の水産業について深い理解を示し,それをチリに同化させたいと考えていることによると思われる。今後,南北問題の重要性が国際関係の中で論ぜられる時,増養殖問題を通じて,日本の技術を基に新しい産業が形成されることを期待して概況的なチリ水産事情の紹介をを終わります。


  ※ナンカイコンブの一種
  ※魚市場風景

(増殖部長)

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