造る漁業への期待と不安

杉本仁弥


 本来地球は太陽からのエネルギーを受けて調和のとれた生物生産を行なっていて、自然生態系の中では、食物環の低次な段階の生物ほどその量は多く、高次の段階になるにつれて量的に減少して調和を保っている。
 漁業もこの自然生態系を破壊することなく採取している段階では問題はなかったのであるが、需要に応じて特定名柄の生物を選択的に採取したのでは、この自然の生態系はバランスを失ってくることになり、開発の進んだ沿岸漁場では、必然的に生物生産を維持するためにも漁業の調整が必要であり、漁政の中心の一つもこの点に置かれて施行されて来ている。
 反面、人類のこの選択的な採取を満たすために、特定名柄の生物の種苗を播種し、自然生態系を巧に活用して、生産を積極的に確保しようとするのも人間の知恵であり、遠くは徳川時代から貝類の播種などは行なわれている。
 この様に、食物環の低次な段階にある藻類貝類については、古くから積極的な増殖を目標に、生産増大のための試験研究も、量産化の技術開発や事業も数多く積重ねられていて、第一次構造改善事業では、この基盤を背景に生産の整備が行なわれ、試験研究のその後の発展と相侯って、ワカメの生産では自然の生産量を上まわり、需要に応じた生産増が出来るまでになっている。
 また近年大量採苗技術の確立したホタテ貝では、その数は数拾億粒にも達し、養殖や地播きによる増産が進み、数年後には拾数万トンの生産量に達するものと推定され、流通機構の整備による価額の維持、漁場環境保全などが計られるならば、その生産量は更に伸びるものと期待される。ホタテ程の種苗の量産はないが、クルマエビ、アワビなどでは、放流後の生残率向上と生長増大の技術開発を目標に試験研究が進められ、生残率の高い干潟の造成技術や海中造林による生長増大の技術などが開発されつつあり、可成りの成果があがっている。
 食物環の高次な段階の魚類では、サケを除いては、種苗の量産化の技術は未だ達成されていない。サケのふ化放流の歴史は古く、明治21年北海道千歳の地で始まり、80有余年たった昭和45年には、放流尾数は北海道で約4.4億尾、本州で約1.4億尾に達していて、魚類では貝類やクルマエビに匹敵する唯一のものである。その間放流の方法も、ふ化放流からふ化後給餌(30〜50日)放流へと、生残率を向上する方途を求めて発展し、48年からは更に海中での飼育を加え沿岸域の減耗を防止する技術試験が開始される予定である。ちなみに、放流に要した経費は昭和45年度北海道では約3.1億円、本州では約7千万円であって、種苗1尾当りの価額は前者が84銭、後者が51銭となる。これに対する沿岸回帰数は放流尾数の約1%であり、河川遡上数は放流尾数の0.1%前後であって、経済的にも十分ペイしていることがうかがえる。
 この様に造る漁業にあっては、種苗の大量生産技術の確立が第一前提であり、また、放流播種などの手段による栽培漁業においては、放流や播種後の生残率向上の技術開発、生長増大の技術開発と効率的漁獲技術の開発などがあわせて必要であり、また漁業として成立するためには、投資に対する収益性といった点も見落すことのできない問題である。
 クルマエビ、サケなど事業として進められている魚種の放流漁場は河川であり、極く浅い浅海域である。このことは浅海域程人為の介在が容易であり、技術面でも経済面でも栽培漁場の成立要因に富んでいることを示している。
 種苗生産の試験研究は多くの研究機関で、需要の多様性に対応して各種の魚貝類が取上げられ試験研究が進められていてその成果が期待されるが、上記の様な栽培漁業成立の諸要因を考慮して、当面の問題と将来の問題とに仕分けして栽培漁業に適した種類を厳選する必要性が考えられる。
 昨今、栽培漁業の全国構想が検討されているがこの事業が実り多きものになるためには、単に新しい種類の種苗生産の施設の建設に留まるだけでなく、既存のサケマス放流事業や貝類の増殖事業、更には漁場造成事業も含めた一貫性のある構想で本事業の一本化を計ることが必要と考えられる。
 また、栽培漁業推進の適地である浅海域は国土開発にあたっても、格好の他産業の用地侯補として取り上げられ、漁場の喪失、汚染の増大などの恐れは強い。開発にあたっては総合的な調和のとれた国土の開発が進められることを強く望みたい。
Shin-ya Sugimoto

目次へ戻る

東北水研日本語ホームページへ戻る