サンマの標識放流

高橋章策


 魚類の標識放流は既に16世紀から行われ、資源研究上の有効な手段となっている。サンマについては、1931〜’51年に北海道立水試が、リボン式・差込み式の2種により、日本海で1465尾、太平洋で1755尾、オホーツク海で 400尾の標識放流を実施し、5尾の再捕報告があった。1950年にはサンマ漁業解禁日決定漁場一斉調査の際、金属製の矢尻を脊部に突き刺す方法で、各調査船が様々放流したが、再捕は皆無であった。1961年には東北水研が、釣鈎に黄色ナイロン・テグスを付した標識を用い、釧路沿岸で数100尾放流したが、期待した成果は得られなかった。
 ところで近年、サンマ研究の進展に伴い、成長・年令の解明が重要課題となっている。秋の漁獲サンマは従来は大型魚4年・中型魚3年と考えられていたが、10年ほど前に大型魚2年、中型魚1.5年と推定されるようになり、最近では少なくとも中型魚の大きさは1年以内で到達できるという有力な新説も登場した。魚の成長・年令の追求に標識放流が飼育実験と共に極めて有効であることは論をまたないが、調査研究費の貧弱さと、放流技術の難かしさの故、なかなか実行に移されずにいた。
 サンマは鱗がとれ易く、魚体がいたみ易いので、魚体に手を触れないことが第1の条件である。筆者は1972年秋、北光丸(220トン)を使用、道東〜三陸沖の南下サンマにタグピンを標識し放流したが再捕報告はなかった。そこで翌年秋には、サンマ漁獲物中に輪ゴム類(時に駅の立売りの果物袋の口をとめるプラスチックの輪もあり面白い)を遊泳中に自然に付着させた個体が屡々見つかることに着目、輪ゴムによる標識を計画した。
 今回は輪ゴムに黄色ナイロン・テグスを結着したものを使用、サンマの標識放流第1条件である手で触れないための工夫を凝らした。周知のようにサンマ棒受網漁業は魚群を集魚灯下に密集させて一網打尽にするものである。サンマ群が集魚灯に集まる現象を灯付きと言うが、船を漂泊させ灯をともせば、たちまち魚が密集し満船するような事例は珍らしく、サンマを灯に付けるにはかなりの技術を要する。ともあれ、うまく灯に付いたサンマ群は旋回しながら次第に深く沈下する(時に表層に殆ど見えなくなる事もある)。深層に沈んだサンマ魚群は灯を消すと、残照を追うように急に浮上し、真白に水しぶきをあげ海面上へ跳躍する。サンマのこのような習性を利用し、次の手順で全く手を触れることなく標識することに成功した。
 魚群探索からサンマが灯に付いたまでの過程は省略。先づ灯下に密集旋回するサンマ魚群上の海面に平均に広がるように輪ゴムを投入・散布する。輪ゴムが一面に拡がったところで集魚灯を一斉に全部消し、5秒間ほどして集魚灯を点じたところ、輪ゴムは面白いほど見事にサンマの魚体に嵌った。ただ輪ゴムは海水に弱いので、現在は細いビニール・チューブ製のリングを使用している。この方法を「リング式標識放流」とでも名づけようと考えている。
 しかし、この年はサンマ標識放流の実施について、宣伝の不十分さと、標識票の不備により予期したような再捕報告が得られず、誠に残念であったが、気仙沼港へサンマ漁況・魚体調査のため出張した際、偶然にもサンマの中に混入した輪ゴム3個とナイロン・テグス2本を発見し、このリング方式が極めて有効であると確信を強めた次第である。
 1974年秋には第二ちば丸により黄色ビニール・チューブ製のリングを使用して行った。ところが、本年のサンマは集魚灯下に集め、消灯しても殆ど海面上へ跳躍しなかった。そこで、棒受網をしづかに絞りサンマを遊がせておいて、タモ網で魚体を傷めないように汲んで樽に入れ、手早く1尾づつリングを嵌めて放流した。   
 次ぎにリング式標識放流を実施する際の諸準備・作業手順など技術的問題について述べる。もちろん作業に従事する人員によって、準備する器具数など異なるのは当然で、ここでは15名で行う場合について説明する。
1.準備するもの
樽3個(内面の滑りが良いもの、海水は約30pの深さに入れる)
タモ網2丁(目合の小さめのもの)
揚水ホース1本
標識用リング(大・中・小各種)
2.作業人員配置
サンマ汲みあげ2名
標識票装着1樽につき3名
下廻り1名(海水汲みあげ、リング配り)
見張りその他予備員3名
3.実施手順
前述の1973・74両年の実施経過からすでに明らかなように、サンマの灯付き状況の差により、実施方法は自ら次の2種になる。
 灯付き良好で集魚灯を消すと海面上へ跳躍する魚群の場合は、1973年のようにリングをサンマ魚群上に撒布して自然にくぐらせる。(この際、棒受網を操作する時と同様、集魚する方の舷から風を受け、魚群が風上になるようにする) 
 灯付き不良あるいは海面上へ跳ねない魚群の場合は、面倒でも1974年のように棒受網で緩やかに包囲し、タモ網で汲みあげ、1尾づつリングを嵌める方法による。

このようにして、サンマの標識放流もいよいよ本格的に実施し、資源研究上きわめて有効な役割を果し得る段階に到着したが、調査研究経費が僅少で、残念ながら研究の推進に充分に役立てられずにいるのが現状である。

(参考)
:サンマ標識放流位置及び再捕位置(今回は事前にポスター等を作り宣伝したので、図に示すような成果を収めた。
写真:標識表の装着位置と標識記号例
表紙写真:成功したサンマの標識放流(再捕サンマ)
(資源第1研究室)

Shousaku Takahashi

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