Sea Grant ProgramとNMFS

菅野 尚


 1972年9月から3ケ月間、科学技術庁の中期在外研究員として、アメリカ・カナダの太平洋・太西洋沿岸の水産増殖の現状をかけ足で見て廻り、帰国したばかりの頭の中に、強く印象に残っているものを引き出してみると、標記の課題になる。
 かつてアメリカを農業大国に発展させる基礎となったLand Gollegeと同じ構想で、海洋資源の開発をめざしてSea Grant Collegeを設立するべきだとする主張から生まれた1966年のNational Sea Grant College and Program Actが、現在、法律、経営、流通も含めた海洋資源に関係する教育と技術の分野の発展を目標として、商務省海洋気象庁(NOAA)を通して活発に活動を続けている。活動の大きな主柱である水産増養殖関連分野には、1971年度は50課題について、全基金の20%強の研究助成金がつぎこまれている。日本にもなじみの深いカリホルニヤ大学、デラウエヤ一大学、ハワイ大学、メイン大学、ロードアイランド大学、テキサスA&M大学、ワシントン大学・・・等のSea Grant College と、政府関係機関、民間会社が、エビ・カニ・ロブスター・ザリガニ等の甲殻類、カキ・ホタテガイ・ハマグリ類・タコ等の軟体動物、サケ・ボラ等の魚類、海藻類の増養殖研究を進めている。
 これらの研究の一つの特色としてClosed systemの開発が挙げられる。アメリカ沿岸の海面使用の権利は、レジャー・スポーツを通しての市民生活の場として海面を使用する市民がにぎっており、一般企業がこれに続く。水産業の海面使用についての発言力が非常に弱い状況下では、養殖施設を海面に設置することのできる海面は、干潮帯の私有水面内か、公共水面のごく一部にしかすぎない。近年、ワシントン州内で、公共水面にサケ養殖施設の設置を認めはじめたが、全国的なものにはなっていない。温水利用の増殖業にしても、単に温水の有効的利用という点だけでなく、養殖業として海水面を使用できるという有利性が背景にあって注目されている面がある。いづれにせよ、海面利用の制限を背景に、労働力不足からくる省力化機械化の研究、栄養、病気、育種の研究がアメリカのSea Grant Programの研究の中心になっているといえよう。
 我が国の水産研究所に相当するNMFS(National Marine Fisheries Service)の増養殖に関係する研究所が、約2年前、商務省の海洋気象庁の所属に改組された段階で、研究の大きな柱が環境汚染に切り替っている。特に、二枚貝の幼生期の生理・生態、種苗生産研究で有名になったミルホードの生物研究所が遺伝部門を除いて、全部門が環境汚染研究部門におきかえられ、以前から引き続き残っている人の話を聞いても、実験用生物の提供という、何となしの力のない話しぶりを聞くにつけ痛々しい感を深くした。ともあれ、一方では、Sea Grant Collegeを中心とする増養殖研究の発展、一方では水産研究所の公害研究への展開と、立場と組織のちがいはあれ、日本の現状とよく似た点をもっている。
 水産食品産業を日本を離れて望観する機会にめぐまれたが、アメリカ・カナダの水産物の日本・ハワイ向けの輸出がますます活発になっていくことや、種ガキをめぐる生産地としての日本・韓国、輸入地としてのアメリカ・フランスの国際的な複雑な情勢、エビ類・ホタテガイ・サケ類等の国際間の流通の情報をまのあたりに見聞きし、日本の沿岸増殖生産の重要性を身にしみて感じとった。Nationalismとまではいかないが、Sea Grant Collegeで開発された水産物を、日本で食べるようになったらおしまいだとも感じている。水産研究所から本当の増養殖研究がなくなったら、日本はおしまいだとも感じている。
Hisashi Kan-no

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