韓国産カキ混入問題とその対応について

秋山敏男・關野正志


 生食用カキ輸入は,従来から米国,オーストラリア,ニュージーランドから行われていた。いずれも夏場が中心で殻付きのまま輸入されており,冬が旬の日本産カキとの販売上の競合もなかった。その後,平成10年4月に韓国産生食用カキの輸入が解禁された。輸入の中心は加熱加工用であり,生食用も含めてほとんどがむき身で入っている。しかし,韓国産カキの輸入量は昨年で約1.4万トン,国内のシェアは4割に達しているにも関わらず,店頭で韓国産の表示が見られないとの声があり,かなりの量の韓国産カキが国内産カキとして流通しているのではないかという疑惑が持たれていた。
そこで数年前から国内のカキ業界は,韓国産生食用カキの国内産生カキへの混入の防止,採取海域の表示,生食用カキの消費期限を国内業界で定めた期限(むき身日を含めて4日以内)にするなどの混入・衛生対策を国や県に要望していた。現在,国内外を問わず食品衛生法によりカキの用途によって生食用か加熱用かの表示義務が課されているとともに,日本農林規格(JAS)法では産地表示が義務づけられている。
一方,平成13年11月から平成14年1月には西日本を中心に発生した赤痢患者の赤痢菌と同じ遺伝子型が韓国産カキからも検出された。そのため厚生労働省は韓国産生食用カキの輸入を平成13年12月から禁止している。
 このような背景の中で,平成14年3月に業界紙や地方紙で宮城県産カキへの「韓国産混入の疑い」の記事が掲載されて大きな社会問題となるとともに,生産業界からカキの産地識別法の開発が試験研究機関に強く求められるようになった。

業界の状況と取り組み
 宮城県は平成14年8月20日,県輸入生カキ混入防止対策会議がまとめた流通実態調査の最終結果を公表した。平成13年度は韓国産の生カキ880トンが県内に流入し,367トンが宮城県産として販売されたが,このうち約240トンの販売経路が解明できなかった。偽装の形態は,韓国産をそのまま宮城県産として出荷する「すり替え」が多く,県内産に混ぜる「混入」は少なかったとの報告であった。
 9月末からのシーズン開始にそなえて宮城県漁連は,再発防止・信頼回復策として,@仲買業者による相互監視体制構築,A買受人との売買契約書の見直し,B韓国産とのすり替えや保管を防ぐワンウエイ容器採用,C長期的なトレーサビリティシステムの構築,Dホームページでの情報公開などをあげている。ワンウエイ容器とは蓋をあけると再利用ができなくなる容器で,国産カキに使用した後で韓国産用に使えなくなる。ホームページでは,日々の出荷量と買受人の買い付け量,SRSV,および貝毒などの情報提供を予定している。 
国・水研センターの対応
 水産庁は,7月23日にカキの産地表示に対する消費者の信頼回復を図るため「カキ適正表示推進協議会」を開催した。農林水産省(水産庁加工流通課,総合食料局など)と厚生労働省,カキ生産主要七県(岩手,宮城,三重,兵庫,岡山,広島,山口)が一体となって,早期に流通実態調査を行い,シーズン入り後には生食用カキの表示実態調査を行うことを決めた。
 一方,研究サイドも魚介類の産地識別技術の開発を目指して,農林水産省技術会議事務局地域研究課所管の「先端技術を活用した農林水産研究高度化事業」の中で「近縁魚類等の種判別および漁獲地域判別技術の開発」研究(平成14−16年度)をスタートさせた。カキ類の産地識別は,宮城県水産研究開発センター,石巻専修大学および水産総合研究センター(東北区水産研究所,中央水産研究所,瀬戸内海区水産研究所)が担当し,遺伝子情報を用いた識別法の開発や生育環境に由来する微量成分を指標とした漁獲地域の推定法を開発する。

東北水研の対応
 海区水産業研究部資源培養研究室が「マイクロサテライトDNAの探索」でこの研究に参加している。
 ほとんどの生物の核DNA中に散在する2−6塩基程度の短い配列が繰り返されている領域を総称してマイクロサテライトDNAと呼んでいる。DNAを構成するC(シトシン),G(グアニン),A(アデニン),T(チミン)のうち,例えばCAやCTといった配列ユニットが,5−50回程度繰り返されているものなどがある。図の下線で示した部分がそれである。
 実際のマイクロサテライトDNA解析では,まず繰り返し部分を挟む領域で一対のPCRプライマーを設計し,PCR法によってこの部分を増幅させる。一般的に,繰り返し部分の両側は同一種であれば変異が少ないため,
ある個体で設計されたプライマーセットで他個体の同じマイクロサテライトDNA領域を増幅させることができる。そして個体間で繰り返し数が異なっていれば異なった長さのPCR産物が増幅され,これを遺伝的変異とみなすことができる。このようにして,特異的なプライマーによって増幅される部分をマイクロサテライトDNA座 (Locus),繰り返し数の違いによって分けられる増幅産物をアリル(Allele)と呼び,個体識別や集団識別のためのDNAマーカーとして利用することができる。
 マイクロサテライトDNAは変異性が高いこと(すなわち個体間の繰り返し数の違いが大きい),ゲノム中に数千から数万存在すること,基本的にはメンデルの法則に従って親から子へ伝えられること等から,親子鑑別や系群解析,また遺伝子地図作成等に必須のDNAマーカーとして最近では水産分野でも広く用いられている。
 資源培養研究室では,国内外産のカキ類の遺伝的な違いを集団レベルで調査する。現在までにマガキのゲノムDNA中から120程度のPCRプライマー設計可能なマイクロサテライトDNAを見つけ,集団解析におけるDNAマーカーとしての適性・有効性を検討している。
(海区水産業研究部長・海区水産業研究部資源培養研究室)

Toshio Akiyama