カツオ竿釣船の餌料対策

田中 有


 カツオ竿釣船にとって最大の悩みが,活餌のへい死にあることは周知の通りである。南方海域の高水温帯で年の大半,稼働する大型カツオ船にとっては,まさに死命を制する問題と云っても過言ではなかろうし,ここ数年,燃油高騰にはじまった諸経費の増大と相俟って,漁業経営を大きく圧迫している。
 南方カツオ漁が周年化の傾向をみせてきた昭和39年以前でも,夏季から秋季にかけて,小笠原諸島からマリアナ諸島海域でも高水温帯において餌料の死滅がみられていたが,稼働隻数が少なかったことにもより,あまり問題とはならなかった。昭和39年以降,カロリン諸島を中心に南方海域のカツオ漁場は年毎に拡大され,稼働隻数も次第に増加し、それに伴って餌料問題が表面化し,特に昭和47,48年頃には餌料へい死率が急激に上昇,経営上大きな問題となった。
 昭和50年頃,遅まきながらこの問題がとりあげられ水産庁,水研,水試,日鰹連が中心となって餌料へい死対策会議が開かれ,翌昭和51年度から国の指定研究として,地方水試に委託された。
 大量へい死要因には蓄養場近辺の水質悪化に伴う魚病,魚そう内の汚れ,蓄養場での扱い方(漁船への積み込み方),配合飼料の質及び投餌量等があげられ各水試では試験船を使って色々な調査が行なわれた。特に魚病に対しては早急に対策がたてられ,薬品投与により小康を保つかにみえたが,夏季の高水温帯では相変らず大量へい死が続いた。
 昭和47,48年以前,つまり大量へい死が起る以前のパターンは,餌場を出港してから3日前後の航程で亜熱帯反流域の高水温帯に至り,この海域で20〜30%の減耗(体力のないもの,傷ついたものが死滅する)をみるが生き残ったものは,その後死滅することなく使用可能であった。しかし,近年では亜熱帯反流域では無論のこと,それを越えてからも連日減耗が続き,漁場到着時には50%以下となっているケースが多い。更に漁場でも減耗が続く訳であるから生残量は,それ以下となってしまう。南方カツオ漁場は全般に表面水温29℃以上の高水温域に形成されており,高水温域を避けることは出来ないし餌料の死滅が少ない29℃以下の水域では,好漁を期待するのは無理であるという厳しい状態におかれてしまう。
 高水温帯に突入することによって起きるへい死は,お手上げの状態であった。漁場に至る間,減耗を最小限にくいとめる方法として夏季から秋季,黒潮と亜熱帯反流域の高水温帯を大きく迂回し,東経170゜以東を南下する方法が採られている。しかし漁場の高水温帯では30%から50%の減耗をみていることを考えれば,これも決め手とは云えず往航に17日乃至20日を要する為に燃料消費量(経費)の増大を招いている。
 高水温が餌料へい死の最大要因であることは,今までの経過をみて,まず疑いの余地がないであろう。活魚そう内の水温を制御出来れば,魚病の発生を押さえることが出来るし,ひいてはへい死をくいとめ得ると思われ,このことが分っていながら良い方法がみつからず,ただ手を拱いていた状態であった。
 以前といえども水温制御は試みられなかった訳ではないが,方法そのものに問題があり,1゜乃至1.5℃程度降下させるのが能力の限界であった。この程度では餌料に対する効果は期待出来るようなものでなくいつしか中止されてしまった。
 最近になって,活魚運搬で実績のある三重県大盛丸海運K.Kでは昭和54年4月,24号大盛丸(1,200屯,洋上加工船)を建造,逸速く水温制御法を採用した。熱交換機を利用する方法で,水温を15゜〜18℃まで低下出来,餌料に対する効果は抜群(餌料の死滅量は10%前後であるらしい)と云われている。これによって低温蓄養装置が俄にクローズアップされ,その後本年8月,三重県福丸漁業K.K第21福丸(299.72屯)は,低温蓄養装置を設け高水温域であるマリアナ海域で試験操業を行ない,死滅量7%という好結果を得た,と聞いている。又,海洋水産資源開発センターが用船した三重県第52海王丸(434.60屯)は24号大盛丸の方式を採用し,本年10月南方海域に向け試験航海に出ている。前述の第21福丸の結果は,船型が299屯型であったこと,及び南方海域では使用出来ない,とされていたマイワシを積み込んでのことなので非常に注目された(24号大盛丸方式,第21福丸方式は,冷却排水を再利用するかしないかの違いがあるが,原理は同じである)
 現在,この3隻が同装置を装備し操業中若しくは試験操業中である。同装置の利点は
1.活餌料の死滅量が10%程度であること,
2.活餌料の積込量が従来の1.5倍強,
3.高水温帯を迂回することなく漁場へ直航出来る,
4.南方向けでないマイワシを利用出来る
等が考えられる。一方欠点として専用の動力源を必要とするか,あるいは従来の動力源の能力をアップする等改造費が膨大であることであろう。しかし水温を制御することによって,生ずる利点を考えれば,はたして高い投資なのかどうか,一考を要するのではなかろうか。しかしまだ充分装置に馴染めておらず失敗もあるように聞く。まだまだ改良の余地もあるであろうし,完全に使い慣れるには時間が掛かるであろうが,竿釣船が海巻船と対抗して残って行くには(生産効率を高める意味で)必要な装置であることにかわりはない,と思うのは筆者だけではないであろう。
 現在の大型カツオ船は船令8乃至9年船が全体の60〜65%(昭和54年,日鰹連漁船名簿による)にも及んでおり,代船建造期を迎えているが現在の経営状態からすれば代船建造にふみきれるものではない。低温著養装置の装備には膨大な経費が必要である。船令8乃至9年の漁船としては古い部に属するものが60%〜65%を占めている現状をみれば,はたして投資の価値があるかどうか,と云う経営の先行不安もあろうが,経営を不安たらしめている根本が餌料にあるとすれば,無視できないであろうし「完成品」の出現をみることが出来れば情勢も変わってこよう。1日も早い「完成品」の出現を望んでやまない。
(焼津分室員)

目次へ戻る

東北水研日本語ホームページへ戻る