東北区水産研究所漁業調査船「若鷹丸」調査を終えホノルルから帰港


調査内容の説明

1.本調査の背景と目的
 サンマやイワシは本州南岸や黒潮域で産卵をするが、その仔稚魚は黒潮によって流され、房総半島付近で日本沿岸から離岸する黒潮続流によって、遠く東方に運ばれ、北太平洋の中央部まで至るものもある。サンマやイワシの仔稚魚は黒潮続流域から餌の豊富な北の親潮域に回遊し、成長した後、産卵のために日本沿岸を南下し、再び漁獲対象となる。サンマやイワシ等は数十年の時間スケールでその資源が変動しているが、最近の研究でその資源変動の原因が仔稚魚期の生き残りの善し悪しにあると考えられるようになってきた。しかし、仔稚魚は定量的に採集することが難しいことや、対象海域が沖合にあることから、仔稚魚期の栄養状況や海域の差による成長の違いなどは未解明のままにされてきた。
 東北区水産研究所では、農林水産技術会議大型別枠研究「農林水産系生態秩序の解明と最適制御に関する総合研究(バイオコスモス計画)」の一環としてイワシの仔稚魚の生き残りについて研究している他、農林水産技術会議一般別枠研究「太平洋沖合域における環境変動が漁業資源に及ぼす影響の解明(VENFISHプロジェクト)」の中でサンマの仔稚魚の研究とサンマと餌を競合するマイクロネクトンの研究を、そして科学技術振興調整費総合研究「北太平洋亜寒帯循環と気候変動に関する国際共同研究」の一環として北太平洋中層水の研究を進めている。
 今回の調査では、(1)サンマ・イワシ等の仔稚魚の分布の定量的な把握,(2)サンマなどと餌を競合するマイクロネクトン(ハダカイワシ・ホタルイカなどの中層魚)の分布および生態系の中での栄養段階の解明,(3)仔魚の輸送過程を解明するためのフロント付近での流れの構造の把握,(4)気候変動に影響を及ぼす北太平洋中層水(水深200〜800m付近に分布する塩分の低い海水)の流動把握を目的とし、約2ヶ月という長期航海で大洋規模の観測を行った。
2.本調査の特色
 本調査の特色としては、(1)OMTネット(新型中層仔稚魚トロールネット)を国内で初めて広域の調査に用い仔稚魚の定量的な把握が可能になったこと,(2)LADCP(吊下式音響ドップラー流速計)を国内で初めて実用化したこと,(3)世界最大級のモクネスネット(多段開閉式ネット)を用いて大洋規模のマイクロネクトンの観測を行ったことにある。
 従来の仔稚魚用の中層トロールネットは、網口がロープ類でできているためにその面積が状況によって変わってしまうため定量的な調査ができないという欠点をもっていた。また、金属製の網口を用いても、その網口の曳網方向に対する角度が安定しないために定量的な調査が不可能であったり、網口の角度を安定させるために曳網速度を下げることによって魚が網から逃げてしまうという問題点があった。今回用いたOMTネットは、特殊な水中翼を用いることによって高速で曳網しても網口の角度を安定させることが可能であり、仔稚魚の定量サンプルを実現できた。
 ADCP(音響ドップラー流速計)は音波のドップラーシフトによって海中の流速を測る機器であるが、従来は船底などに固定して用いており、海中では音波が減衰するため、船底からでは100〜500m程度の深さまでしか流速を測ることができないという欠点をもっていた。より深いところ流速を測るには、係留系と呼ばれる水中ブイとロープで海中に流速計等を固定する方法が用いられてきたが、この方法は設置作業が大がかりあることと費用の面から、設置数が限られるため、点的な流速しか測ることができなかった。今回用いたLADCPはワイヤーで吊り下げた状態で水中に入れるため、より深いところまでの測流が可能となるばかりでなく、船とともに移動できるために、面的な観測が可能である。今回の調査では、最大で6000mまでの流速を観測しており、中層水そして深層水の流速を広範囲に観測することができた。LADPの実用化は国内で初めてのことであり、気候変動に及ぼす中層水の影響を解明する上で今回の調査結果が大きく役立つ。
 モクネスネットは数枚のネットを水深帯によって開いたり閉じたりすることによって、いろいろな水深帯で同時に魚を採集することができるネットである。また、このネットもOMT同様定量的な調査が可能であり、今回の調査によってマイクロネクトンの鉛直分布や移動様式を定量的に把握することが可能である。特に今回用いたモクネスネットは、日本で唯一の曳網時の網口が4平方mのもので、このようなネットを用いて北西太平洋規模で調査した例も初めてであり、今後の解析に期待がもたれる。

用語の説明

仔魚・稚魚
 ふ化して間もないもので、脊椎骨や鰭の数が定数(親と同じ数)に達していないものを仔魚と呼ぶ。卵黄を保持している段階と餌を取り始めた段階のものがある。体長は約10mm以下。脊椎骨や鰭の数が定数(親と同じ数)に達し、体型が親魚とほぼ同じになった以降は、明確な定義はないが、成長にあわせ稚魚、未成魚、成魚と呼んでいる。
ドップラー効果
 水中や空中を音波が伝わるときに、発信源が近づいてくると音波の波長が詰まるために周波数が高くなり、逆に発信源が遠ざかるときに周波数が低くなる現象。音響ドップラー流速計では、音波を発信し、海水から反射してくる音波の周波数を測定することによって、反射体である海水の流速を求める。
参考資料
若鷹丸写真
OMT写真
LADP写真

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