【研究情報】

アマモ場を守り育てる

―「生物多様性に配慮したアマモ場造成技術開発調査事業」の紹介―


斉藤憲治

 春から夏にかけて,あるいは台風などによる時化の後,浜辺に海藻ではない,まるでススキやイネの葉のような鮮やかな緑色の植物の葉が打ち上げられていることがあります。これはアマモの仲間の葉がちぎれて漂ってきたものです。アマモ類は,花の咲く植物が海洋環境に適応したグループです。アマモ類はわが国の内湾域に広く分布し,ときには広大なアマモ場を作ることがありますが,近年の埋め立て,環境の変化等によって急速に減少していると言われています。アマモ類,またはアマモ場は直接的な水産上の経済価値をほとんど持っていませんが,いろいろな水産生物の生育場になったり,それ自体が環境の多様性や生産性を支えていたりします。だから,アマモ場の減少はさまざまな環境面での,または水産上の悪影響を及ぼすと予想されます。
 そこで,アマモ場の減少に危機感を持った行政,NPO法人,市民団体などが主体となって,アマモ場等の藻場の再生への取り組みが各地で始まりつつあります。また,平成14年12月成立の「自然再生推進法」にもとづき,自然再生に関する施策を総合的に進めるための「自然再生基本方針」が平成15年4月に閣議決定されました。今後,自然再生を目的としたアマモ場造成の動きはさらに加速すると考えられます。
 しかしながら,最近の研究成果によると日本沿岸域のアマモについては,遺伝的に同一でないことがわかってきています。別の遺伝的特性を持つアマモの播種や移植が行われれば,アマモの遺伝的多様性と地域特性が失われることが心配です。加えて,ある海域のアマモの種子を植えつけた基盤を全国販売しようという動きがあるようなのですが,これらの行為について生物多様性保全の観点から指導する生物学的な根拠をはっきりとは持っていない状況にあります。
 そこで水産庁は,平成16〜18年度の3年間で,日本沿岸に広く分布するアマモ類を集めて分析し,遺伝子レベルの類似・相違度を調べ,アマモの遺伝的な多様性と地域固有性を確保するための基準を設けるための基礎的な調査をし,あわせて効果的にアマモ場を造成する方法などを調査検討する事業を立ち上げました。「生物多様性に配慮したアマモ場造成技術開発調査事業」と呼ばれるこの事業には,アマモ類の遺伝的多様性の解析調査とアマモ類の自然再生ガイドライン策定調査の2本の柱があり,水研センターはそのうちのアマモ類の遺伝的多様性の解析調査を担当します。東北水研の資源培養研究室はこの調査の主要部分と全体のとりまとめを担当しています。
 本調査は以下の4調査課題(7小課題)からなっています。
1.主要海草類の分布調査
 1-(1) 文献調査を主体とする主要海草類分布状況の把握
 1-(2) アマモ類主要種の分布実態調査
2.アマモ類の集団解析
 2-(1) アマモ類の遺伝学的研究の現状把握
 2-(2) 遺伝子解析手法を用いた系群判別
 2-(3) アマモ場造成地における遺伝的多様性調査
3.アマモ場の生態的特徴と機能に関する調査
 3-(1) アマモ場の生態特性の把握
4.アマモ場造成手法の効率化
 4-(1) 適地選定手法の高度化
 「アマモ類主要種の分布実態調査」では,本年度は5水研16県機関(水試など)が参画し,全国的な調査体制が組まれました。このほかの課題にも,大学や公的な,または民間の調査研究機関の4機関が参画し,全体としては,25機関からなる大所帯です。来年度からはさらに,9県機関の参画が予定されています。東北水研でも,この事業への対応のため,特別研究員の加藤由実子さんをアマモ類の遺伝子解析の専門家として総合研究大学院大学から招き,新しい指標遺伝子の探索などの仕事をお願いしています。
 これらの機関を束ねて全体としての目標に向かって事業を推進し,なおかつ参画機関の所属する県にとってもメリットがあるような方向付けをするというのは,当初の予想よりはるかに大変な作業を伴います。幸いなことに,これまでのところは参画機関の協力のおかげで順調に調査が行われ,10月に開かれた平成16年度中間検討会でも,評価委員の先生方から高い評価をいただくことができました。
 本調査をもとに,地方公共団体,NPO,市民団体,漁業団体,あるいは一般の人々によるボランティアでのアマモ場の環境保全・復元事業が促進されることを期待しています。
宮城県松島湾奥部のアマモ場
生物多様性に配慮したアマモ場造成技術開発調査事業 調査実施フロー
(海区水産業研究部資源培養研究室)