別枠研究「環境保全的技術」を終えて

菅野 尚



 昭和48年度から5ヶ年間に亘って行われた農林水産技術会議,別枠研究「農林漁業における環境保全的技術に関する総合研究」は,昭和53年3月末をもって終了した。この別枠研究は,「農林水産業における環境保全の実態と問題点を明らかにし,農業生態学的知見と手法に基づいて,自然ならびに人間の生活環境と調和する土地利用方式,管理技術システム等の基本的あり方を明らかにしていくこと」をねらいとして,環境保全に関する総合的研究討議(パネル・デスカッション)と,環境保全と土地利用技術の再評価に関する試験研究の二本の柱のもとに,
(1) 全国各地域の代表的な地帯において進行しつつある環境の悪化と破壊の実態を,農林水産生態系に及ばす影響という観点から明らかにする(地域生態系の実態解析),
(2) 農林水産業における環境保全の科学的指標を明らかにする(環境保全機能の解明,環境保全指標の設定),
(3) これまでの土地利用技術を再評価し,環境保全という観点から今後の土地利用技術のあり方および改善方向を明らかにする(環境保全的土地利用技術),
(4) 地域開発計画における農林水産業の新しい位置づけと農村整備計画の考え方,およびそれらの手法を明らかにする(地域開発手法),
(5) 農林水産業が果すべき自然休養的機能とその計画手法を明らかにする(緑地環境の整備方式),を研究の大課題とした総合研究が進められた。当水産研究所の生物,環境,経済の各研究チームは,地域生態系の実態解析から環境保全的土地利用技術の各課題について,沿岸水域の養殖場を対象に研究を担当した。

 沿岸の浅海域の水産生物の生産は,古くから陸上起源の栄養物質を食料の形で再び陸上に還元する役割を果しており,永い歴史をもつ魚貝藻類の採捕は,部落共同体の共有財産としての認識の下に,自然の地域生態系を維持する努力の中で成立している。それが増養殖技術の発達によって,種苗放流や漁場改良によって積極的に環境を利用する途を開き,生物分布を拡大し,生産の増加を図るようになるに従って,人間の手を加えた地域生態系が成立するようになり,さらに企業的な養殖業の成立によって,これまでの生態系利用とは異なった漁場利用の形を生じ,社会科学的要因による漁場の拡大や縮少が行われ,漁場利用の実態は自然科学面だけでは理解し難い事態を生み出すようになっている。従って各研究課題を進めるに当たっては,経済の問題を常に念頭において,現状の養殖生産と地域生態系の実態を解明しながら,環境保全と漁場利用の問題点を明らかにすることを研究班の共通目標としてきた。
 各研究班が担当した課題の研究成果は,各年度末の研究推進会議報告資料集と目下刊行準備中の農林水産技術会議試験研究成績書に取りまとめられるが,近々に発刊を予定している当水研からの別枠研究に参加した研究者の調査結果と報文についても,参考の資としていただければ幸いである。
 浅海水域の養殖場における環境保全技術は,健全な養殖生産,換言すれば社会的生産をどの様な方式で維持していくのか,ということが終始この研究を通じての討論の対象であり,養殖場をめぐる外部からの社会的影響による水質環境の変化,養殖漁場の拡大・縮少養殖技術の発展や劣化など,その複雑な実態は単純な自然環境保護論では通用しない生産の場における環境保全問題として,参加研究者の頭の中に残されたと感じている。自然科学サイドの研究だけでは,人間の生産活動の局面を省いた結果を導きだすことが多いが,この別枠研究を通じて自然科学と社会科学の両サイドの研究者が,浅海域の漁場利用をめぐる環境の位置づけ,養殖技術の発展法則,区画漁業権漁場と漁業協同組合の役割等についての討議から,複雑な養殖場の生産問題を,さらに体系化し,法則化しようとする研究者の芽ばえがあったことを,別枠研究参加の一員として,大きな成果の一つであったと確信している。この別枠研究の浅海域の課題に参加された当水研をはじめ,東海区水研増殖部,静岡水試浜名湖分場,真珠研究所,南西水研増殖部の関係各位の御協力に対して,チームリーダーとして,厚く御礼申し上げる。
(増殖部長)

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