サンマ資源の研究について思うこと

安井 達夫



 日本の魚類資源研究は大別して,漁獲が資源に及ぼす影響の程度を判定しようとするためのいわゆる資源研究と,生産活動の効率を高めるための漁況予測研究の2つが柱になっている。これらは目的と性格が違うが,漁況予測をするには資源状態が解っていなければならないし,資源の数理的解析を行なうに当っても魚の生態を知っておくことが必要であるという点で相互に補い合っている。
 一般に資源の自然変動が少なく行動範囲の狭い底魚類は、漁獲の影響を受け易いので,漁獲の強さと資源量の関係についての解析的研究が必要となり,自然変動が大きく行動範囲も広く寿命の短い多獲牲表層回遊魚類では,資源や漁況の変動予測の研究が必要になることは経験的にも明らかである。しかし,これも漁獲強度と資源量の相対的関係によって決まることで,絶対的なものではない。
 サンマはイワシ類・サバ類・外洋性イカ類などと同様に,代表的な短寿命の多獲性表層回遊魚なので,サンマの研究は漁況予測を目的とした回遊行動と漁場成立条件の研究から出発したが,1960年代の漁獲量減少期に,乱獲か否かを解明する必要が生じ,数理的解析手法による診断が試みられた。結果は,1967年までは資源量は安定的であり,漁獲量の減少は漁獲強度の減少によるもので,乱獲の証拠は見出せなかったとされ,従って1968年以降の資源量の急減少は自然要因によると考えざるを得ないと判断された。しかし,漁期中に成熟魚が逐次漁場外に逸散する一方で,数度にわたる後続群の加入が見られるサンマでは,単純な数理的モデルの設計が困難で,漁獲率と資源量の関係の解析ができず,以後魚群の停滞の程度や水温を指標とした漁場環境の数量的表現が試みられただけで,生態の解明が先決であるとして,数理的検討は休止された。
 漁獲対象種の生態を知ることは,漁況や資源の変動の実体を知り予測をするにも,漁撈技術の改良を図る上でも,上述のように資源の数理的解析を行なうにも必要なことはいうまでもない。サンマの研究においても,研究開始当初から,成長,成熟,年齢,産卵,稚仔分布状態,系統群,魚群行動,回遊行動,環境条件などについて調査研究が進められていた。その結果,秋生まれ群→翌年秋の小型魚(満1才)→翌々年秋の大型魚(満2才)と,春生まれ群→翌年秋の中型魚(満1才半)→翌々年秋の特大型魚(満2才半)の2系統群があると想定されたが,漁獲量乃至は資源量の減少傾向や激しい増減が生じると共に,各型別群の特徴とされた魚体の大きさ,平均脊椎骨数,成熟状態,分布状態,量的構成比などに変化が現れ,従来の想定では辻褄が合わなくなり,また従来から矛盾が感じられていた鱗の輪紋と耳石形成の差異,脊椎骨数の不明解部分などが再燃し,稚仔から成魚に至る生活過程の解明の必要性が強調された。一方,漁業者からは営業安定のための漁況の早期予察が望まれ,これにより新たな調査経費が計上され,卵稚仔幼魚調査が拡充強化され生態的知見が増大した中で,過去の諸研究結果も再吟味し,冬生まれ群→当年秋の中型魚(0+才)→翌年冬春産卵,春生まれ群→当年秋の小型魚(0+才)→翌年秋の大型魚(1+才)→秋冬産卵という仮説が提唱され,いろいろな現象の説明がしやすくなった。しかしこれだけでは漁況予報の精度が良くなったわけでもなく,資源量変動のメカニズムが解明されてもいない。漁況予測で目下一番頼りになるのは,漁期入り直前の北方水域における魚群発見情報であり,この調査の強化が望まれている。漁期中の漁場と漁況の推移は刻々の漁船の操業状況,海況情報,魚体情報の収集に頼るのみで判断は事後的になる。再生産状況を捉えるには官船によるしかない。広い海洋で大きな回遊生活をし広範囲な産卵期・産卵場を持つサンマのような魚の生態・資源の研究は,飼育実験による支援研究も必要であるが,主体は調査船による海上調査,主要陸揚港における漁船の操業状況聞き取り,漁獲魚調査を組織的に実施しながらでなくては,天才的頭脳を持ってしても進展しない。調査体制の強化が望まれる。
(資源部長)

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