混合域海洋環境部の研究の方向

奥田邦明



 平成10年10月1日の水産庁研究所の組織改編により、当所海洋環境部は、これまでの海洋動態研、生物環境研に高次生産研を加え、それぞれ物理環境、動植物プランクトン生産、資源生産を担当する3研究室からなる「混合域海洋環境部」として強化・新設された。物理環境から資源生産までを一貫して研究する組織上の枠組みが整ったことになり、その意義は大きい。
 さて、「混合域」を冠した我が海洋環境部は、何を目指すべきであろうか?
 当所が担当する東北海区は、本州東北部の太平洋側海域に位置し、房総半島沖を東に流れる黒潮と、北海道沿岸に沿って南下し、下北半島沖合を東に向かう親 潮に挟まれ、沿岸域は津軽暖流が南下している。この海域は、これらの海流から派生する舌状・渦状の暖・冷水が複雑に分布する世界でも例をみない特異な海洋構造を有し、「混合域」と呼ばれている。衛星画像により、混合域のこの特徴を、はっきりと見ることができる(図)
 しかし、この南北数100kmに及ぶ混合域がいかなる機構で形成されているのかは、現在まだ解明されておらず、海洋物理学上の大きな問題として残されている。 よく知られているように、黒潮は房総半島沖で岸を離れ、黒潮続流として東に向かう。しかし、これまでの風成大循環モデルでは、黒潮は、偏西風の分布等と対応して、岸に沿って三陸沖にまで北上し、下北半島沖付近で岸を離れ、親潮と接して東に向かうことを予想している。この理論と現実の差が、黒潮が何らかの未知の力学により房総半島沖で離岸を促されることによるものか、あるいは、風だけでなく対流の効果も重要な役割を果たしている親潮の流れを含む、北太平洋北西海域の全体的な力学のバランスによっているのか明らかでない。
 混合域の特徴は、その空間的な水塊分布の複雑さもさることながら、海洋構造の時間的な変動の大きさである。かって、1979年秋に、短期間ではあるが、黒潮が三陸沖にまで北上したことがあり、その一方で、1997年春には、房総半島のはるか南の33N付近まで南下した。親潮も大きく変動し、1984年春には、北海道から房総半島に至る東北の沿岸・近海が寒冷な親潮水に覆われた。これまでの研究により、混合域には、暖水塊の形成・移動等による1ヶ月程度の短期的な変動の他、数年から数10年の顕著な長期的な海洋変動が存在すること、また、混合域は特にエルニーニョ等、熱帯域の大気・海洋変動の影響が非常に大きく現れる海域であること等が分かってきた。
 このような混合域の海洋環境の時空間的変動に対応して、回遊性魚類の漁況、資源量はもとより、沿岸域の魚介藻類の発生、成育も大きく変動する。近年、当海域を主な生息場とするマイワシ、マサバ、サンマ等の資源が海洋環境、基礎生産、動物プランクトン、他の資源と密接に関係しつつ変動している実態が明らかにされつつあり、漁業対象種でないため知見が乏しいマイクロネクトン等の生物種が,生態系の中で重要な役割を果たしている可能性も指摘されている。また、親潮の変動等が藻場の消長、沿岸域の餌料プランクトン生産の変動と密接に関係しており、それに伴って沿岸域の環境収容力が大きく変動していることも分かってきた。
 最近、大型別枠研究「バイオコスモス計画−浮魚制御サブチーム」において、マイワシ資源の消長が混合域−黒潮続流域の数10年スケールの海洋長期変動と密接に関係しているという重要な発見がなされた。しかし、同海域の海洋変動が生態系内のいかなる連鎖により、マイワシ資源の変動をもたらすのかは明らかではなく、現在、サンマ、スケトウダラについて、物理環境から資源生産にいたる道筋を明らかにすることを目的としたプロジェクト(一般別枠研究「太平洋漁業資源」)が、混合域を主たる調査海域のひとつとして、実施されているところである。
 このような混合域における海洋構造の大気変動への応答の大きさ及び資源と海洋変動の緊密な結びつきから、混合域は、気候/海洋長期変動と資源の関係を研究するうえで最も重要な海域として、我が国のみならず、世界各国の研究者から注目されている。現在、混合域を対象として極めてアクティブな研究活動が行われているが、そのなかで混合域海洋環境部は、「混合域」を冠した研究部として、その名に恥じない貢献をして行かねばならないと考えている。
(混合域海洋環境部長)

混合域海洋環境部職員
Kuniaki Okuda

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