混合域でのスケトウダラの加入機構−プロジェクト太平洋漁業資源(VENFISH)の成果

服部 努

 
 スケトウダラ太平洋系群の資源変動予測の精度を高めるためには,加入量を早期に把握することが重要であるが,0〜1歳魚の分布・回遊には不明な点が多い。そこで,5月に太平洋系群の主要な産卵場である噴火湾周辺から混合域の産卵場として知られる仙台湾付近にかけて0歳魚の定量的な採集を行い,春季の分布の経年変化を調査した。また,秋季の加入量指数および海洋環境と比較し,混合域において0歳魚の分布パターンおよび加入量の年変動がいかなる要因により,もたらされるのかを明らかにすることを試みた。本研究の目的は,混合域におけるスケトウダラの加入機構を解明すること,耳石日周輪解析により混合域に分布する0歳魚の起源(産卵された場所)を特定し,混合域で加入するスケトウダラの太平洋系群内での位置付けを行うことである。
 0歳魚の分布の経年変化を明らかにするため,1997〜2001年5月に東北区水産研究所所属若鷹丸により,北海道〜東北海域にかけての中層トロール調査を実施した。曳網は日中に行い,主に海底直上までの傾斜曳きにより標本を採集した。採集された0歳魚はアルコール中に保存し,全長を測定した後,日周輪解析用の耳石を採取した。
 東北区水産研究所八戸支所では秋季に東北海域全体で着底トロール調査を行い,面積−密度法によりスケトウダラ0歳魚の現存量を推定している。この現存量はトロール網の身網に対する採集効率が1として算出されており,この値を加入量の指標として比較検討に用いた。さらに,東北区水産研究所混合域海洋環境部により提供されている水温データを用い,親潮第一分枝を100m深水温5℃として定義し,春季の分布と親潮第一分枝の南限位置および加入量指数との関係を調べた。
 採集された個体の耳石は,長軸方向に薄片とし,光学顕微鏡下で日周輪の解析に供した。耳石核から30本目の輪紋までの耳石短軸半径(SOR 30)を求め,これを初期成長の指標として海域間の比較を行った。Kendall Jr. and Nakatani(1992)はスケトウダラ太平洋系群の主要な産卵場は噴火湾にあることを報告している。一方,児玉ほか(1988)は混合域の金華山(仙台湾)付近に規模は明らかでないもののスケトウダラの産卵場があることを明らかにした。このように,噴火湾から混合域にかけての海域において,この2ヶ所以外の産卵場は知られていない。噴火湾と東北沖の春季の海洋環境は大きく異なることから,噴火湾起源と東北沖起源の個体の初期成長は大きく異なる可能性があるため,我々はSOR 30により噴火湾起源と東北沖起源を区分することを試みた。また,海域間の全長組成を比較するとともに,採集日から輪紋数を引くことにより孵化日組成を求め,それらを海域間で比較検討した。
 春季の中層トロール調査により得られた0歳魚の分布の経年変化と親潮第一分枝の流入の程度を比較した(図1)。中層トロール調査は1997年以降に実施されたため,1995年および1996年の図には親潮第一分枝の流入域のみが示されている。1997年には親潮第一分枝が混合域に達しておらず,0歳魚は仙台湾付近にわずかに認められる程度であった。1998年には三陸沖の調査を行っていないが,親潮第一分枝の勢力は強く,仙台湾に多くの0歳魚が分布していた。1999年には親潮第一分枝は三陸北部までしか達しておらず,仙台湾には0歳魚は分布していなかった。2000年には親潮第一分枝の勢力が強く,仙台湾付近にまで0歳魚が分布していた。2001年には親潮第一分枝は三陸沖にまで達し,0歳魚は仙台湾沖北部にまで分布していた。このように,0歳魚の分布域は親潮第一分枝の流入域付近に集中しており,春季の分布域は親潮第一分枝の流入の程度と関連していると考えられた。また,親潮第一分枝の南限位置が南に下がるほど秋季の加入量指数は大きくなっており,親潮第一分枝の勢力が東北海域の0歳魚の分布域および密度を決定し,親潮第一分枝の勢力の強い年に加入量が増加することが明らかとなった。このことは,噴火湾起源の個体が混合域に流入していることを示唆している。
 上記の分析により噴火湾起源の個体が混合域に流入している可能性が高いと考えられた1998年および2000年の個体の耳石を用い,耳石核から30本目の輪紋までの耳石短軸半径(SOR 30)を調べ,海域間で比較した。その結果,噴火湾および臼尻沖・津軽海峡ではSOR 30の頻度分布は60μm以下の単峰型であったのに対し,三陸沖および仙台湾沖では明瞭に分離した2つの山が認められた。このことから,噴火湾から仙台湾沖にかけて認められる類似した小型のモードが噴火湾起源,三陸沖と仙台湾沖にのみ認められる大型のモードは東北沖起源と考えられた。すなわち,混合域では成長の良い東北沖起源の個体に加え,親潮第一分枝の勢力が強い年には噴火湾起源の個体が流入していることが明らかとなった。
 2000年の全長組成を見ると,噴火湾では全長40mm以下の小型の個体が少なく,噴火湾起源の小型の個体は臼尻沖・津軽海峡から混合域にかけて分布していた。このことから,親潮第一分枝の勢力が強かった2000年には,小型の個体は噴火湾から混合域に向けて輸送されていたと考えられた。孵化日組成を見ると,2000年に混合域に輸送された噴火湾起源の個体は主に3月以降に孵化したものと考えられた(図2)。2000年には3月以降に親潮第一分枝の勢力が強くなっていたことから,親潮第一分枝の勢力が強まる時期も混合域に流入する0歳魚の量と関連していると考えられた。一方,東北沖起源の個体では孵化日の幅は狭く,東北沖起源の個体は短期間に孵化した個体しか生残していないと考えられた。
 スケトウダラ太平洋系群の主要な産卵場は噴火湾であることから,噴火湾を中心に初期生活史に関する研究が行われてきたが,現在まで太平洋系群の加入機構全体を明らかにするには至っていなかった。我々は混合域にも重要なスケトウダラの加入機構が存在している可能性があると考え,噴火湾から混合域にかけての研究を行った。
 本研究の結果から,親潮第一分枝の勢力が強い年には,混合域は遅く孵化した噴火湾起源の個体にとっての生育場になっていると考えられた。また,東北での加入は親潮第一分枝の勢力が強かった1995年,1998年,2000年,2001年に多く,親潮第一分枝の勢力が東北海域での加入量レベルを決定していると考えられた。太平洋系群全体を考えた場合,1995年級,2000年級,2001年級が卓越年級と考えられているが,1998年を除いて卓越年級が発生する年には混合域での加入も多かった。このことから,これまで考えられてきたように噴火湾が最も重要な産卵場であり,加入の場であることは確かであるが,卓越年級群が出現する年には混合域のような周辺海域にも生育場が形成されるのではないかと推測された。また,1996年,1997年,1999年のような親潮第一分枝の勢力が弱い年には,遅く生まれた個体も噴火湾周辺に留まると推測されるが,このような年に卓越年級群は発生していないことから,噴火湾起源の孵化日の遅い個体にとって,混合域に流されることが生残率を高める要因になっている可能性が考えられた。以上のことから,卓越年級群が発生するためには噴火湾で安定した加入があることに加えて,噴火湾以外に好適な生育場が形成され,そこでの加入が多いことが重要である可能性が示唆された。
 
参考文献
Kendall Jr., A. W. and Nakatani, T. (1992)
Comparisons of early-life-history characteristics of walleye pollock Theragra chalcogramma in Shelikof Strait, Gulf of Alaska, and Funka Bay, Hokkaido, Japan.
Fish. Bull., 90, 129-138.
児玉純一,永島 宏,小林徳光(1988
金華山周辺海域に生息するスケトウダラ資源について.
第9回東北海区底魚研究チーム会議会議報告, 24-31.
(八戸支所資源評価研究室)

Tutomu Hattori