東北水研ニュース

サンマ沖合資源と漁場来遊資源との関係を究明する調査の開始

福島信一


 去る8月22・23日,大型サンマ漁船の解禁を目前に開かれた昭和44年度第1回サンマ漁況予報会議の結果,今年の漁獲量は昨年程度と予想された。ここ数年不漁つづきであったが,昭和43年は近年希な不漁であったので,関係者の多くは予想がはずれ,秋の味覚の一つとして親まれてきたサンマが,全国各地へ豊富に出回る様になって欲しいと願っている次第である。東北海区のサンマ漁業は,かかる不漁に加え,外国船の進出など国際問題もあり,各方面から資源研究に対する期待や批判が頗る大きくなってきた。
 ところで,戦後のサンマ資源研究は,関係水研・地方水試・水産高校・大学などが協力して推進してきたが,毎年度末に“サンマ研究討論会”を開催,その年のサンマ漁況と海況の総括,調査研究成果の発表など行ない,引続いて次年度および将来の研究方向を協議して来た。東北水研では,一定のまとまりを持つこの研究者の集団を,より緊密な共同研究組織(グループ)に育てる事を心がけていた。昭和39年3月(第13回研究討論会)でこれに関する問題を提起し,41年3月(第15回)には2ケ年討議に基づいて,「サンマの共同研究目標と体制」の一覧表を提示し,同年4月「サンマの研究目標と推進計画」を作成した。
 一方,組識的共同研究の推進には,構成員相互の信頼と無私の献身が欠かせない事は言うまでないが,同時に全員が研究目標と計画について正しく理解できる様,調査・研究の現状について全般的な知識をもつ事が重要である。このため昭和42年6月,「サンマの生活について」シンポジウムを開催, 43年3月(第17回研討会)には「サンマの生活様式」の中間総括表を作成した。これ等の討議を通じて,回遊経路の推定に異なった2説がある事,年令・成長あるいは幼魚の分布実体などに不明の点が多い事などが明らかにされた。そしてこれ等の諸問題は,サンマ資源調査研究推進上の基礎になるものなので,当面の重点目標として首題の調査計画を設定した。
 以上がこの調査を計画するに至った経緯である。幸い関係各方面の御理解と御尽力により,「日本周辺の沖合漁業資源の調査に必要な経費」として,約1,300万円の規模で本年度から予算化され,4月下句から第1年度の調査を開始した。前おきが少し長くなったが,この調査の具体的な構想は,
 第1には従来サンマ主漁場が形成される150°E以西水域の来遊資源と,150°〜160°Eに分布回遊する資源(150°〜155°Eは昭和42年に漁場が形成された)との関係の究明である。この課題は回遊経路を確認する主目標と共に,沖合漁場開発の側面をもつものである。
 第2に,秋〜春に重心をもつサンマの産卵・発生の実体を明らかにし,その数量変動や環境諸条件の影響などを具体的に究明し,その後の回遊過程に於ける生育・集合分散の状況や環境変動の影響などを一連の動きとして把撞しようとするものである。

 これ等の諸問題は資源評価や漁況予想を適切に行なうための基本的コースと考えられるので,従来も小規模ながら断片的に予備調査を実施して来た部面もある。従って海や魚の複雑な長期・短期の講変動を無視して,それ等をつづり合わせれば,一応サンマの生活実体の立体像らしいものが出来上がるけれども,それ等の知識をもって個々の年の資源問題を具体的に解明する事はかなり難かしいのが現状である。この種の研究には何よりも継続した調査資料が必要とされる。
 次に東北海区サンマ資源動向の重点について一言すると,当海区の漁獲サンマは特大・大・中・小の4型群によって構成されるが,これ等のうち中型魚は春生まれ,大型魚は秋生まれで・特大型魚は中型魚に,小型魚は大型魚に近いものと考えられている。一般にこれ等の各系統群の出現状況と年総漁獲とは関係が深く,大・中型両系統群が主体の年に豊漁で,いずれか片方の年は不漁となる。そして各型別の資源状態は,大型系統群は従来から変動が大きかったが,中型系統群(体長モード27〜28cm)は昭和25年以来安定して漁獲主体をなしていた。ところが昭和35年から大きな変化が現われ,中型魚の資源水準が著しく低下し,36年以降その魚体も1〜2cm小さいもの(モード26cm)に変質した。この中型系統群のうちの魚体の大きい部分の激減が数年続きの不漁の最大の問題点なのである。ではその原因は何か。
 第1に漁獲圧力の影響(乱獲)という事が一般に考えられる面であるが,昭和33・34両年は凡そ50万トンの大漁をしており,来遊資源に対する漁獲率も0.5前後と計算されている。しかし海況による魚群の集散,サンマに個有の回遊習性,操業上の諸問題あるいはこれ等の複合など不確定要素が多く,また漁獲が殆ど及ばなかった従来の漁場形成水域の東方沖合の魚群分布量も,近海と余り変らない様に見られるから,今のところ積極的に乱獲を主張し得る様な科学的根拠は少ないと言えよう。
 第2には環境変動の影響であるが,この面では先ず昭和35〜42年に道東,三陸沖に大きい暖水塊が発達し,魚群の主要南下魚道が沖合となった。つまり魚群分布重心が東偏し,沿岸南下量が少なかった年が続いた。この現象がサンマの再生産と漁場来遊に悪影響を与えたものと考えてよいであろう。また産卵発生・稚魚生育の中心と見られる黒潮周辺の海洋状態を検討すると,昭年34年以降,悪条件が反復し,とくに中型系統群の再生産は繰返し打撃を受けたと考えられる。この点については僅か2ケ年の実測ながら,昭和32年(豊漁時代)と40年(不漁時代)の資料の裏付けがある。
 第3に他魚種との関係であるが,この点については第18回サンマ研究討論会(本年3月)でもマイワシ・マサバ・カツオ・スルメイカ等の関係について食餌の競合,食害などの諸側面から検討した。しかしこの種の研究には当然の事ながら各魚種の単純な総漁獲量の併列に止まる事なく,夫々の魚の生活と環境との関係を発育段階ごとに究明する事が出発点となる。一般に各魚種の向遊環境には微妙な差があり,その分布重心が重なる様な事は殆どない様である。最も他魚種や環境の影響を受け易いのは稚幼魚時代であろうが,冬の銭州周辺のサバがこの方面に多いサンマ稚魚を飽食・激減させた事例は考えにくい様である。またサバとの競合が少ない800浬沖合のサンマの分布量も豊漁時代とは比較にならない程に少ないのである。従ってむしろ再生産環境の悪化の影響が重視されよう。

 いずれしても,上記3要因を具体的に考察するには研究歴の長い割に資料に乏しいのが現状で,来遊資源漸減の兆が見られ始めた手塚多喜雄所長時代に企画したかねてからの懸案であった基本的調査を,皮肉にも資源状態が最悪になった本年から開始した訳である。終りにその実施状況を略述すると,
 4月下句〜5月中句,蒼鷹丸で野島崎〜金華山沖700浬余を調査。黒潮周辺の海洋状態を明らかにし,大量のサンマ稚魚を採集し,マサバ稚魚の沖合分布状態も明らかにした。
 6月下旬〜7月中旬,照洋丸で三陸〜エトロフ島沖1,000浬余を調査。この方面の海洋状態を明らかにし,サンマ中・小型魚や幼魚の濃群・大群を発見・採捕し,大型魚が少ない事を明らかにした。この航海でほ沖合でマイワシが採捕された事が特筆される。
 7月中句〜8月上旬,探海丸で北海道〜中部千島沖500浬余を調査。魚群分布が全般的に極めて淡い事,大型魚が少ない事を明らかにした。
 9月中・下旬,蒼鷹丸で三陸〜北海道東方約1,000浬を調査。沿岸・沖合とも濃群や大群は発見できなかったが,各所で標本を採捕した。

 今後は,北光丸による秋の産卵を中心とする調査を11月に,冬の産卵調査を来年1月に実施する予定である。              
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