ババガレイの標識放流

石戸芳男


 ババガレイは千島・樺太附近から太平洋岸では駿河湾まで、日本海側では全沿岸に分布するが、漁獲量の多いのは北港道から東北の太平洋岸であって、主に底曳網・底刺網で漁獲される。その量は東北太平洋沿岸では年に約2000〜2500トンであり、水揚量は北海道・東北とも近年減少傾向にある。本種の肉質はやわらかいため3級品程度といわれることがあるが、しかし東北地方では11月頃から翌年3月頃までの卵巣の成熟したものは魚価が高く、正月の魚としてなくてはならぬ貴重な存在である。このような事から、この時期の八戸港の小型底曳船はババガレイを主目的に操業しているわけである。
 ババガレイの生態調査は支所開所以来、スケトウダラ・マダラ・キチジ他のカレイ類とともに以東底魚資源調査の重要魚種としてとりあげられてきた。以来生物的調査や委託調査船による漁獲量調査が行われ、これらの資料の検討の結果、北海道太平洋岸では産卵期の3〜5月頃になると、雌雄ともに成熟魚の姿が見えなくなり、産卵期近くなるとどこか別の水域に去って、そこで産卵するものではないかと思われた。そこで回遊の有無を確かめるために標識放流を計画し、北海道から東北太平洋岸でくり返し標識放流を行った。ババガレイは底曳網で漁獲した場合に他の底魚類に比べて比較的丈夫であり、標識放流には適している。標識票は主としてカフスボタン型のものを用い、背鰭肉質部に装着して放流した。また一部分アンカータグを用いたものもあるが、この票は手早く装着出来る利点はあるが、再捕・発見が低い欠点がある。
 さて、標識放流の結果で明らかになったことは、北毎道太平洋岸の成熟したババガレイは、産卵のために11月頃から、北海道太平洋岸沿いに南下し、1月から2月に八戸沖に、また3月頃には宮古沖に達し、一部は更に南下して3月中・下旬頃に金華山附近に達するという大きな回遊をする事が明らかになった。この時期のババガレイは餌をとる事が少なく、これは卵巣が発達すると腸が腹腔部へ圧縮されることによるものと思われるが、雄や未成魚でも同じく餌をとらないことからみて、産卵のためばかりではないように思われる。
 また南下回遊速度は1日平均7浬の速さである。この速さは、スケトウダラでは1日平均5浬、アブラツノザメでは1日平均9浬などに比べて、卵巣が肥大した産卵期直前でしかも餌をとらない時期の回遊としてはかなりの負担であろう。
 産卵生態のおもしろい習性にちょっとふれてみよう。飼育実験の観察によると、完熟した雌魚の所に成熟した雄魚を入れると、雄は盛んに追尾し、両者はS字形あるいは逆S字形の攻撃姿勢をとって斗争行動をくり返し、ついに雄は雌の上に乗る。雄が雌に乗り移る場合、しばしば始めに背部斜後方から雌の体を抑える形をとり、離れては乗る行動をくり返して次第に雌の腹部を自分の体の下に抱さ込むような形となって静止する。そして産卵時刻は早朝4〜5時頃と推定される。
 ババガレイの再捕率は平均9.2%であったが、北海道沿岸で放流した成魚では、回遊期の10〜12月と産卵前期の1・2月に再捕率が高く、16.3%と14.7%であった。一万、八戸以南で放流したものは未成魚では索餅期の3〜9月に9・5%、成魚では産卵前期1・2月から索餌期3〜9月にかけてほゞ12%で高く、回遊期の10〜12月に4.9%で低い。このことは北海道沿岸で冬期間以外は大規模な移動はないものと考えられるし、八戸以南で回遊期の再捕率が低いことは、まだ回遊群が来遊していないためと思われる。
 再捕率は浮魚のサバ・カツオ・スルメイカ等では数%以下であるといわれている。またアブラツノザメでは平均4%位、スケトウダラでは3%位に対し、アカガレイでは12%位、ヒラメでは平均30%位の高い値を示している。このようにカレイ類の再捕率が高い傾向があるが、このことはカレイ類は浮魚類や半底棲魚に比べて漁獲率が高い事を示しているものであろう。
 さて、標識放流や生物的知見を整理して、系統群として考えられるものは、北海道太平洋岸から三陸沿岸にかけて産卵回遊する群と、釧路以東に産卵場をもつ群、および津軽海峡西部を中心とする産卵場をもつ群であるが、その他三陸沿岸に根付群のあることが確かめられている。この中最も大きい群と思われる北海道太平洋岸から三陸沿岸に産卵回遊する群については、まだ推定の範囲を出ないが、回遊産卵後は北上回帰するものと、三陸沿岸に分散するものとがあり、また三陸沿岸で産卵孵化した稚魚は成長しながら、少数のものは北上途中で三陸沿岸に根付群となってとどまるが、大多数のものは北海道沿岸まで北上し、成長するものと考えられる。この根付のものと、北上するものが分れる時期は3才頃であり、根付の群は成長が悪く、北海道沿岸まで北上した群は成長が良いという傾向がある。このような推定を確かめるためには今後更に、三陸沿岸での未成魚および稚魚の標識放流の技術開発が残された課題である。
じっと見つめるババカレイ
(八戸支所 第一研究室)

Yoshio Ishido

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