陸奥に赴いて

中村保昭


 戦後の経済の回復に向けて、漁業が再出発する昭和24年6月、東北海区水産研究所として創立以来、半世紀の星霜を刻み、ここに意義深い50周年を迎えられ、先ず敬意を表します。今日の姿はこの間、幾多の困難を乗り越えて、着々と研究の充実と施設の整備等に、ご努力・ご尽力をいただきました先人・関係各位による賜と、当所の一OBとして感謝いたします。
 静岡県を振り出しに30年余、この間、西海水研、水工研、中央水研、水産庁と暖流系の各地で、研究及び行政経験後、桜もほころび始めた平成10年4月1日付けで、思いも掛けない中、初の寒流域・奥州路に、赴くこととなりました。東北水研とは、学生時代を含め昭和40年代から15年程、静岡水試時代に「さんま海洋」を分担していましたので、度々伺う機会がありましたので、当所の舵取りの命を受けた際には、非常に懐かしく思いました。
 「さんま研究」は、現在も東北水研の重点業務の一つでありますが、研究生活へ足を踏み入れた頃は、その後派生しました200海里問題等、水産業を取り巻く環境は大きく様変わりし、現在と単純に比較しにくい面もありますが、殊に「さんま研究」に関しては、昭和40〜50年代は、正に黄金期でありました。そこには、今でこそ第一線を退かれているものの、当時は一つの魚種にも拘わらず、資源はもとより、環境、餌料・仔稚魚期等、さんま研究の各分野毎に神様が鎮座しており、「さんま研究王国」を築いていました。さんま関連研究室も3研究室が宛われており、当時の陣容を知る一人としては、現在とは隔世の感があります。さんまに関する会議を一つ取り上げても、当時は、調査に関する打ち合わせ及び調査船との意見交換各1回、計2回、漁況予報会議は漁期前及び漁期中を含み計2回、さんま研究検討会:1回の計年5回も開催されました。当時若輩の小生から見ると、一歩距離を置かざるを得ない威厳に満ちた雰囲気を醸し出していました。さんまとは縁もゆかりもない瀬戸内で育ったものの、未だ戦後の後遺症が残る育ち盛りの昭和20年後半から30年代にかけて、40〜50万トンの漁獲量に支えられて、脱脂粉乳と鯨肉とともに学童の飢えを緩め、我が国漁業の力強さを感ずるとともに、この基盤となる研究推進を頼もしく思いました。
 さて、ご承知のとおり最近の水産研究は、行政改革が叫ばれる中、我が国の水産業の健全な発展を図るためには、国の試験研究機関において、水産生物の採捕、食品としての利用・加工・流通に至る水産業の広範な分野にわたって一貫した研究を行うとともに、国の施策に沿った研究開発を基礎から応用まで戦略的に行う必要がある。この場合水産業の特性から、専門性及び地域性とも広範囲にわたる研究対象をカバーする体制が必要である。水産庁研究所が行う業務は、品種の育成や資源管理の高度化のように成果を得るまでに長期間を要し、リスクも高い。また、TAC対象種の資源評価、国際条約への対応、油汚染・環境ホルモン・海洋放射能等、政策的に重要かつ緊急で臨機応変の対応も求められ、研究成果の出口が管理や規制等、公権力の行使と密接に連動した調査研究を実施しており、業務が行政に密着していることが特徴であります。
 このような背景の中、東北水研の在任期間は、その後西海水研への異動のわずか半年と短かったものの、特に印象付けられた出来事を一、二紹介させていただきます。

1) 水産庁研究所の組織改正
 我が国は平成8年に、21世紀に向かう長期展望のもと科学技術創造立国を目指した「科学技術基本法」に基づく、「科学技術基本計画」を策定し、積極的かつ総合的な科学技術政策を展開することとなりました。一方、我が国の水産業は、平成8年に我が国における国連海洋法条約の発効に基づく漁獲可能量(TAC)制度の導入等、新しい漁業管理の時代に入りました。こうした施策を科学的・技術的基盤に立って執行することが、水産庁研究所に強く要請され、水産庁研究所の果たすべき役割は益々重要となっています。時あたかも、水産や科学技術を巡る情勢変化や新たな研究ニーズに的確に応えるため、前任の参事官時代に、急ピッチで進められた作業が、水産庁の9研究所全体に及ぶ大幅な組織改正として、当所に在任中の平成10年10月1日付けで結実し、新しい体制がスタートしました。これは昭和24年の8海区水産研究所の設置以来の大きなものであり、改正の源流は、国際農林水産業研究センター水産部(平成5年10月)や西海水研石垣支所(平成6年6月)の誕生に結びついた平成4年4月以降の水産庁研究所長会議における「21世紀に向けた水産研究のあり方について」の論議にまで遡ります。
 東北水研の場合、混合域の海況特性を最大限に生かすことを目標に、TACの算出に資する資源評価等に関する研究は、八戸支所において一元化を図ることとなりました。また、海域の生物生産力に関する統一的な研究を実施するため混合域海洋環境部の創設やつくり育てる漁業等、海区水産業の振興の基盤となる研究を行う海区水産業研究部の新設等、研究環境を大幅に整備しました。なお、従前の資源管理部の業務は、八戸支所、混合域海洋環境部及び遠洋水産研究所に引き継がれることとなりました。今後、所運営をより一層効率的に行うには、戸惑いもありましょうが、従来にも増して、本所と支所との絆を強める必要があります。

2) 内水面研究ニーズに対する体制の整備
 東北地方における水産研究は、特に内水面研究の場合、他ブロックに見られない特徴を有しています。ご承知のとおり、内水面関係の試験研究は、資源、環境(生態系を含む)、経営・経済、魚病、魚道設計等、水産工学を含む極めて多岐の分野にわたっています。しかし、昨今、アユ、ウナギ、マス類等をはじめ、内水面対象種の多くが抱える研究ニーズは、試験研究・産業の組立てのいずれにおいても、内水面問題を内水面のみでは取り扱えない、内水面と海面との境界領域にわたる問題も多くなっています。このため、内水面問題の解決には、内水面と海面を分断することなく、海域における試験研究と密接な関係を必要としています。
 東北ブロックにおいては、さけ・ますの大型別枠研究以来、地域さけ・ます増殖事業に深い係わりを持っています(さけ・ますを栽培漁業種として初めて扱った)。この実績と県によっては、海産さけ・ますの養殖事業へとその技術が継承された背景があります。当ブロックの内水面対象魚種は、さけ科魚類、アユ等、両側回遊性魚類が主体であり、適正な資源管理及び効果的な増殖策の構築には、内水面、汽水域、海面における生活史を通した生態解明が求められており、内水面と海面との広範な連携が必要とされています。一方、ギンザケ養殖業は、内水面で育成された種苗を海面で養成する。海面で生じる問題(疾病等)も内水面育成期に遡って対応すべきものもあり、両者の連携が不可欠であります。これらのことから、内水面関連の試験研究ニーズへの対応は、中央水研を一義的な窓口としつつも、東北ブロックにおいては海面漁業を与り、事情にも詳しい東北水研が問題の受止め、振分けの窓口として、地域の要請に応え、地域における水産研究の中核的研究機関として機能を発揮することが相応しいとの考えが、水産庁及び水産庁研究所において合意されました。これらは、内水面水産試験場長会の要望書(平成9年5月7日付け)の趣旨を踏まえ、都道府県内水面水産試験場等からの内水面研究ニーズに的確に対応し、効果的な試験研究機関の推進を図るため、「内水面研究ニーズに対する水産庁研究所の対応体制について」として整備されました(平成10年9月25日:水産庁研究所長会議)。

 心残りは在任期間が短かったため、東北地方の浜や文化・伝統に触れる機会が少なかったことです。芭蕉の「奧の細道」の足跡も至る所に見られるものの、今や21世紀も手が届く時代、これに向けて「新たな海洋秩序の下での我が国水産業の確立を目指した研究」が、研究の重点化として取り上げられております。研究を進展させることは、いわばスパイラル(螺旋)の階段を昇るようなものであります。つまり、表で成果として見える時もあれば、醸成中にあって裏に隠れている場合もあります。時間を掛けてみますと必ず前進しています。これを昇るには、芭蕉の教える「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ(柴門ノ辞)」を引くまでもなく、先人の模倣ではなく、大事なのは先輩たちの精神に学ぶことでありましょう。
 独立行政法人化を1年余後に控え、水産研究の体制は大きく変革しようとしています。社会の大きな変革の実現に向け積極的な行動が求められている時代を「変革の時代」として捉え、どのような対応が重要かが問われています。何れにしても漁獲可能量(TAC)制度への的確な対応等、現下の行政ニーズを踏まえ、昨年再編された水産庁研究所の新体制がうまく機能し、海区における水産研究の中核的機関としての役割を果たし、産業・行政ニーズに積極的に応えていただければと思います。加えて、世界の代表的なしかも寒・暖両流で囲まれた当混合域の海洋の特性を生かすため、さんま研究体制の整備、研究の活性化、東北ブロック水試等場長会との連携強化等を図り、外に対して当所の顔がよく見えるように、研究と行政の垣根を低くしたバリアフリーの下、海区における水産研究の中核的機能を研究、事務及び船舶の各部門が一体となって果たされることを念じています。これを押し進めるに当たっては、厳正な研究評価に加えて、研究成果が納税者(国民)に対して適切に還元され、国民に対して研究所の顔がよく見えるよう、地域における科学技術の振興に寄与されるとともに、本式典を世紀と千年紀との変わり日が重なる新たな歴史への歩みに大きく踏み出すための礎として、次代への躍進を期待します。
(元 所長)

Yasuaki Nakamura

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