クロソイ幼魚の標識放流

木曾克裕



 近年,東北地方や北海道南部の沿岸でクロソイ(メバル亜科。塩釜付近ではスイと呼ばれる。)の放流が試みられている。昨年の秋,松島湾にも約10万尾が放流された。東北水研と宮城県塩釜水産事務所はこの追跡調査を行うことになり,これらのうち約1万3千尾に標識を付けて放流した。
 沿岸性の魚類で近年最も多く放流されているマダイには標識としてタグピンと呼ばれるプラスチックの札が多く用いられている(図1参照)。くつしたやセーターなどに価格札をとめているヤツである。筆者は九州の沿岸でマダイにタグピンを付けて放流したことがある。タグピンは小型魚には大きな負担となる。タグピンを付けた尾叉長6cm程度のマダイが弓で矢を射込まれた武者のようにふらふらと海底に沈んでゆく姿はなんとも哀れであった。
 結局,今回の放流では9月に放流した全長6cm程度のものには標識は付けず,10月に放流した10cmサイズのみにタグピンで標識した。標識取り付けのダメージを小さくするためタグガン(タグピンを打ち込む道具)の針もタグピンも細いものを用い,かつタグピンはクロソイの体幅の伸びが大きいのでマダイに用いるものより長い20mmのものを用いた。放流後約4ヵ月たち,再捕報告も45尾(1月18日現在)となった。筆者が予想した尾数よりかなり少ないが,松島湾はノリのシーズンであることや,クロソイはまとまって獲れる魚でないことを考えれば妥当なところなのであろうか。今春の漁に期待しているところである。
 それでは,もっと小さなクロソイに標識する方法はないだろうか。以前,西海水研の山田梅芳さんと筆者はキンギョ,コイ,マダイを実験材料にいろいろな方法を試みたことがある。筆者らはそれらのうちラテックス法(入れ墨法の一種)を用いて野外で尾叉良3.5〜7cmのマダイの標識放流を行った。このときには再捕は全て試験操業により,標識魚と非標識魚は自らの眼で区別し,一応の成功をおさめた。クロソイに対してこの方法を考えてみたが,クロソイには幼稚魚期を藻場で過ごし,成長すると岩礁域へ移るというすみ場所の大きな変化がある上,一度に大量には獲れないという特性があるため,試験操業による調査は困難である。また,今回の標識放流の主な目的は分布・移動や成長を調べることなので,比較的長期間の追跡を必要とし,漁業者や遊漁者の協力をいただいた方が質の高い資料が得られる。したがって調査を成功させるには入れ墨のような部外者には発見しにくいものでなく,だれにでも発見しやすい標識をつける必要がある。そこで当所の倉田企連室長と筆者は図2のような標識を試みている。標識はビニールチューブとナイロン糸でできており,ナイロン糸の両端を加熱し,球状にして角体に装着する。全長6〜9cmのクロソイに付けて2ヵ月飼育したところ,脱落や死亡はなく標識として有効なことがわかった。ただ成長や取り付けた傷口の状態には取り付け方法や部位によって差がみられ,図2の4が最も良好であった。この方法でタグピンのように短時間に大量の魚に標識できるようにするにはもう少し工夫が要るだろうが,野外でもぜひ試してみたいと考えている。
 標識放流の元祖ピーターセンの解析法を通用して資源量推定を行うにはいくつかの条件が満足されなければならない。実際の調査では次のような点の吟味が必要であるとされている。1)標識の脱落および取り付けによる死亡はない。2)標識魚と非標識魚は一様に混じり,両者の間で獲られやすさに差がない。3)調査の対象とする個体群に加入(出生)・死亡および移出入がない。4)再捕魚の発見および報告は完全である。3)を除くと,これらはいずれも標識のテクニックにかかわる問題である。個体群動態の特性値を的確に推定するために標識放流の解析法は進歩してきているが,標識のテクニックは依然として重要な問題である。特に1)2)に影響する「魚体に影響のない標識」と4)に影響する「発見されやすい標識」は相反する課題である。だからやむを得ず,時と場合によりどららかを犠牲にするか,両方で妥協するかで解決を図っていることが多い。ビニールチューブの標識にしても「魚体に影響がより少ない」のであってないわけではない。「完全な標識」は水産研究者の求める一つの理想なのだろう。
 松島湾のクロソイたちは今ごろどうしているだろうか?
(増殖部 魚介類研究室)

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