1)それぞれのアイソザイムが別個の遺伝子座によって支配されているもの。
2)それぞれのアイソザイムが単一遺伝子座の複対立遺伝子によって支配されているもの。
3)アイソザイムが2個以上の独立した遺伝子座の遺伝子によってつくられたポリ ペプチド鎖が2個以上結合したときに酵素活性がみられるもの。
遺伝的変異という観点からみて問題となるのは,2)の同一遺伝子座の対立遺伝子によって支配されるアイソザイムである。アイソザイムは広範囲の生物に普遍的に存在し,しかも少量のサンプルで容易に検出でき,遺伝子型を直接推定できるという利点をもっている。
1つの例として,サンマの筋肉中に存在するイソクエン酸脱水素酵素(IDH)アイソザイムの電気泳動像から,遺伝子型を推定してみよう。IDHの電気泳動の結果は図に示すようになる。個体によって1本のバンドを示すものと3本のバンドを示すものが見られる。A型は1種類のペプチド鎖(Aサブユニット)のみを,B型はAとは異なる1種類のポリペプチド鎖(Bサブユニット)のみを生産し,1本のバンドを示す。AB型はAサブユニットとBサブユニットをつくり,IDHは2量体酵素であるのでこれら2種のサブユニットがランダムに組み合わさることによって3本のバンドを示す。これらのことより,IDHは1遺伝子座の2対立遺伝子,A遺伝子とB遺伝子によって支配されていると考えるとよく説明できる。すなわち,A型はA遺伝子のホモ接合体,B型はB遺伝子のホモ接合体,AB型はA遺伝子とB遺伝子のヘテロ接合体である。このように遺伝子型が直接推定できるので,集団の問題を取り扱ううえで大きな武器となる。これらのことは水界の生物生産の向上をめざす水産分野では,当然集団としての取り扱いが問題となるため,アイソザイムの応用が期待される。
水産分野でのアイソザイムを用いた応用として以下のことがあげられます。
1)集団の判別
1 種に特有な遺伝子による種の判別
2 遺伝子頻度による繁殖集団,品種,系統の判別
3 同一集団の同定による回遊経路の推定
2)集団構造の把握
1 地方集団間の移入,移出の程度を推定
2 遺伝子頻度による放流集団,在来集団の相互作用の推定
3 特有な遺伝子をマーカーとした標識放流
4 ホモ型・ヘテロ型の比による集団の近交係数の推定
5 性染色体上の遺伝子を利用した雌雄判別
3)遺伝的管理
1 育種素材としての品種や系統の開発のための調査
2 遺伝子型による親子判別
3 育種素材としての品種や系統の均一性の調査
4 経済形質と関連した遺伝子の利用
集団の判別のうちの種判別の利用としては,種判定の困難な卵,幼生,稚魚などに用いることができる。広い地域の連続したサンプリングによる系統群の判別とその移動状況の推定への利用が考えられる。その例として著者らも日本近海に来遊するサンマ群のリンゴ酸脱水素酵素(MDH),α−グリセロリン酸脱水素酵素(α−GPD),イソクエン酸脱水素酵素(IDH)とフォスフォグルコムターゼ(PGM)の4アイソザイム遺伝子を調べ,集団分析を行なった。その結果,遺伝子頻度の差から日本近海に来遊するサンマ群がいくつかの小集団に分かれること,また中央太平洋から北西太平洋への遺伝的つながりを明らかにできた。
集団構造の把握の例として,特定の集団のみに見られるアイソザイム遺伝子に注目することによって,個体識別が可能となる。これらの遺伝子をもつ種苗を標識として,放流や移殖すれば放流および移殖効果が判定できるだろう。また,アイソザイム遺伝子のホモ型・へテロ型の比による集団の近交係数を推定することによって,適切な漁獲量や移植方法などの漁業管理への情報が得られるだろう。
遺伝的管理の例としては,品種改良のために親集団からの選抜交配の過程で,アイソザイムによる遺伝的特徴のチェックは優良品種や系統の確立のための有効な手段と考えられる。品種,系統の純粋性(集団の遺伝的均一性)を知ることは,成長率や生残率などの経済形質の整一性を予想し,改善していくためにも重要となる。そして,純系を保存維持することにより,これらを親とするいろいろの組み合わせによる雑種強勢を利用した種苗を生産することが可能となろう。特定の遺伝子型が成長率,生残率などと相関のある場合には,その遺伝子型にそろえることによって生産性の向上をはかることができる。
以上述べてきたようにアイソザイムは水産分野において有力な研究手法となり,広く応用できる可能性をもっているので,今後このような研究開発が望まれる。