サンマの成長の年変動に関する研究
巣山 哲

 私は大学院の研究テーマとしてサンマの生活史を選び,いくつかの宿題を残しながらも学位論文をまとめ,その後はサンマの研究から離れておりました。しかし,1998年10月に東北水研八戸支所に転勤してきてからはサンマの担当となり,再びサンマの生活史の研究を始めることとなりました。特に,2000年4月からは現場即応研究「太平洋漁業資源」の一員に加わり,サンマの成長に研究対象を絞った課題“複数の手法を用いたサンマの齢査定と成長様式の解明”を担当してきました。以前の研究で,耳石日周輪を数えることによりサンマは体長30cm程度(一般に大型群と呼ばれるもので体長29cm以上の個体とされる)になるには1年半以上を要すること,それより小さな中型群と呼ばれるもの(体長24〜29cm)では年齢が1歳から1歳半であり,両群は発生時期が異なることを明らかにしました。また,耳石を光学顕微鏡で観察すると透明帯と呼ばれる帯が見えますが(図1),これは冬季に形成される年輪であり,大型群のみに見られることなどを明らかにしました。しかし,耳石日周輪では一部の輪紋が不鮮明であるために正確な計数ができる場合は非常に少なく,正確なふ化時期については断定できなかったことや,他の魚種と同じように成長にも年変動があると考えられるものの,当時は2年分の標本の解析していなかったためにこの点については明らかにはできませんでした。このため,太平洋漁業資源での課題は,そこに焦点を絞って研究を行なうこととしました。特に,成長の年変動については以前から気になっており,研究の必要を強く感じていました。それは,以前大型群の年齢を1歳とした研究もあったことから,年によって1年で30cm程度に達したり,26cmくらいにしか達しなかったりするのではないかと言われたこともあることが一つです。また,私が以前研究を行なっていた1990年代のはじめはサンマの資源の水準が高かった頃ですが,近年の1998年,1999年のように資源水準が必ずしも高いと言えない時期ではその頃と成長に差があるのではないかと言うことも考えられました。マイワシなどでは資源が少なくなってからずいぶん小型化したと聞いていましたので,サンマでも同じよう現象が見られるのかについては大いに興味があるところです。
 この研究にあたり,まず東北区水産研究所にあった過去10年分の耳石を整理することから始めました。幸いにも水研の冷凍庫には東北水研や北海道立釧路水産試験場などの関係機関が採集したサンマの耳石または頭などの標本が大量に残されていました。これらの標本から耳石を取り出し,マイクロプレートに張り付けポリエチレン樹脂に包埋し,光学顕微鏡で観察しやすいようにしました。そして,耳石透明帯の有無を観察し,年ごとに透明帯が形成されている体長を明らかにして,体長頻度分布と比較しました。なお,透明帯の解析は標本数の多かった9月から11月について行ないました。
 この結果,大型群には耳石に透明帯が見られ,中型群には見られない傾向はすべての年で同様でした。(図2−A)そこで,1cmの体長階級ごとに耳石透明帯が形成されている割合を調べ(図2−B),50%の個体に耳石透明帯が形成されている体長を推定したところ,50%の個体に耳石透明帯が形成されている体長は年によって異なり,27.7cm(1991年)から30.0cm(1989年)の間で変動していました。(図3)すなわち,これまでは便宜的に大型群と中型群の区分を29cmとしてきましたが,今回示された体長は各年の実質的な大型群と中型群の境界を示しているものと考えられます。さらに,この結果を体長組成と比較すると,透明帯を有する個体のモードと大型群の体長モードは一致していました。また,1991, 1993および1997年の体長組成は大型群の割合が非常に高く30cm以上の個体が大部分を占め,ほとんどの個体に耳石透明帯が観察されました。以上のことから,日本近海では中型群がほとんど漁獲されなかったと考えられます。一方,1996年には体長組成に顕著なモードが見られませんでしたが,耳石透明帯を観察すると透明帯がある個体の体長組成と,ない個体の体長組成が重なり合っているのが分かり,耳石透明帯に基づいて各体長組成を分離することもできました。
 また,1989年から1999年の間で大型群の成長がもっともよかったと考えられた年は1989年でモードは31.5cmにありました。その一方,低かったのは1995年で30.3cmと見積もられました。また,漁獲量が15万トンを切った1998年と1999年ではそれぞれ30.8cm,31.0cmであり,過去10年の中では特に低い値ではありませんでした。これらの成長の差がいつ頃生じるのかについてや,その原因については非常に興味がある点です。しかし,残念ながら現時点ではこれらの個体が生まれた海域や時期についてはわかっていませんし,中型群より小さいモードを捉えることもできていません。これまでの研究から漁期中に体長20cm程度の個体が翌年大型群となると考えられますので,このサイズにモードを持つ個体を毎年採集し体長組成の年変動が明らかにし,翌年の大型群の体長変動と比較できれば,変動を生じる時期が明らかになると考えられます。
 さて,2001年6月〜7月にかけて八戸支所では東経162度付近までの広い範囲にわたって中層トロールや高速ネットを使って稚魚から成魚の分布調査を行なったところ,東経160度付近においてサンマの幼魚が多数採集されました。これらの個体を定量的に採集できれば,中型群より小さいモードが明らかになり,その体長や年変動についてもできる可能性があります。来年度のこの調査では,幼魚の調査も課題の一つとなります。
 前述のとおり,本研究は現場即応研究「太平洋漁業資源」および資源評価調査で行われました。記して感謝いたします。また,本研究で用いた貴重な標本を採集・保存・提供してこられた北海道立釧路水産試験場をはじめとする研究者各位に厚くお礼申し上げます。
(八戸支所 資源生態研究室)
参考
図1:サンマの耳石(光学顕微鏡)
図2−A:1999年9月から12月のサンマの体長組成
図2−B:1999年9月から12月のサンマの透明帯を持つ個体,持たない個体の体長組成
図2−C:1999年9月から12月のサンマの各体長階級ごとの透明帯を持つ個体の割合
図3:1989年から1999年におけるサンマの体長組成と耳石透明帯有無の関係

Satoshi Suyama