2 北太平洋中層水の形成と中層循環機構の解明
(1) 北太平洋中層水の形成におけるオホーツク海の役割に関する研究
根田昌典(京都大学大学院理学研究科)
中村知裕(京都大学大学院理学研究科)
淡路敏之(京都大学大学院理学研究科)
本研究は、衛星データ解析と潮汐起源の鉛直混合・輸送効果及び風成・熱塩循環による移流・混合効果を含んだ超高分解能シミュレーションモデルによる解析によって、千島列島周辺のホーツク海から西部亜寒帯域における北太平洋中層水の起源水の形成・輸送過程を評価することを目標とした。そのために、衛星データによる混合層解析と潮汐潮流・風成・熱塩結合モデルを用いた超高分解能シミュレーションによって、千島列島周辺のホーツク海から西部亜寒帯域における北太平洋中層水の起源水の形成・輸送過程を評価する。その際、静力学要素だけでなく、可能な限り非静力学モデルを広域に拡張して解析する。
オホーツク海中層から北太平洋へ流出する低渦位水は、北太平洋中層水の重要なソースと見なされている[e.g., Yasuda 1997]。一方、観測によると低渦位水の`出口'であるクリル海峡では強い鉛直混合が生じている[川崎と河野1994]。従って、鉛直混合機構とその影響の解明はオホ−ツク海外北太平洋中層のリンクを調べる上で一つの鍵である。この鉛直混合を引き起こす主な機構については、卓越流であるK1潮流がシル上で励起する非定常風下波とその砕波であり、その大きさは海峡内のシル付近で最大1000cm2/sに達しうることが、鉛直2次元非静水圧モデルを用いた数値実験から明らかになっている[Nakamura et al.2000]。また、クリル海峡でのK1潮流による3次元的な内部波の発生・伝播過程とその海水混合への影響については、エネルギー解析の結果,シルに沿って時計回りに伝播するK1内部潮汐波および地形にとらわれず直線的に伝播する非定常風下波によって,内部波の駆動力の強いウルップ海峡から駆動力の弱いブソル海峡へエネルギーが輸送され,深いため潮流の弱いブソル海峡においても強い混合が引き起こされるという知見を得ている。
そこで、クリル海峡における3次元的な海水の変質・輸送過程に関する理解を進めるために、特に潮汐混合による潮汐フロント形成とそれに伴う傾圧不安定渦の生成及び役割に注目し、非静力学数値モデルを用いて調べた。モデル地形は,オホーツク海水の主な流出経路と見なされているブソル海峡および、それに隣接する島を時計回りに巡る地形性捕捉波や順圧潮流による平均流が含まれるよう設定した。水温と塩分の基本場は`上流側'であるクリル海盆での夏季の気候値とした(季節変化はほぼ100m以浅に留まる)。夏季には表層に高温・低塩の水が分布しており,これは中層の鉛直混合を妨げる方向に働くと推測される。駆動力は順圧K1潮流で、順圧潮汐モデルを用いて予め計算したものを与えた。格子間隔は水平約700m、鉛直30mで、拡散係数は水平105、鉛直0.2cm2/sとした。海面では固定海面近似、海底と陸岸では粘着条件を使用した。モデル領域の周囲では初期値にレストアする緩衝領域を設けて波の反射を防いでいる。計算は等密度面が水平で傾圧流速が0の状態から行った。
20週期間計算した結果、海峡付近では強い鉛直混合によって低渦位水が生成された(図1)。これは北太平洋中層水の中心付近の密度面(26.8sigma_theta)においても顕著である(図2)。これに対して海峡部から離れた深い海域では鉛直混合が弱いため、島を中心とした潮汐フロントが形成された。これに伴う地衡流は鉛直シアーを持つので、傾圧不安定を引き起こす。こうして発達した、低渦位・高密度の水を中心に持つ高気圧性渦の形成と放出が海面付近において顕著に見られる(図3)。すなわち、傾圧不安定起源の渦によってシル上で形成された低渦位水は沖へ(北太平洋・クリル海盆両側へ)と輸送されている。ごく最近の観測からも、北海道大学のグループによってクリル海峡付近の鉛直混合水を中心に持つ渦がクリル海盆に存在することが示されている[伊東 他 2001]。
さらに、潮汐フロントは、内部波の砕波によって有効位置エネルギーの供給を受け続けるので、その解放によって傾圧不安定渦を形成・放出し続けることが予測される。オホーツク海内では渦が多数存在していることが海面水温の分布等から知られている[e.g., Mitnik and Kalmykov 1992]。こういった渦は北太平洋中層水の起源であるオホーツク海中層水[Yasuda 1997]の形成に必要な海水の混合に重要な役割を果たす(北太平洋水・オホーツク海奥で形成された低温の中層水・宗谷暖流水の水平混合水混合[Watanabe and Wakatsuchi 1998])。海峡部における順圧潮汐エネルギーの渦エネルギーへの変換は、その混合のエネルギー源として一役かっている可能性が高い。今後は3次元非静水圧潮汐混合モデルの領域を境界の影響を受けないように拡張し、潮汐による混合による輸送量とエネルギーを解析して、このメカニズムの定量的な評価を行う。また、以上の結果をハイブリッド京大OGCMに組み込み、最終目標である「千島列島周辺のホーツク海から西部亜寒帯域における北太平洋中層水の起源水の形成・輸送過程の評価」に有益なモデル結果を提出できるよう今後実験を行う。