【研究情報】

東北区水産研究所における特別研究員の研究紹介


 現在,当所には,東北水研ニュースNo.66で紹介した5名に加えて,さらに3名の方が東北区水産研究所特別研究員として雇用されましたので,この3名の方々のこれまでの研究の概要と今後の仕事についてご紹介します。

沿岸開発が瀬戸内海の海洋環境に及ぼす影響に関する研究

舘澤みゆき

 平成16年3月に広島大大学院を修了し,同年4月より混合域海洋環境部海洋動態研究室の支援研究員としてお世話になっています。当研究室では魚類成長モデル開発のための基礎海洋データのデータベース作成と長期変動解析を担当していますが,ここでは,3月までに行ってきた研究の一部を紹介させて頂きます。

はじめに
 我が国最大の内湾である瀬戸内海では,一日二回の干満差を伴う半日周潮が非常に卓越している。海域の中央部における干満差は3m近くにも達し,潮汐は成層強度や海水交換等の物理環境の基盤となっている。このような潮汐現象は,内湾の大きさに依存した海域の固有振動周期と外洋から入射してくる潮汐波との関係によりほぼ決まっている。
 しかし,高度経済成長期以降,瀬戸内海の地形は,沿岸開発に伴う埋め立て,架橋工事,浚渫,護岸工事などによって大きく変化してきた。例えば,1965年から2001年までの埋め立て面積は,瀬戸内海の海域面積の約1.3%,すなわち淡路島の約半分に相当する。大規模な地形変化は,海域の固有振動周期を変化させ,潮汐にも影響している可能性がある。潮汐が変化すれば,海面変動が変化するだけでなく,それに伴う流れを変え,長期的には外洋水との海水交換などを通じて海洋環境全体に影響する可能性がある。しかし,潮汐はすでにかなり正確に予測できること等から,その変化に関する研究は少なく,瀬戸内海とその周辺域における潮汐の経年変化は未だ明らかにされていない。
 そこで,本研究では,沿岸開発に伴う地形変化が潮汐を通じて瀬戸内海の海洋環境に及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。

瀬戸内海およびその周辺域の潮汐の経年変化
 瀬戸内海およびその周辺域について1960年以降約40年間の潮位データを用いて最小自乗法により調和解析を行い毎年の調和定数を算出した。ここでは,特に振幅が大きい主要四分潮(M2,S2,K1,O1)に着目してその経年変化を調べた。その結果,半日周潮(M2,S2)に,以下の4つの海域,すなわち紀伊水道,大阪湾,備讃瀬戸と燧灘,安芸灘から豊後水道に分かれて明瞭な傾向がみられた。変化が大きくみられた大阪湾と備讃瀬戸におけるM2分潮の振幅の経年変化を図1に示す。大阪湾では1980年代後半までに約2cm減少し,それ以降やや増加している。一方,備讃瀬戸と燧灘では約4cm増加して,1980年代後半以降減少傾向にあった。

沿岸開発が瀬戸内海の潮汐に及ぼす影響
 瀬戸内海の潮汐にみられた長期変化の主な原因について,入射潮汐波の変化,平均水位の変化,そして内海自身の地形変化について考察したところ,前者2つには対応する明瞭な長期変化が認められなかった。一方,地形は近年大規模に変化してきていたため,地形変化が潮汐に及ぼす影響を,瀬戸内海を紀伊水道から豊後水道までを一次元の水路と考えた一次元理論と20km格子の潮汐数値モデルを用いて考察した。
 その結果,1960年から1980年代後半までは,大阪湾と備讃瀬戸の埋め立てが海域の固有周期を短くする方向に働いて潮汐の共振を強める方向に働いたこと,また,1980年代後半から1990年代半ばまでは,芸予諸島水域の架橋工事に伴う断面積の減少が,内海中央部の増幅を抑える方向に働いたことが明らかとなった。

潮汐変化が瀬戸内海水と外洋水の海水交換に及ぼす影響
 瀬戸内海では1970年以降の約30年間で,冬季水温の高温化,夏季水温の低温化,塩分の上昇という傾向が各地で指摘されている。これらの原因として,気象条件の変化,外海の海況変動の影響等が考えられる。しかし,瀬戸内海入口の豊後・紀伊の両水道では水温・塩分に上記の変化に対応するような傾向が認められず,未だにこれらの長期変化の原因は明らかにされていない。
 一方,潮汐は近年変化してきており,潮汐変化が内海水と外海水の海水交換に強く影響している可能性がある。そこで,一次元拡散モデルに潮汐の変化を拡散係数の変化として取り入れてその影響を調べた。その結果,近年みられる潮汐変化は内海水と外海水の海水交換を高める方向に作用し,近年瀬戸内海で報告されている水温・塩分の変動傾向と同様の変化が示され,潮汐変化が海水交換にも影響している可能性が推論された。
 潮汐の変化は最も振幅の大きなM2分潮でみてもたかだか数センチの変化である。しかし,過去数十年間の人間活動の行為は,瀬戸内海のスケールを一般に場所に固有と考えられている潮汐に明瞭な変化を及ぼすまでに変形させてきていた。このことから,潮汐の卓越した内湾域で地形変化を伴う沿岸開発を行う際には,内湾全体,すなわち固有振動周期を決定している海域全体の海洋環境に及ぼす影響を考慮する必要があることがわかる。
 この研究では内湾のみを扱っているが,より長い期間で沿岸域の海洋環境の変化をみるにはより広いスケールで海洋の変化を見ていく必要がある。当研究室では,亜寒帯の親潮域というより広いフィールドを対象に研究が行われており,私もより広い目で海洋の変動をみたいと思っている。どうぞ宜しくお願い致します。

(混合域海洋環境部海洋動態研究室)

底魚類の資源生物学的研究

―東北太平洋沿岸産ヒラメの成長特性―

米田道夫
 私は2004年4月より海区水産業研究部沿岸資源研究室にて,東北太平洋沿岸産ヒラメにおける成長特性の解明を中心として研究に従事しています。ヒラメは我が国を代表とする高級魚の一種であり,太平洋北部沿岸域では毎年1500トン以上漁獲されている重要な漁業資源です。本海域では,ヒラメ資源の保護と持続的利用のため,年間500万尾以上の人工種苗放流と90年代から導入された漁獲規制(全長30cm未満漁獲物の再放流)が行われています。しかし,これらの活動にもかかわらず,近年の漁獲量は90年代後半に比べ約3分の2までに減少しているため,生物学的情報に基づいた資源状態の評価と資源変動機構の解明を行い,具体的な資源管理方策の策定と実施が急務となっています。成長は個体の繁殖投資や生残率などと密接に関わる重要な生物特性であるため,その理解を深めることは種の生活史戦略や個体群変動機構の解明のみならず,適正な資源管理の実施にもつながります。しかし,魚類の成長は,水温や餌条件などの物理,生物環境による影響を強く受けるとともに,個体特有の餌料効率や代謝など,成長に関連する諸特性も雌雄や地域間において異なることが知られています。このため私どもの研究室では,飼育実験により環境や個体群(遺伝)の影響を考慮した成長モデルの確立を目指すとともに,野外採集標本や海洋環境情報などから当該海域における天然個体群の成長変動要因を明らかにすることにより,ヒラメにおける資源管理の向上や放流技術の高度化に寄与したいと考えています。

これまでの研究
 私は九州大学大学院で博士号を取得した後,同大学院研究生,日本学術振興会特別研究員(同大学院),同会海外特別研究員(FRS Marine Laboratory, UK)を経ながら,東シナ海・黄海および北海周辺海域に分布する主要底魚類の資源生物学的研究を行ってきました。東シナ海・黄海と北海は,地理的に異なるとはいえ,広大な大陸棚を有する国際漁場であること,長年にわたる高い漁獲圧力により底魚資源が枯渇,低迷していることなど,いくつかの共通点があります。しかし,両海域には国際的資源管理の実施という点において明確な違いがあり,北海周辺海域における国際共同調査に基づいた資源状態の把握,主要魚種の生物データの整備とその共有,各国研究者で構成される様々な研究プロジェクトやワーキンググループなどを照らし合わせてみると,我が国周辺海域にはまだ多くの課題が残されていることを痛感します。このように,自分自身の研究課題の遂行のみならず,国際的視点で水産資源学に接することができた経験は,私にとってのかけがえのない財産であり,それを糧として今後さらに研究を発展させていきたいと思います。
 私が東シナ海・黄海および北海周辺海域で行った研究を簡単に紹介します。
 東シナ海・黄海では,キアンコウ,マトウダイ,クロエソ,キダイ等を対象として,年齢・成長,成熟・産卵,分布・移動などの生物特性の解明に取り組みました。研究を遂行する上で最初に直面した問題は,当該研究で一般に用いられている手法,すなわち魚市場の水揚物のみによるデータ解析では,各魚種における生物特性の詳細を把握できないと感じたことです。このため,西海区水産研究所や以西底曳網漁業会社の協力を得て,トロール調査の参加や商業船の便乗などを利用することにより,各魚種の分布範囲のほぼ全域から,季節や時間帯(昼夜)の異なる標本を採集することができました。その結果,キアンコウは秋〜冬に越夏場である黄海から産卵場のある東シナ海へ移動すること,マトウダイの成長や性成熟には水温勾配にともなう地理的変異が認められることなどを明らかにするとともに,エソ類の成長特性やキダイの成熟・産卵特性を再検証し,それら魚種の既往知見には再考の余地があることなどを報告してきました。
 一方,北海周辺海域では,資源量が著しく低迷している大西洋マダラについて,漁業活動や環境が成長・繁殖特性に与える影響を野外採集や飼育実験により調べました。その結果,北海北西海域の近年のマダラは,資源量が高水準であった約30年前に比べ,個体の栄養状態が悪くなっているのにも拘わらず,小型・若齢で成熟し,多産であることが明らかとなり,長年にわたる高い漁業圧力がそれら生物特性の変異を招いた一因であることを示しました。また,北海北方海域におけるマダラの生殖特性には明確な地理的変異が認められることに加え,水温や餌条件が初回産卵魚の成長,成熟・産卵開始時期,孕卵数,精子運動などに及ぼす影響を明らかにし,若齢化した産卵親魚群の再生産力と環境との関係について考察を加えてきました。

最後に
 以上紹介しましたように,私はこれまで様々な環境,対象魚種,背景などの中で研究を進めてきましたが,いずれの場合においても平坦な道のりではなく,多くの方々の適切な指導,温かい協力や激励などに助けられ,ここまでたどり着くことができたと思っています。東北太平洋沿岸産ヒラメにおける成長特性の解明は,私にとって初めての研究課題ですが,これまでの経験や知識を生かす絶好の機会であり,新たな解析技術や知識の習得,所内外の方々との情報交換などを通じて,水産資源学研究に対してのさらなる理解へつなげたいと思っています。



主要学術論文
Yoneda & Wright(2005) Effect of varying temperature and food availability on growth and reproduction in first-time spawning female Atlantic cod. J. Fish Biol.,(in press).
Yoneda & Wright(2005) Effect of temperature and food availability on reproductive investment of first-time spawning male Atlantic cod Gadus morhua. ICES J. Mar. Sci.,(in press).
Yoneda & Wright (2004) Temporal and spatial variation in reproductive investment of Atlantic cod Gadus morhua in the northern North Sea and Scottish west coast. Mar. Ecol. Prog. Ser., 276: 237-248.
Yoneda et al. (2002) Spawning migration of the anglerfish Lophius litulon in the East China and Yellow seas. Fisheries Sci., 68(Supl. 1): 303-306.
Yoneda et al. (2002) Age and growth of John Dory, Zeus faber (Linnaeus, 1758), in the East China Sea. ICES J. Mar. Sci., 59: 749-756.
Yoneda et al. (2002) Reproductive cycle, spawning frequency and batch fecundity of the whitefin jack Kaiwarinus equula in the East China Sea. Fish. Res., 57: 297-309.
Yoneda et al. (2002) Age and growth of the lizardfish Saurida sp. 1 in the East China Sea using otolith ring marks. Fish. Res., 55: 231-238.
Yoneda et al. (2001) Reproductive cycle, fecundity, and seasonal distribution of the anglerfish Lophius litulon in the East China and Yellow seas. Fish. Bull., 99: 356-370.
Yoneda et al. (2000) Sexual maturation, annual reproductive cycle and spawning periodicity of the shore scorpionfish Scorpaenodes littoralis. Environ. Biol. Fish., 58: 307-319.
Yoneda et al. (1998) Reproductive cycle and sexual maturity of the anglerfish Lophiomus setigerus in the East China Sea with a note on specialized spermatogenesis. J. Fish Biol., 53: 164-178.
Yoneda et al. (1998) Ovarian structure and batch fecundity in Lophiomus setigerus. J. Fish Biol. 52: 94-106.
Yoneda et al. (1998) Age and growth of the anglerfish Lophiomus setigerus in the East China Sea. Fisheries Sci., 64: 379-384.
Yoneda et al. (1997) Age and growth of anglerfish Lophius litulon in the East China Sea and the Yellow Sea. Fisheries Sci., 63, 887-892.
Yoneda et al. Spatial variations in growth and sexual maturity of John Dory Zeus faber in the East China Sea in relation to temperature gradients (in submitted).
(海区水産業研究部沿岸資源研究室)

日本沿岸における海草アマモの遺伝学的解析

加藤由実子
はじめに
 私は平成16年7月1日から東北水研にて,水産庁委託事業「生物多様性に配慮したアマモ場造成技術開発調査事業,アマモ類の遺伝的多様性解析調査」に従事しております。事業の概要につきましては,本誌の中に斉藤資源培養研究室長による紹介がありますので,ぜひそちらをご参考いただきますようお願いいたします。ここでは,私が博士論文で行ったアマモ研究を紹介しながら,アマモの面白さと重要性についてお伝えできればと思います。

海草の特徴
 先ほどから登場しているアマモは,汽水域や沿岸域に生息しています。単子葉植物である海草の一種です。海藻サラダが通称として海草サラダとよばれることがありますが,生物学的に海草と海藻は異なります。海草の進化的な位置づけは,動物界でいうと海に帰ったクジラやジュゴンと似ていて,陸上植物が陸上生活から海中生活に適応進化したと考えられている植物です。
 現代の日常生活では,船のモーターにアマモが絡むこともありますので,厄介もののイメージが強いかもしれません。しかし,一昔前は,実用品として利用されていたようです。江戸時代から明治にかけ,肥料として売買されていた記録があります。大船渡市立博物館には海草で作られた漁師のスカートが展示されています。また,最近の研究から,海草藻場は地球環境の中でも重要な役割を果たしていることが分かってきました。二酸化炭素の吸収源として大きな割合を占めることが示されています。また,有機物を吸収するため,海洋環境の有機物循環に役立っています。海中の葉上部,地下の根や根茎部は,ともに多様な生物の生息場です。一生を暮らすものもいれば,産卵場や幼魚の生息場として一時的に利用する生物もいます。

日本沿岸における海草の生息分布
 私たちに身近な日本沿岸域は,海草について際立った特徴があります。それは,世界的にみても海草の種多様性が高いホットスポット地域であるとみなされている事です。例えば東北地方ですと,砂泥地にはアマモに加えてコアマモ,スゲアマモ,タチアマモ,オオアマモ,およびウミヒルモの生息がみられます。岩礁には,北日本に生息するスガモがみられます。このうち,アマモは北半球汎存種で太平洋,大西洋,地中海や黒海にまで生息分布域が広がっています。一方,スゲアマモ,タチアマモ,およびスガモは日本沿岸域,朝鮮半島付近にのみ生息する東アジア温帯種の固有種です。また,コアマモ,オオアマモも元来固有種でしたが,人為的な移動のため,最近になって西アメリカ沿岸でも生息がみられるようになったと考えられています。つまり,汎存種と固有種が日本沿岸域には生息しているのです。なぜ,このように種多様性が高いのでしょうか?

日本沿岸のアマモの遺伝的特徴
 この不思議な日本沿岸域の海草の生息分布の由来をたどるため,私はDNA塩基配列を指標に,海草の遺伝的多様性について研究を行いました。ここでは,現在取り組んでいる委託事業に関連して,アマモの研究結果について報告します。固有種タチアマモと比較しながら,汎存種アマモについて調べました。
 具体的な結果を示す前に,まず研究方法のあらましについて紹介します。収集したサンプルからDNAを抽出し,DNA塩基配列を決定しました。塩基配列の比較から,異なる遺伝子のタイプ(ハプロタイプ)を検定し,各ハプロタイプの系統関係を表わす系統樹を推定しました。次に,地域内と地域間の遺伝的多様性を比較し,種全体の多様性がどのような仕組みで維持されているのか(たとえば,各地域が個性を持っているのか,広い領域で地域の区別なく多様性が維持されているのか等),どの程度の年月をかけてこの多様性が形成されてきたのかを推定しました。多様性の生成に費やされた時間や遺伝子の系統関係を明らかにすることは,日本沿岸域に生息する海草の歴史を紐とくと考えられます。
 私たちのグループでは,太平洋側,日本海側沿岸および韓国沿岸の15地域から,アマモとタチアマモを採集しました。汎存種のアマモについては,日本沿岸域の多様性と比較するため,北アメリカ大陸西海岸(アメリカのシアトルとメキシコのエンセナダ)からのサンプルも解析に加えました。解析に用いたサンプル数は,アマモ29個体58染色体,タチアマモ10個体20染色体です。phyA遺伝子領域約1500塩基の配列決定を行ったところ,アマモでは16ハプロタイプ,タチアマモでは6ハプロタイプが検出されました。合計22のハプロタイプの塩基配列に基づき,最大節約法と呼ばれる方法を用いて系統樹を推定しました(図1の左図)。表記を簡便にするため,ハプロタイプを番号で表わしています。22ハプロタイプの塩基配列を比較すると,アマモとタチアマモ両種にて,共通に塩基が変化している箇所は一つもありませんでした。それぞれの種内における配列の多様性は,種が分岐してから生じたものと考えられます。アマモの16のハプロタイプは,系統樹の上で2つの大きなグループが存在しましたので,Aグループ,Bグループと名づけました。
 図1の右の地図には,それぞれの地域から検出したハプロタイプを図示しています。数字が2段で示されている地域は,アマモとタチアマモの両方が採集された地域で,上段にアマモ,下段にタチアマモのハプロタイプを示しました。タチアマモは,アマモと比べて,各ハプロタイプが地域特異的となる傾向が強いと考えられます。一方,アマモでは,Aグループに属するハプロタイプ(Aタイプ)は日本沿岸の太平洋側に,Bグループに属するハプロタイプ(Bタイプ)は比較的高い頻度で日本海側に偏って検出されます。ところが,太平洋側の北アメリカ大陸西海岸では,日本沿岸で太平洋側に優先的に見つかったAタイプではなく,日本海側優先であるBタイプの頻度が高くなっています。しかも,北アメリカ大陸西海岸の5つのBタイプ(ハプロタイプ10から14)は日本沿岸で観察されたいずれのBタイプとも異なる地域特異的なハプロタイプです。系統樹の上でもこの5つのハプロタイプは一つのグループを保っていることから,北アメリカ大陸西海岸に存在した共通祖先から由来したことが示唆されます。
 また,葉緑体遺伝子のデータから得たアマモとタチアマモの分岐年代の推定値を利用したところ,アマモのAタイプとBタイプの分岐時間は140万年前と推定されました。

沿岸域における豊かな環境の創造を目指して
 アマモおよびタチアマモの移動が,地域間で自由ではなく制限があるため,遺伝的な地域特異性ができあがったと考えられます。言い換えれば,種内多様性は,各地域の特異性により支えられていることを示しています。種全体の多様性の維持には,各々の地域の海草藻場の存在が欠かせないことに他なりません。また,アマモの種内多様性が約100万年前から続いているのであれば,もしこの多様性を失ってしまうと,回復するのに100万年という時間が必要だといえるでしょう。
 海草は海の中に生息していることもあって,生息状況がまだ不明な地域もあります。多くの方々に,海草について関心を持っていただくことも,アマモ研究の発展とともに,沿岸環境の保全につながる大きな原動力です。オーストラリアやアメリカでは,市民による海草藻場のモニタリング活動が広がっています。世界的にも種多様性の高い日本沿岸域ですから,地元沿岸の海草を見つめてみるのはいかがでしょうか。

参考文献
加藤由実子,颯田葉子: phyA遺伝子の塩基配列に基づくアマモの集団遺伝学的解析―日本沿岸域の海草の多様性と起源に関する考察. 海洋と生物153, 26(4): 322-329, 2004
(海区水産業研究部資源培養研究室)