アラメの沃野へかける夢

−MRP餌料海藻群落の保護育成−

谷口和也



 浅海の岩礁地帯が大型褐藻のコンブ科植物の群落でうめつくせれば,これらを主要な餌科とするアワビやウニの漁業生産は飛躍的に増大するだろう。見渡す限り真っ白な磯焼けの海や着生動物に占有された海を潜る度毎に,私はこう考える。
 コンブ科植物群落の衰退や磯焼けの事例は北方のコンブ群落においても,南方のアラメ,カジメ群落においても各地で古くから観察され,群落造成技術の開発が望まれている。先に別枠研究「浅海域の増養殖漁場の開発に関する総合研究」(昭和45〜49年度)で,初めてコンブ定着林の造成に着手し,海中造林技術の原理の確立と実証を行ない,画期的な成果を残したが,私たちはこの海中造林技術の考え方を分布域の広い巨形の多年生海藻であるアラメの群落造成に発展的に継承できないものかと考えている。幸いにして大型別枠研究「マリーンランチング計画」として実現し,この課題に取り組む機会に恵まれ,初年度の調査研究を終えたところで今頭の中にあるものを書き出してみたい
 鹿島灘から仙台湾の沿岸に分布するアラメは9月から翌年2月まで成熟し,幼体は3〜4月に萠出する。萠出後1年度は単葉,2年度には茎葉移行部から葉片を形成しつつ生長し,秋〜冬季に中央葉に子嚢斑を形成して成熟した後,春〜夏季には分叉して成体となる。寿命は少なくとも5年以上は存続するとみられている。
 福島県のいわき沿岸の岩礁地帯ではアラメの成体が水深0〜2mまでに顕著な優占群落を形成する。成体の分布密度は潮間帯から水深0.5mまで約20個体/u,水深2mまで8〜12個体/u,2m以深では殆どみられない。幼体は潮間帯から水深4mの漸深帯まで分布する。水深2mまでの水深帯では恒常的な強い波動の影響によって脱落と新生が繰り返され,複合年級群で形成される群落は消滅することがないようだ。
 この沿岸では聞き取り調査によれば,戦前から1955年までは潮間帯から最も沖側の水深7〜8mの礁まで濃密なアラメ群落が形成され,特に深みでは茎の長い大型の成体が着生していたという。この群落は1960年までの5年間に沖側から徐々に消失してまばらになり,1960年以降は今日見られるように4m以浅の浅みに限定された。
 いわき沿岸における水深4〜8mの深みのアラメ群落の衰退は,静岡県田牛地先のカジメ群落が極く短期間に一斉に黒潮の接岸による海況の激変によって枯死脱落した現象とは異なる。衰退は5年間の比較的長期に亘っているので,突発的な環境の異常変化に起因するものとは考え難い。この水深帯では長年に亘って形成されたアラメ群落の下層で照度の低下と植食動物の食害によって,高令の成体が枯死脱落した量に見合うだけの幼体の着生がなかったために,分布密度が徐々に低下し,群落が消滅してしまったのではないだろうか。それとも別な要因があるのだろうか。決定的な消滅の要因と造成に係わる群落遷移の機構をつきとめたいと思っている。この群落は消滅後今日まで約20年間に亘って形成されなかった。この間,1968年に漁港防波堤の延長工事がなされて漂砂,浮泥が増加し,また1972年以降,ウニ,アワビの移植・放流が実施され,アラメの生育環境は確かに悪化している。しかしこの水深帯でアラメ群落を回復させることができれば,海中造林技術開発の歴史に新しい一歩を踏みだすことができるだろう。
 群落遷移の機構を明らかにする鍵は水深2〜4mに見出すことができる。ここではアラメの成体は殆どみられないが,フクリンアミジの優占群落中にアラメの幼体が着生している。ここにみられる幼体はこの1・2年に着生したものである。また更に深みでは一面無節石灰藻が着生し,一部に有節石灰藻のエゾシコロと小形海藻が見られる。アラメは巨形の多年生海藻なので,漸深帯における遷移の最後の勝利者,極相となる種である。極相に到るまでに無節石灰藻の役割は,フクリンアミジの役割は,そしてウニ等の植食動物の役割は何だろうか? 漂砂,浮泥の増加,植食動物の増加は確かに遷移を初期相にとどめる役割の一助となっているようである。
 この群落遷移の過程にアラメ群落を人為的に造成する鍵がある。今年度から実験的にアラメの人工種苗を植えつけながら,遷移を進行させる条件を一つ一つアラメに聞いてみたいと考えている。
 アラメ群落を昔日の沃野にすることは未だ夢の中である。しかし自然へのたゆみない問いかけと仮説を着実に立証していけば,自ら道は開けよう。
 この計画は当所藻類研究室と三重大学喜田和四郎教投,東京水産大学有賀祐勝助教投との共同研究であるほか,当所魚介類研究室,福島県水産試験場の皆さんにも多大な協力をいただいている。また過日,技術会議の「マリーンランチング計画」担当の若い方と親しく話し合う機会を得たが,彼等の産業振興への熱意と予算獲得のための努力には頭の下がる思いがした。この計画は多くの方たちの参加と努力によって成り立っている。私もその一員として,“アラメの沃野”の中を潜れる日が1日も早く来ることを願いつつ,アラメ種苗を使う実験準備に,今明け暮れている。
 最後に終始激励と討議をいただいている菅野尚増殖部長に心から感謝する。
(増殖部藻類研究室)

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