東北水研創設時に築かれた学問的伝統

川崎 健


 私は創設時の東北水研に1950年から15年間勤め、それから東海水研で9年、東北大学で17年働いた。1991年に東北大学を定年退官してからは、(社)東北建設協会の顧問としての仕事が中心であった(湖やダムの環境・生物調査;1989−96年には小川原湖の調査を行ない、99年6月に東北大学・石巻専修大学のチームとともに秋田県の森吉山ダムの調査を開始した)。そして、その間を縫うようにして台湾の海洋大学の客員教授・水産試験所の客員研究員の仕事をした。台湾滞在は4回、1999年の5月までに計2年3カ月滞在した。私の研究生活は今年で丁度50年になる。著書(単著)や翻訳書も10冊ばかり書き、この6月には「漁業資源−なぜ管理できないのか−」(成山堂書店)を上梓した。半世紀も好きな事をしてこられて、果報者である。しかし、研究者としてしたいことはまだまだあり、さいわいその条件にも恵まれている。折り返し点を曲がったばかりのつもりで今後も頑張りたいと思っている。
 今回機会を与えられたので、東北水研の創設時のことと、その伝統を発展させるための将来展望について書きたい。
 1949年4月に、私は東北大学(旧制)の3年生になった。戦後間もない当時は今日以上の就職難であったが、皆あまりばたばたしておらず、「内定」などという言葉もなく、なんとかなるだろうという気分であったが、研究者になるということなどは全く考えていなかった。私の恩師は畑中正吉先生である。先生が、「川崎さん、東北水研に行きませんか。木村先生(所長)と話はついています。ただし、公務員試験に合格してもらわなければなりません。」と言われた。有り難いものである。その気になって、試験を受けたらさいわい合格した。これが、水研とのつきあいの始まりである。
 1950年に卒業したが、その時には杉ノ入の旧庁舎はまだ出来ておらず、官制上49年7月に発足した東北水研はまだ月島にあった。木村先生が「川崎さん、東京に来ますか、それとも仙台におりますか?」ときかれるので、「仙台に居たいです」と申しあげると、「仙台臨時試験地勤務を命ずる」という辞令が出たので、大学に置いてもらった。まだ融通のきく時代であった。
 1951年になって庁舎が出来て、皆さんが揚々と塩竈に来られた。そのなかで現在もお元気なのは、梅本、小達(繁)、川合、黒田、福島、長倉、菊地、武藤、秋山、佐藤(重)、渡辺、永沼などの方々である。仙台に白砂寮という独身寮が出来て、私達はそこから塩竈に通った。
 私は海洋資源部に属し、木村先生の配下であった。当時の我々の主な仕事は研究というよりも漁海況事業で、5月から12月までは枕崎、焼津、気仙沼、石巻の港で漁況の収集(「船回り」といった)、等温線図の作成、5日ごとの速報の印刷・発送、等温線放送の実施に当たり、それとともに魚体測定やサンプルの収集を行なった。毎朝3時頃からの仕事で、それはたいへんだった。水温を測ることを漁船に教育するというのも仕事の一つで、水温計や水色計それに木村先生の書かれた「カツオ漁場図集」を売って回った。その間を縫って、観測船(といっても小さな漁船)に乗って海洋観測に出掛けた。当時は天測航法で、無線で気象はとれても船の位置が分らず、三日三晩台風にもまれたこともある。この観測も、漁海況事業の一環であった。このようにして、現場の仕事を徹底的に仕込まれた。こんなことをして10年位過ごしたが、それがその後の研究生活には、かけがえのない財産になった。
 木村先生が種を播かれた漁海況研究は、私達第一世代によって大きく前進したと思う。川合さんの「極前線域の海洋構造」、黒田さんの「潮目の研究」、福島さんの「サンマの漁場形成」、小達(繁)さんの「サンマの個体群生態学」、小達(和)さんの「動物プランクトンの長期変動」などの優れた業績が得られた。
 木村先生の始められたきわめて現場的な「漁海況研究」が、今日では世界的に確立された「水産海洋学」(fisheries oceanography)の原点であったたことは疑いない。私は、これこそが東北水研が世界に誇るべき学問的貢献の一つであると思っている。いまや国際誌Fisheries Oceanographyも出ている水産海洋学は、日本に根ざした数少ない学問である。
 当時は水産資源研究の世界では、population dynamicsが花盛りであった。この学問はヨーロッパで発達した力学的資源管理理論であり、1957年のBeverton/Holtの論文をもって完成をみたものである。技術的な展開はその後もみられているが、環境変動に基づく個体数変動を切り捨てた理論であり、動物生態学(個体群生態学と生態系生態学)に基礎を持たないため、基本理論的にはこれ以上発展のしようがない。わが国においても、それはしょせん輸入された理論であった。東北水研においては、この研究を手掛けた人はいなかった。現在の「資源管理」は、この特殊な理論からなかなか抜け出すことができない。
 水産海洋学の今後の課題はなにか?かつての東北水研の「漁海況研究」は、時代的な制約もあって、基本的には漁獲効率をあげるための研究であった。しかし「水産海洋学」のこれからの課題は、気候−海洋系の変動と海洋生態系の変動との関係を追究することでなければならない。
 漁業研究の今後の発展の方向は、漁業科学(fisheries science)の展開であろう。漁業科学は、海洋生物資源の合理的な利用の基礎としての科学であり、水産海洋学もその重要な一分野である。漁業科学は、環境科学と同じように、学際的な科学である。海からの恩恵を最大限に受け取るためには、どのような漁業生態系を目標として海に対する介入(漁獲)が行なわれるべきなのか?そのためには、どのような海洋制度、漁業管理のシステムを構築すべきなのか? Population dynamicsをも包摂した漁業科学の構築が21世紀の課題であろう。
 東北水研は、漁業科学研究のために非常に恵まれた立地条件の下にある。新しい研究体制も整備されつつあると聞いている。東北水研が「漁海況研究」の伝統を受け継ぎ、水産海洋学を発展させ、それを漁業科学に結び付けていく拠点となることを強く期待したいのである。
(元 資源部)

Ken Kawasaki

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