若竹丸による東北海区浮魚資源調査を終えて

服部保次郎



 本船は昭和58年9月初旬より12月初旬にかけて,東北水研八戸支所担当による水産庁用船として,道東近海および三陸より房総沖合におけるイワシ・サバ・サンマ・イカ類の資源調査に従事することになりました。
 事前に6月と8月に函舘から八戸に出張し調査責任者である八戸支所佐藤室長と打合わせを行ったのですが6月の時点では流し網を中心に手釣り等による操業調査を主とし,あとは科学魚探による魚群量の調査・定点における海洋観測が定型的な業務であるということでしたので,内心楽な調査であると安心しておりました。と申しますのは当初中層トロールをとの御話もあったので,これは大変な業務だと心配しておった次第です。しかし,8月になりますと再度中層トロールの話が持ち上がり,同調査の重要性から急に予算がつき,既に網具の作成も進んでおるとのことでありました。私自身,この漁法については全く経験がありませんし,過去の資料でもあまり良い成果が無いようなので,果たして本船で所期の目的を達成できるだろうかと大変心がかりな調査開始でした。ただし,中層トロール網の試験操業に対する内外の期待は大きいとの話を聞き何とか成功させ度いと私はじめ乗組員一同強い自覚をもって調査に臨みました。
 9月9日から10月8日にいたる第1期調査2航海は道東海域に力点をおき佐藤祐二・久保田清吾両調査官(八戸支所),11月2日より12月10日までの第2期3航海は三陸〜房総沖合にかけて阿部繁弘(岩手水試)小滝一三・佐藤祐二(八戸支所)各調査官が乗船し調査を担当致しました。
 使用した中層トロール・ネットは西海区水産研究所資源部(真子渺部長)の御厚意で同部とニチモウ株式会社の設計にかかるYOKOI型ネットであります。詳細は別途の報告書で記載されるので,ここでは述べませんが網口から魚捕部末端までの総長は約108mで,240×155cm・270kgのオッター・ボードを使用しワープ長300−500mという相当大がかりなものであります。
 全調査期間にわたって中層トロール試験は76回実施し,この他流し網調査9回・海洋観測定点320・日没1時間後の稚魚ネット曳航・シムラッドEY−M科学魚探による資源量調査等を実施しました。
 全般を通じて沿岸域の調査が多かったので,輻輳する航行船や漁船群に神経を使い,荒天の多い時期で大時化にも見舞われ,その中の調査では人身事故を危惧し,一方中層トロール網の改良や操業方法に頭を痛めましたが幸いにもまずまずの成果が得られてほっとしているところであります。
 特に今回のメイン・テーマである中層トロール試験について御報告いたしますが,先にも述べたように私としては初めての経験であり,また網漁具の専門家でもありません。従って浮力がどうの荷重がどうのといった計算を行った訳ではなく,経験的にヘッドロープに浮玉を加えて浮力を増やしたり,グランドロープにチェインを付けて重量を増やしてみたりをやったにすぎません。網の構造について私なりの考えはありましたけれども,とに角本年は与えられた網による道東・三陸近海での成果に意を用いた訳です。
 要は中層トロールは網を曳航する時に出来るだけ抵抗のかからない構造をもち,しかもできるだけ規模を大きくし,曳網時の開口部をできるだけ広げ,曳航速力を早くして魚群層に網の開口部をもって行くように,また網を安定させるように操船することが必要条件であろうと思われます。ところがこれらの各条件にはそれぞれ相反する条件が多く,網の開口部において網丈を広げるために浮玉やチェインを多くすれば曳航時の網の抵抗を増やして速力を落とす原因になります。オッター・ボードとの関係では余り浮力を増やせば曳航時のボードが網の開口部より沈み魚群を逃がす恐れが生じます。曳航速力と網丈の関連にも苦心を払ったところで,本船での機関の限界は曳航時の速力で3.8〜4.5ノット程度であって,せめて5〜6ノットで曳航できればと残念に思いました。
 曳航時の網幅は約45m前後,網丈は25mという線が達成されました。
 魚群を網の間口にもって行くことは魚探によって魚群層を推定し,ネットレコーダーと併用することで可能になりましたが,本船のネットレコーダーのゲージでは下向き80m,上向き40mが最大で,魚群層の出方によっても違いますが水深150m以上になりますと海底や海面が図に示されなくなり測定が不可能となり,間口の水深を推定できなくなります。さらに着底トロールと違ってネットレコーダーの送受波器を網のヘッドロープに着けたのでは安定性に欠け良い映像が得られません。そこで,普通とは反対にグランドロープに結ぶこととし,更に木製安定板(80×70cm)を取付けて感度を保持するように努めました。間口は魚群層より10〜20m程度沈めた方が良いように思われました。
 オッター・ボードは270kgの平板のものですが,どうしても網より沈みがちであって,もっと軽い二重構造の浮きオッターの使用によって更に成果の向上が期待できたのではないかと考えます。
 専門家の人達は中層トロールの袖網や間口についてかなりの大目でもそこに到達した魚群は反射的に袋網の方に移動すると云っておられ,今回の網も大目構造(最大240cm)になって居ります。しかし,私の経験ではネットレコーダーの間口の反応が袋網への入網につながらなかった事や胴網の目合にささり込んでいる大量の魚をみて相当の部分が大目から抜けてしまうのが現実の姿ではないかと思った次第でした。
 どうやったら海中で完全に広がった状態の,間口の良好な網成りを作るかは基本的な条件である訳ですがこのためにどのように支障なく投網するかが苦労した点であります。普通の着底トロールと違って,網丈を広げるための3本のペネントや5本に分けられた筋ロープ,さらに相当大目の袖網等の条件が重なって,グランドロープが筋ロープに絡んだり,ヘッドロープに付いた浮玉が大目の中に潜り込んだり,といった事態が次々に起り,これを正常に戻すために労力を要しました。特に海上時化模様の場合には一層大変で一回一時間の曳綱を行うのに投網作業を5時間も繰り返したという場合もありました。船尾甲板が充分長く,網捌きも容易であればこのような事態は解消されるでしょうが,作業甲板の短い本船のような場合にはリールで袖口を分けながら網を巻き込む方法が今後考えられるのではないかと思っております。いろいろと試行錯誤を重ねながらの中層トロール試験でしたが一時間の曳網でマイワシ2.2トンやウマヅラハギ約7トンといった記録が得られ,今後の改良によって有望な調査手段となり得るだろうし,民間の漁具として展望も開けて釆るであろうと確信を深めた次第です。
 馴れぬ文章書きで,読みづらい点も多々あると存じますが,以上本年度の調査結果を御報告致します。最後になりましたが,この度の中層トロール網の実施について多くの助言を戴いた西海区水産研究所資源部竹下貢二・釧路水産試験場中村悟,東北区水産研究所資源部谷野保夫の各氏に厚く御礼申し上げます。また乗船して協力していただいた前記調査官諸氏に感謝申し上げます。
(北海道教育庁実習船 若竹丸船長)

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