サンマの刺身作り

和田一雄


 1965年頃東海区水研にいて、遠洋水研設立にさいしてオットセイ研究室もまきぞえをくった。全農林労働組合は機構改革反対をうち出し、同じ研究室の先輩方と共に私もそう考えていた。いつのまにか反対はオットセイ研究室だけになり、別の方達が遠洋水研オットセイ研究室のスタッフになり、私達は水研所長預りという自由の身になった。
 東海区水研資源部長だった故佐藤栄さんが東北水研所長に栄転され、ウロウロしていた私を見るに見かねて拾って下さった1969年9月のことだった。サンマ研究室に属すことになり、サルやオットセイにしか興味を示さない私に当時の室長だった福島信一さんや他の室員の方々はもてあましておられた。半年弱の在室だったので、サンマ調査にも乗船出来なかった。漁海況予報会議には出席して、漁業研究の厳しさを学ぶ機会を得た。
 サンマ研究の厳しさと共に新鮮なサンマの刺身の甘さも知った。これが大変強烈な印象として残り、現在も季節になると刺身になる新鮮なサンマはないかと探しに行くことにしている。
 犬山に移る時に、水研の方々が送別会をしてくださったが、「ところで和田さんは半年ほどしかいませんでしたね、なにを研究しましたか。よく卓球をしているのは見ましたけどね」といわれて、グーの音も出なかった。サンマの刺身の甘さにうつつをぬかしていたのだから当然のことであった。こんな私を受け入れて下さった東北水研にお礼の言葉もない。その後、サルの研究もしながら、オットセイ、トド、アザラシの研究を並行して行っており、三陸沖の生物群集や生産には今も興味をもちつづけていて、一つ頭にこびりついて離れない課題をのべさせていただきたい。
 トドやアザラシは北海道沿岸で漁業被害を起して駆除されている。しかし、被害はいっこうに減らない、トドやアザラシの個体数は減っているにもかかわらず。漁業の側に問題があるのではなかろうか。
 もう一つ。アラスカ湾のトドはスケトウダラ漁獲の増加と共に体が小さくなり、個体数を減らした。これはトドの食いぶちに人間が手を着けたことを意味する。国連海洋法によって排他的経済水域(200海里内)ではMSYを基準にして漁業管理をするという。MSYの中にオットセイ、トド、アザラシ、ラッコ、クジラなどの食いぶちに配慮する思想は含まれていない。MSYは卒業して生物群集を基礎においた漁業管理をすべきではないか。
 専門家でもない私がいい加減な知識で論議するのは当を得ていないかもしれない。お許しをいただきたい。
(元 資源部)

Kazuo Wada

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