「10年」

武藤清一郎


 私は、平成元年(1989)の退職ですから、丁度10年を経過したことになります。
 戦後の民主化の一環としての「8海区制」の水研として創設された「東北区水産研究所」に入所したのは、設立(1950)1年後で、以来38年間勤務しました。当初は利用部(11年)、次いで海洋部(22年)、更に八戸支所(5年)と引続きました。
 日本の漁業生産高は、敗戦時(1945)は183万トンまで落ちこんでいましたが、僅か数年で482万トン(1952)と戦前を上回り、沿岸から沖合・遠洋と外延的に急増し1000万トンを突破(1972)しました。高級魚・グルメ指向の消費ニーズの変化は、円高に支えられた水産物輸入の増大につながり、食品・流通構造の変化を背景として、利用部の集中、一本化が早くも進展し、入所10年にして機構改革に直面したのでした。その後の200海里問題を考えてみても、どうも、10年前後で職務の転機を迎えているように思われます。
 設立以来50年の節目に機構の大きな変革があったわけですが、設立当初の職員は20代〜40代から現在では退職者も含めて、20代〜80代と巾を広げ、あたかも親・子・孫の3世代にわたる関係に相当するようにも見えます。
 一般に社会学では、世代を「一定期間に出生し、同じ歴史的・社会的経験を持ち、それゆえにほぼ類似した精神構造と行動様式を持つ一群の同世代者」としています。通常云われている、「家族」を中心として、「親」「子」「孫」の3世代として、その巾は5年〜30年とされているようですが、この世代間には、歴史的出来事やその評価について必ずしも一致するとは限りません。
 江戸時代の農村のように、身分制が固定し、人口・文化の変化の少ない時代は、3世代にわたってもほぼ共通した価値観が保有・継承されたのとは訳がちがい、現代では、更に巾の狭い5年〜10年位の世代感覚を考えている人もいます(大野 1975)。総務庁青年意識調査(20才〜30才)で比較できる一例として、「理想の父親像」では「家庭重視」が40%(1977)、48.2%(1983)、58.4%(1988)、71.3%(1993)、73.5%(1998)があり、他の調査項目の結果を概括すると5年〜10年位の世代感覚が読みとれそうです。
 年齢的世代は30年の開きで、共鳴できる世代は10年位の巾とすると、この辺に「親子断絶」の原因があるのかもしれません。また、「世代会計」と云う考え方もあります。
 ある世代の生涯を通じての税金・年金等の掛金支払いと政府からの公的サービスの収支です。計算の一例では、30才〜39才を境として、以上の年齢ではプラス、以下の年齢ではマイナスの収支になり(社会資本も含む)、世代間の不公平が指摘されています(浅間 1996)。
 今年は国際高齢者年です。第47回国連総会(1992)において決議されています。目的は第46回国連総会において採択された「高齢者のための国連原則」を促進し、これを政策及び実際の計画・活動において具体化することです。この原則とは、高齢者の「自主」「参加」「尊厳」「ケア」「自己表現」を目指しております。「全ての世代のための社会をめざして」がテーマです。高齢化問題は、高齢者がおかれている状況、個人の生涯にわたる発達、世代間の関係、社会開発との関係等、多くの次元、分野、世代に関わる問題であることから、この「テーマ」が定められているのです。
 現在、長寿化しつつある先進諸国では、次第に3世代はおろか4世代、5世代の家族さえ出現しうるにもかかわらず、それぞれの世代が別々に住み、離ればなれの生活をするようになり−いわば、労働力としての個々に解体され−共通理解、要望もばらばらになって「世代間抗争」の時代に入ったと云う人もおり(たとえばドラッカー 1976)、あたかも、「植民地分割統治」の世代論版のような気がしないでもありません。
 入所10年目の機構の変革を体験し、その後も10年前後で職務の変換もあり、更に今退職10年と云うことで、10年にこだわった世代論まがいの文章になりました。東北水研50年について、各世代の共通理解はどのようなものか楽しみです。
(元 八戸支所)

Seiichiro Muto

一覧へ戻る

東北区水産研究所日本語ホームページへ