サバ資源の利用方式について

佐藤祐二


 私は、最近サバの漁況の推移にもっとも関心を寄せかつ熱心に試験研究機関を利用するのは、漁師さんでも缶詰屋さんでもなく、まして行政サイドの人だはさらさらなく、中央の肥飼料商社だという大変奇妙な現実に直面しています。このことを窓口にして多獲魚の利用のあり方について御教示を仰ぎ度いというのがこの小論の筋です。
 昭和49年魚種別漁獲量統計(属人)によりますとわが国周辺のサバ類漁獲量は129万4千トンで、前年比14%増ということになっています。14%増という数値は前年比増加魚種のトップにあげられるものですが、東北海区に限ってみますと、同年辛うじて50万トンの大台を維持しているものの46年の87万トンをピークにして年産10万トンのペースで下降の一途をたどっているのが実情です。先日(10月1・2日)実施したサバ長期予報会議における各機関の情報を綜合しても、50年度は約40万トンもおぼつくまいと推定されました。従って上述の前年比増加の主因は西日本海域の資源の回復に求められるのであって、東北海区の現状はいささか趣を異にしております。
 東北海区のサバ資源の研究を本格的に初めたのは昭和38年です。研究を初めた当時の漁業は関東地方の各県船を中心にした「はね釣り漁業」や地元船による流し編み漁業など、どちらかといえば零細規模の小経営のものでした。しかし、40年頃には大、中型まき網漁業が八戸近海に進出するに及んでこれらの小規模漁業は完全に成立の基盤を失ったのです。
 いまや東北の海では、サバは「まき網」で獲るものになりました。
 こえて45年頃を中心に八戸近海ではサバまき網漁業とスルメイカ釣漁業の間に漁場配分を巡る一大紛争が惹起しました。当時を思いおこすと、研究者といえどもいずれのサイドか旗幟鮮明にしなければろくに市場調査もできかねるといった異常な雰囲気に包まれたものです。もっともこの紛争はいまだに尾をひいて、今年もトラブルがあるようです。
 さらに、まき網漁業自身の発展も目を見張るばかりです。わずか4〜5年の間に従来の30〜50トン階層の2そうまきはほとんど姿を消し、代わって新鋭の111トン型1そうまきが省力化の波に乗って登場してきました。
 試に1隻の魚群探索船の船橋をのぞきますと、垂直多周波魚探、ソナー、スキャンニング・ソナーとズラリ並んだ電波機器は正に壮観であり、この漁業をも原始的な採取段階にあるとするには大変抵抗を感じます。
 とに角以上のような次第で、研究の実践の中で、単なる資源研究に埋没することの危険性を思い知らされてきた訳です。
 こんなことは漁業資源の研究には本質的なものでしょうが、現場に近いわれわれにはより印象が強烈だったということでしょう。
 ところで、大西洋のマサバ資源の変動特性については、すでに本ニュース第5号に昭和46年までの状況を記しました。
 そこでも述べていますし、また一般の常識になっているように、近年漁獲物は急速に小型化しております。図1には東北の主要漁場である道東漁場(釧路沖)と三陸漁場(八戸沖)の漁獲物について、それぞれの体長組成の経年変動を示しました。これでみられるように体長モードは年々小型の方に移行しており、体長30p以上の成魚の比率が極端に減少しています。48年頃から、ややこの傾向が是正されたようにもみえますが大局的には未成魚が主体であることに変わりありません。
 一般に太平洋のマサバの寿命は約8年とされ、生後3年目の体長約30pで成熟、再生産に関与しますから、道東・三陸における若齢魚の多獲は次世代に影響を与えないとはいえません。
 事実、関東近海の産卵親魚数は最近減少していますし総産卵数も減少しています。東海水研渡部氏の精細な再生産の研究によりますと総産卵数200兆粒以下の段階では資源水準の維持が難しいといわれますし、近年の東北海区の未成魚の多獲はこの方向を促進するといわれてきました。しかし、最近の同氏の調査によりますと47年以降の産卵量は一時200兆粒以下の線から回復して400兆粒以上に達しているということで、この資源の復元力のシタタカさに舌を巻く思いがするのです。また現在までの漁獲努力量の評価については、ここ1〜2年のうちにある程度の結論は得られるものと思っています。
 序ながら、年々くり返される漁況予側の内容も単にどこそこで何月に平均何10トンといった推測の当否を論議するよりも「資源管理」を前提とした論議にもっと精力をさくべきだと思います。このための基礎知識はマサバの場合は相当充実していると考えます。
 こゝまで述べて、冒頭のパラグラフに帰ろうと思います。
 再生産を損わぬ段階に漁獲水準を止めることに何の異存もありません。その漁獲水準の算定は研究側に課せられた大命題といえます。たゞ漁獲物の利用について若干考える必要がないかということです。
 近来、「資源の有効利用」が世界的な食糧危機やら 200浬経済水域やらを背景によく論議されています。マサバの場合、食用としての蛋白利用の面が強調され若齢時代の多獲は食糧生産の観点から大変不経済であるし一万漁獲物の相当部分が漁粕・ミールに回ることの不合理が強調されています。
 前者については漁獲後の利用はどうであれ、魚を成長させて獲ることは数量を確保する上で誤りはないでしょうが、しかしはたしてサバの成長を待って休漁もしくは他漁業他魚種に転換することが許されるものでしょうか。事は漁業政策上の大問題となりそうです。「休耕奨励金」をどう保証するかということになりませんか?
 問題は後者の点です。48年の流通統計によりますと確かにマサバ陸揚量の41%がいわゆる魚粕用ということになっています。いわゆるアンチョベータの動向によって世界の畜産業界は一喜一憂するそうですが、私は邦産サバの肥飼料生産に占めるシェアはとるに足らないものと考えておりました。いまこの点を詳しく分析する時間的な余裕はありませんけれども、最近訪問を受けたある中程度のミール会社営業部員氏の話によって畜産餌科のマサバへの依存度の大きさを知り大変な勉強不足を感じました。
 このことを通じて私は、多獲魚の利用という点で直接的な食用利用のみを問題にするのはあまりに短絡にすぎないかと思うようになりました。そうして、この問題の合理性はわが国農畜産業全体の見通しの上に立って、初めて実りの多い結論が期待できるのではないかと考えています。別にこのことは、現在ある肥飼料会社の立場も考えてやるべきだなどと消極的な事をいってる心算ではありません。
 「無効利用」ということは言葉の上では撞着でしょうから多分あり得ないでしょう。「有効利用」に対立する概念は「あまり有効でない利用」ということになると思います。何が有効か有効でないかは立場によっていろいろでしょう。
 近頃大々的に喧伝される「魚類の海中養殖」にしてもそれに用いる餌の相当部分はマサバとかカタクチイワシということになりませんか?まさか石油蛋白ではないでしょう。もしそうだとしたら、事業の発展は喜ぶべきことかも判りませんが、餌料確保のために沿岸資源(とくにマサバ)への漁獲の圧力が一層増大されるということになりませんか?魯鈍なサバの研究者は恐れる次第です。
(八戸支所第2研究室長)

Yuuji Sato

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