別枠研究「さけ・ます大量培養研究」を終えて

佐々木 實



 昭和52年度から始まったさけ別枠研究は東北太平洋沿岸にシロザケの大量回帰という予想通りの成果をもたらして,昭和56年度で終了した。 
 この研究は,「溯河性さけ・ますの大量培養技術の開発に関する総合研究」として課題化されたプロジェクトで,5課題からなっていた。東北水研が担当した課題は「海中飼育放流による稚魚減耗の抑制」であり,4小課題,1)稚魚海中飼育施設の改善,2)海中飼育稚魚の放流場所の適正化と記録のコントロール,3)放流適期の解明,4)実験放流による海中飼育効果の判定,について具体的に研究を進めた。
 これらの研究課題に対して,宮城県・岩手県・青森県の実験地を中心に,東北水研増殖部・資源部・海洋部,養殖研日光支所,水工研,東大,宮城栽漁センター・宮城水試,岩手栽漁センター宮古分場・岩手水試,青森水増センター等各機関の共同研究としてスタートした。また研究班における研究計画,結果の検討等については年2回の現地検討会と研究協議会で円滑な推進をはかった。
 実験放流による海中飼育効果の判定については,この研究班が最重点目標とした回帰率10%の実証である。しかし,この研究の成果の全貌は,昭和57年春に実験放流し稚魚が,3・4年魚となって回帰するはずの昭和59年から60年秋季以降にならないと明らかにならない。このため,別枠研究が終了しても各実験地を中心とした研究組織は現在も維持され,今後の研究展開に備えている。ここでは,5ヵ年に亘った研究のなかで,実証的に解明された2,3の成果を中心に紹介する。
 海中飼育放流は,従来河川から放流されるのに対して,浮上後およそ0.6gに達した稚魚を海上に設置した生簀網で給餌飼育し,沿岸離脱期に合せて放流する技術である。この技術を使った実験放流は,宮城県鮫ノ浦湾,岩手県山田湾・宮古湾,青森県茂浦湾に設置した4ヵ所から行われた。放流に用いた稚魚は3実験地とも,北海道十勝川に湖上した早期回帰系群の種卵を用い,1実験地当り300万尾が5ヵ年間継続放流された。放流に際しては,約20%の稚魚について鰭切り法による標識をつけた。標識部位は,実験地毎に脂鰭と左腹鰭,或は脂鰭と右腹鰭を切断する方法をとり,後日の混乱がないようにした。この作業での稚魚の減耗は1〜2%と極めて低いものであった。習熟した作業員で1日約2,000尾の標識が可能である。なお鰭切りに支払った賃金は1尾当り2円であった。
 海中飼育にかけた稚魚の放流時のサイズと放流時期の問題は,できるだけ減耗を小さくして回帰量を多くするために重要な問題である。これ迄の結果では放流サイズが8g以上の場合,6%以上の高い回帰率につながっている(岩手栽培宮古分場)。このことは,海中飼育放流後1週間以内に湾外へ移動し,大型群として沖合回遊する群が高回帰率につながったものと考えられている。
 放流適期については,従来の河川放流の場合,自然産卵の稚魚の主群が雪解け時期の4月〜5月に降海することから,それを放流の目安としてきた(小林,1980年)。これに対し海中飼育放流は,生簀の設置してある湾内の水温状況と三陸沖合の海況を漁海況速報によって検討し,沿岸水温12〜13℃(5月中〜下旬)を目安に放流するものである。宮城水試が行った調査によると,宮城県沿岸の定置網に入るシロザケ稚魚の混獲終了期と表面水温の間には密接な関係があって,10cm前後の大型稚魚は13℃,7cm前後の小型稚魚では15℃台でほとんど離岸していることが明らかとなっている。
 海中飼育放流の適期を考える時の1つの試みとして東京大学理学部の上田一夫教授は,シロザケ稚魚に及ばす温度の影響を,稚魚の行動を指標として試験した結果,シロザケ稚魚の至適水温は12.7〜14.7℃で,これより高温になると忌避して外洋に移動するものと推定している。しかし仙台湾を中心とする宮城県沿岸の場合は,イカナゴのランプ網漁業が盛んな時期であり,せっかく放流したサケ稚魚の混獲の割合も大きく、人為的な減耗要因も無視することはできない問題である。いずれにしても放流適期については,沿岸水温の分布傾度により離岸の促進と混獲を防止することができる。
 さけ別枠研究は昭和56年度で終了し,我々研究班が行ってきた海中飼育による実験放流の効果については今後更に明らかにされるが,民間のサケ漁業組合においては新しい放流技術として既に海中飼育放流技術が事業に取入れられている。表1は昭和55年度の宮城・岩手県の民間事業での海中飼育放流の実績を示したものである。
 宮城・岩手両県から海中飼育放流された数は約42,385千尾であり,昭和52年度の海中飼育放流実績18,699千尾と比べるとこの3年間に2.7倍の放流増加となっている。東北太平洋沿岸の湾内で海中飼育放流が盛んになった背景の1つには,同地域におけるサケ増殖河川の流程が10km前後の短少河川で,水量の不足が稚魚収容量の制限要因となっていると同時に,三陸のリアス式内湾が海中生簀網の設置に最適な立地条件をそなえていることがあげられる。
 このような新しい放流技術を使って,東北太平洋沿岸の河川においてはシロザケの捕獲数が急増している(図1)。昭和51年までの河川捕獲数は20万尾前後であったが,昭和52年以降の捕獲数は急激な増大を示しており,55年は1,000千尾を上廻った。この年の沿岸定置・刺網等による総漁獲尾数は5,610千尾と推定されているので,昭和55年度の東北太平洋におけるサケの生産は6,610千尾となり,全国生産の約30%を占めるまでに至った。このようにさけ別枠研究で得られた各種の成果は,東北のさけ・ます増大に大きなインパクトを与えている。
 最近マスコミ等でカムバック・サーモンのキャンペーンがされており,札幌市内を流れる豊平川には何尾溯上したとか,今年春には東京の多摩川にサケ稚魚を放して,都会の河川にもサケをよびもどす運動があることなどが盛んに報道されていた。このこと自体は,サケを放流すれば必ず放流場所にもどってくる母川回帰本能と,大都会における河川の浄化運動を結びつけたものであり,直接回帰率が何%ということは問題にならない。
 ふりかえると,昭和56年10月20日に宮城県実験地の牡鹿町鮫ノ浦湾に注ぐ後川に,標識を付けた実験放流の第1号(3年魚・尾又長6馳m・体重3.1kg)がみごとに成長して帰ってきた。それ以降,岩手県沿岸には昭和52年度放流群29千尾(4年魚),53年度放流群27千尾(3年魚)の沿岸回帰量が推定されている。このように確実に放流場所への回帰がみられているが,未だ標識魚の発見回収率が低く,本格的な回帰率の解析は本年秋季以降の再捕が重要であることを示している。そのため,ここで別枠研究を終了することは極めて残念である。しかし我々研究班は既に確立した研究組織を維持し,東北のサケ増殖生産の方向を更に発展させるつもりである。
 今後,東北太平洋沿岸のサケ増殖生産は,量的生産から商品としての質の問題を意識することが重点課題となってきている。これらを意識したサケ漁業の技術開発は継承されなければならないと信じている。
 最後に5カ年に亘って本研究用実験卵の提供をいただいた北海道さけ・ますふ化場と、海中生簀を設置するに当たり海面の使用許可をいただいた宮城県鮫ノ浦湾、岩手県山田湾及び宮古湾の関係漁業協同組合、また、宮城県、岩手県、青森県の行政側からは研究推進上種々の御協力をいただいた。ここに記して謝意を表する次第である。
(増殖部)

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