昭和54年後半の東北海区近海の海況

工藤英郎



 昭和54年7月〜12月における東北近海の海況は,昭和17年以来と云われる高温で推移した。
 海況の主な特徴として次の9点があげられる。(1)黒潮の著しい北偏(7月〜9月中旬)。(2)黒潮の房総近海における分岐(8月・10月)。(3)親潮の道東・三陸北部近海への強勢な張り出しと,広い冷水域(100m深1℃)の持続(7〜9月)。(4)黒潮と親潮の接近による狭小な混合域(7月・8月)。(5)大型暖水塊の三陸近海での形成(9月下旬)と,その襟裳岬沿岸への接近(10月・11月)。なおこの特徴は12月も持続している模様である。(6)三陸〜常磐沿岸域の高温(同上)。(7)親潮第1分枝の著しい北偏(10月・11月)。(8)暖水域の広域化による親潮第2分枝張り出し地点の沖合化(148゜E 付近より,8〜11月)。(9)津軽暖流域の狭小(7〜11月)。


 黒潮の北限は7月下旬で39゜N,143.3゜〜145゜E 付近,8月は39.3゜N,145゜E 付近にあり,9月上・中旬には40゜N,145.7゜〜146.3゜E 付近に達していたものとみられ,著しい北偏を示していた。黒潮は9月下旬,39゜N 以北の部分が切れて暖水塊となったため,10月の北限は38゜N,145゜E 付近へと急激に南へ移ったものの,依然として北偏状態を保っていた。
 親潮は7月から9月まで道東・三陸北部近海に広く分布していた。第1分枝の南への張り出しは38.8°N(7月),39.5°N(8月),40.2゜N(9月)付近までで,それぞれ三陸沿岸または鮫角付近に迫り,水温も100m深で1℃と低かったが,10月には暖水塊の北上により襟裳岬付近に僅かに張り出す程度となった。
 また今期は黒潮に関連し次のような問題点を生じた 。

(1)房総近海における黒潮の分岐と複雑な流れは黒潮変形多重海流(川合1972)の1例とみられるが,2つの流れは共に強く主流・分枝流の判定が難しかった。

(2)右旋環流の形成と,100m深等温線の閉鎖は,これまで暖水塊の存在証拠とされてきた。7月,金華山沖の黒潮先端域にあった弱い右回りの流れの等温線は,400m深でも黒潮とつながっており,暖水塊と右旋環流の関係が問題になった。(5月の右旋環流の等温線は300m深で閉鎖していた)。
 次に東北海区の関係水研・水試・気象庁・海上保安庁・防衛庁・海洋水産資源開発センター・その他の観測結果に基づいてまとめた各月の海況を,例示した7月(夏)と10月(秋)の海況図から説明したい。


 夏(7月
(1)黒潮主流は犬吠埼東30海里を北北東に流れ,38.5゜N,142.7゜Eを経て,上旬には39.5゜N,145゜E付近に達していた。下旬の北限は39゜N,143.3゜〜145゜E付近に下ったが,その北偏は著しい。これより145゜Eを軸に南方へ流れ,一部は37.5゜を南西に向かってから,黒潮の先端域に38゜N,144゜E 付近を中心として,径約120海里の大きな弱い右回りの流れを形成していた。一部は37.5゜N を南に流れてから更に分かれていた模様である。
 黒潮主流の南側36゜N,144゜E付近に冷水域(100m深8℃)があった。


(2)近海の混合域は極めて狭かった。
 黒潮北上分派は40.5゜N まで張り出し,親潮との間に顕著な潮境を形成していた。


(3)親潮は道東・三陸北部近海を広く占めており,水温も低く,100m深1℃台の冷水が鮫角近くにまで張り出していた。
 親潮第1分枝は三陸南部沿岸に接近しており,その南限は38.8゜N付近であった。第2分枝の張り出しは39.8゜N,145゜Eまでであった。


(4)津軽暖流の尻屋埼東方での張り出しは143゜E付近までで,例年並みである。ただし,尻屋埼〜鮫角間における東への張り出し域は非常に狭い。(8・9・11月も狭かった)。


 秋(10月)
(1)黒潮は房総近海で分岐し,一部は 34.8゜N,142.8゜Eを東に向かっていた。一部は犬吠埼東35.8゜N,141.5゜Eを北北西に流れてから,鹿島灘近海を北上し,37.2゜N,142.2゜E付近より東に向かい,37゜N144゜E付近で再び北東に流れて,38゜N,145゜E 付近に達していた。黒潮はこれより東南東に向かっていた模様である。
 冷水魂(100m深8℃)の一端が,東流する黒潮の近く35.2゜N,142.7゜E にあった。11月も黒潮主流の南側に低温域があった。


(2)混合域では暖水が三陸近海を広く占め,沖合147.7゜Eまで張り出していた。 40゜N,145゜E付近を中心として大型暖水塊(100m深20℃,径約100海里)があり,その北縁と東縁で親潮と接し,顕著な潮境を形成していた。
 三陸沿岸水域は暖水塊から張り出す100m深17℃の暖水によってほぼ占められ,常磐沿岸水域も黒潮から張り出す100m深17゜〜19℃の暖水によってほぼ占められていた。この傾向は12月にまで持続した。


(3)親潮第1分枝は41゜N,143゜E付近にとどまり,それに連なる冷水の張り出しもなかった。第2分枝は40.5゜N,148゜Eから南西に張り出していたが,11月にはこれに連なる冷水塊100m深5℃が,38.5゜N,143.6゜Eに達していた。


(4)津軽暖流は暖水魂と接していたため,流域の境は明確ではないが,尻屋埼東方での張り出しは143゜E付近とみられる。

(海洋部海洋第1研究室長)

目次へ戻る

東北水研日本語ホームページへ戻る