学生生活にもどって

平井光行



 昭和57年10月,やり残しの仕事の整理もそこそこに塩釜をあとに一路,次郎長の街,清水に向かった。4年ぶりの学生生活,東北の冬から見れば避寒の地,富士山,石垣いちご,お茶等の思いを胸にいだきながらも大学に到着した時は,うまく適応できるかどうか少し緊張気味であった。この緊張を和らげたのは,翌朝4ケ月間の仮の庵から見た富士の山であった。朝にこの姿を拝むことが4ケ月の生活の常備薬になったことは言うまでもない。
 私は昭和57年度農林水産省試験研究機関の研究者に係わる国内留学生として,東海大学海洋学部海洋工学科海洋物理学研究室の一員となった。私の考えていたテーマは「リモートセンシングを用いた海洋生産力に把握」で,リモートセンシングのもつ,広域同時性・回帰性・高分解能という利点を生かし,我々の目指す生物生産のメカニズムの解明にいかにしてアプローチしていくかであった。
 私は昭和55年度にも約2週間科学技術庁主催のリモートセンシング解析技術者研修に参加したことがある。この研修では,リモートセンシングに関する基礎知識を習得することに主眼があったのに対して,今回の研修は自らがテーマを設定した実践的なものであった。
 “基礎生産量”きわめてなじみの深い言葉であるが,その測定,特にシノプティックにとらえることは難しい。では,どんなアプローチの方法があるのだろうか。現存量の時間微分からパラメタ化した自然死亡,成長,被捕食量をさし引く。しかしパラメタ化に関する知見が殆ど得られない。少し次元を下げて現存量を求める方法はどうであろうか。現段階では現存量の把握だけでも画期的である。HoLM−HANSENは,クロロフィル量から植物プランクトンの現存量を推定する係数を示している。もちろん種類により異なることはいうまでもない。彼等のもつ光合成色素の光の吸収スペクトルの特性をリモートセンシングでとらえることは理論的には可能である。しかし色素濃度の低い外洋域ではどうであろうか。培養実験や海中の光の放射伝達の数値計算の結果からは必ずしも肯定できる結果は多くない。現存量が正確に把握できれば,水温で代表されるような環境条件,生物体の活性を示すようなクロロフィルとフェオ色素の比率などをパラメタ化すれば,基礎生産量の指標となるのではないか。夢のようなことを考えながら今回の主目的であるOCS(Ocean Color Scanner)による外洋域での植物色素濃度の検出の可能性の検討を行った。一応の結果は得られ,今春の学会で報告した。
 4ケ月もの間,日頃の職場を離れて,ひとつの事に熱中できて幸いだった。毎日,図書館に行って文献にあたることができたし,いろんな分野の人々と討論もできた。大学の研究室にいて感じたことは,若い人達のバイタリティーである。体力,ねばり,忘れかけていた“泥臭い研究”の重要性を心に呼び戻された。
 大学での研究はチーム研究が中心である。私が参加した研究は4つのグループによって支えられていた。即ち,海洋観測結果から海況を解析するグループ,統計解析をするグループ,光の放射伝達の理論からシミュレーションモデルを作るグループ,情報処理システムを担当するグループである。水研では,後者2グループの充実が遅れているように感じた。ほば同じ分野の研究で米国のNET(Nimbus Experiment Team)の活動は白眉である。人工衛星Nimbus−7に搭載される水色センサーCZCS(Coastal Zone Color Scanner)の開発,光の放射伝達理論,情報処理システム,収集データの解析,利用に至るまで,様々な分野の専門家達が集まって研究を進めている。我々の対象とする水産海洋の分野は広範囲にわたるため,このようなチーム研究が望ましい形であると思う。
 末筆ながら,留学を快諾していただいた東海大学杉森康宏教授,機会を与えて下さった農林水産技術会議関係各位,討論に参加していただいた東海大学各位,留学に際して協力していただいた水産庁研究課並びに当所各位に深く御礼申し上げます。
(海洋部第二研究室)

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