独法1年を振り返って −活力のある組織を目指して−

 

稲田伊史

 
 この4月で水産総合研究センターが独立行政法人に移行して丸1年が経ちました。独立行政法人は業務の実施については国の関与をできるだけ排除し,理事長に最大限の裁量権を賦与して組織の柔軟な運営を可能とし,さらに業務の結果については事後評価を行い,効率的・効果的に研究の成果をあげるという仕組みになっています。しかし,全く未経験の組織で,この1年間はまさに手探り状態で進んできたというところです。そこで,1年の節目に当たり,水研センターが今後もさらに「生き生きとした活力ある組織」であるためにはどのようなことを考えなければならないのか,「自問自答」してみました。
 第1に「自由な競争」という概念について考えてみました。1990年代に入り,いわゆる「グローバル・スタンダード」のひとつとして,「ものごとは市場原理にまかせた方がうまくいく」という考えが21世紀を生き延びるための唯一の切り札でもあるかのように言われてきました。確かに経済や金融については世界規模で,自由経済という枠組みの中でものごとを考えないと,一国だけでなく,世界もうまく動かなくなっています。ところが,この考えは科学技術の世界にも演繹され,私たちが体験している「エイジェンシー」もその流れの延長線上にあるものと言えます。しかし私たちが考えなければならないことは,この流れの中で,いわば「矮小化された形」で,科学技術の世界にも「経済合理性」という概念が持ち込まれ,よく言われる「費用対効果」あるいは「相対比較主義」で組織が評価されるおそれがあるということです。この考えは「競争のない所に活力は生まれない」という意味で一面では正しいのかも知れませんが,これを唯一の行動指針とすると,「評価のために研究している」ことにもなりかねず,根底にある価値観がかすんでしまうなどの大きな問題があるように思われます。科学的研究には多様な分野があり,基礎研究から開発研究,あるいは地道なモニタリングというデータ蓄積があって始めて自然現象を解明できるという分野もあります。また,毎年「どのような成果をだしたのか」という点が評価されますが,科学的研究にとっては結果に至るプロセス,いわゆる科学的方法論も大切な場合がありますし,「失敗は成功の母」という諺もあります。特に「無限地獄の比較主義」といわれる「前年度に比べてどれだけ効率的に研究を行ったのか」とか,「他の組織と比べて論文の数が多いか少ないか」といった基準は,一見客観的なように見えるのですが,「過剰な競争意識を煽る」ことに繋がりかねません。評価の本来の目的は評価対象を傷つけたり,おだてたりするために行われるものではなく,組織や研究者の活力を育て,充実した成果をあげることにあるのですから。農水省の独法評価委員会でもこの点について論議されたようで,今後運用面でよりよい方向への改良の工夫が期待されます。
 第2に「科学する心」について考えてみました。私たちは13年度に5ヶ年の中期計画を立て,段階的にその達成度が評価され,評価の結果を処遇などに反映するということを約束しています。この手法はイギリスのエイジェンシーの手法を真似たもので,問題がないわけではありませんが,現在はあえてこの流れに「棹を挿す」必要はないと思いますし,粛々と所与の命題をこなすべきと思います。しかし,次に私たちは「一体,何のために頑張っているのか」と問いかけられたら,一体何と答えるのでしょうか。確かに私たちはTAC等の行政対応や作り育てる漁業への寄与,地球環境の問題,さらには事務や船舶の効率的運用という命題に対して,いわば目の前にある仕事を一所懸命にこなしていることは事実です。しかし,ここで一歩足を止めて,改めて私たちの中期計画を眺めてみると,課題という宿題がずらりと並んでおり,非常に圧迫感を受けるように感じます。もちろん第1期中期計画は法律に則って策定されたもので,所与の課題を達成することが私たちの当面の大きなターゲットであることは確かなのですが,「科学する夢と面白さ」があまり見えてこないと思うのは私だけでしょうか。「海の中は未知の宝庫であり,私たちはこれを開拓するパイオニアーである」と思えば,別の発想もあるような気がします。次期の中期計画策定の折りにはぜひ検討して頂きたい事項です。
 第3に「組織のあり方」について考えてみました。私たちは第1期中期計画では組織の効率化も約束しており,5ヶ年間で幾名かの定員削減も求められておりますが,その際「手をつけやすい所から」という発想ではなく,目的を達成するためには,どのような手順を踏むべきか,我々を取り巻く社会的条件にも十分に目配りしつつ,長期ビジョンを考えておくことが必要であると感じます。その目的というのは決して組織の効率化ではなく,「如何にして生き生きとした組織を構築し,充実した成果をあげるのか」という点であり,組織の効率化はあくまでもその手段であるということを認識しておく必要があります。そのためには組織の根源のあり方(こうなりたいという姿)を見失ってはならないと考えるからです。特に私たちはよく言われるように「共同体的な組織」として存続していることは良きにつけ悪しきにつけ認めざるを得ません。確かに安心して働ける相互扶助的な組織機能はある程度必要としても,これからはそれだけでは生き残れないということも自明のようです。なぜなら,こうした組織は環境変化に対して保守的となり,創造性を拒否する内部志向が働くためです。他方,営利を目的とした「機能体的な組織」は,例えば「利益をより多く得る」というように目標が簡潔で明快ですが,そこにどのような「夢」や「志」があるのかという点が問題です。いずれにしても,私たちが「水産研究・技術開発戦略」の中で掲げている「科学的目標」に如何に効率的に到達するのかという命題のためには,組織の機能をより合目的的に再編する必要があると思われます。
 最後に,「よい仕事ができる組織とはどのような組織なのか」ということについて多少勉強してみました。最近,「ソニーから学べ」という趣旨の本を読みました。その中で組織が活力をもって動いているかどうかという判断はその中にいるとなかなか見えてこないのですが,「いろいろな意見を持った人が前向きの論議で個性をぶっつけ合う程,一時の軋轢はあるものの,その組織は活性化する」と述べています。「満場一致」ということは団結という意味ではすてきなことなのかも知れませんが,「多様な意見がなく,誰もが反対しないものは決して常識の域をでない」とも述べています。すなわち「人はそれぞれ違った意見を持つべきだ」ということかと思います。しかしながら,多様な意見をただ「相手をやっつけるため」にぶつけ合うということであれば論議は発散し,ただ消耗してしまうだけの結果になってしまいます。要はお互いの意志の疎通により,互いの考え方がより高次の段階へ止揚(Aufheben)していくものでなければならないと思います。そこで,こうした組織の中の意志の疎通をいかにスムースに行うか,一番考えなければならないのが管理職であると思います。研究室で,研究部で,調査船の中で,さらには研究者仲間で,「夢」や「志」について前向きに大いに明るく論議できる環境作りが重要と考えています。(所長)