海区水産業研究部発足にあたって

飯倉敏弘


背 景
 古来三陸沿岸は世界有数の漁場としてサンマを中心とした漁船漁業が水産業を支えてきたが、従来から行われてきたノリ養殖の技術改良に加えて、1960年代のワカメ、カキの養殖、シロザケのふ化放流、70年代のホタテガイ、ギンザケ、コンブなどの養殖技術の開発が沿岸漁業の発展に寄与してきた。
 増殖分野においては1970年代にエゾアワビの種苗生産体制が整備されて放流種苗量が増加した。放流技術の開発に課題が残されてはいるが今後の発展が期待できる。また、魚類については西日本に続いてヒラメ等の種苗生産体制も整備されてきており、放流効果の向上に伴って漁業者の期待が増大している。
 これらの技術の進展により、それまで零細漁業だった沿岸漁業が大きく発展し、狭隘な三陸リアス海岸の市町村での基幹産業的な地位を占めるようになった所も多い。このような発展を促した背景には、漁港や魚市場、冷凍・冷蔵施設等の背面施設、高速道路を中心とした輸送体制の整備などが寄与しているが、生き物としての製品(商品)を生産する技術開発とそれを支える基礎研究を、産官学が息長く連携してきたことが大きな力となっていることは言うまでもない。
 しかし、1970年代後半からの日本の高度経済発展が東北地域にも波及した結果、他産業の進出や外国からの輸入品との競争の激化により、基幹産業として大きな位置を占めていた水産業は、90年代後半の現在に至って副次的産業に後退している。今後の振興対策として、消費者の期待に応える新しい水産物や加工品の開発、資源管理や放流事業を推進することによる沿岸資源の維持・増加などが望まれている。一方、ホタテガイを中心とした貝毒、カキを中心とした食品としての品質評価の問題、ギンザケ養殖等による漁場の環境悪化など、生産基盤となっている漁場の保全を図り、消費者ニーズを満たす安全な製品を安定して生産するために必要な対策が求められている。

新組織における研究の対応
 このような情勢を背景に、10月1日から「海区水産業研究部」が発足することになり、従来の「資源増殖部」は廃止された。名称から受ける印象は、海区の水産業全体をまとめて面倒を見るようなイメージを与えるが、「つくり育てる漁業」を柱として、対象とする海区沿岸域の水産業振興に資するための、基礎的・先導的研究を行うことが主たる任務となっている。
 対象とする海域区分は以前と同じであるが、海域の特性は「親潮、黒潮及び津軽暖流が混合する水域(以下「混合域」という。)」と決められた。部の組織は海区水研横並びとなるが、研究の組立はそれぞれの海区の特性に委ねられている。
 研究所としての研究方向は、別途研究基本計画の方で触れることになるので、ここでは部としての研究の対応について述べる。
 「資源培養研究室」は県などで種苗生産体制が確立された魚種の増殖効果を高めるための種苗放流技術開発や、成育場の造成・維持管理技術の生物サイドからの開発等に関する調査・研究が中心になるが、放流種苗数の増加に伴う遺伝的多様性、生物多様性の保全や維持などに関わる問題、適正な放流量を決定するための環境収容力に関する研究を行う。また、アラメ・カジメ・ワカメ等について遺伝資源の保存を担当するが、養殖上必要となる品種改良や新品種の作出、藻場造成上必要となる生理生態特性の解明、地球温暖化に関わる炭素収支の解明などの基礎となる特性評価に関する研究も進める。
 「沿岸資源研究室」は、増殖対象種として種苗が放流されている種のみならず天然群も含め、資源量に大きな影響を及ぼす初期減耗時期における生残機構や生存戦略の解明を重視した研究を行い、資源の管理や培養に繋げることを主な任務としている。沿岸資源の管理につながる資源評価に関わる業務については、当面八戸支所の資源評価研究室が主として担当し、沿岸資源研究室はそれを補佐することとしている。資源評価に必要なデータの取得や情報の整理等については、ブロック内各県との連携協力体制の整備、調査・研究についての予算措置も必要となるので関係各方面との調整が今後の問題である。
 「海区産業研究室」は、当海域で産業上重要な問題である二枚貝の貝毒に関わる研究を重点課題としている。貝毒は全国的な問題ではあるが、東日本ブロックでは下痢性貝毒が多い点で西日本ブロックと異なっており、県・大学と連携して下痢性貝毒を重視して研究を進める。また、当海域は小規模なリアス式内湾でホタテガイ・カキ・ホヤ等の介類、コンブ・ワカメ・ノリ等の藻類が複合的に無給餌で養殖されており、ギンザケ等の給餌養殖を含んだ調和型の漁場利用策の確立が課題となっている。養殖に関する法案も近々施行される予定でありこれらに関わる研究を進めていく。

連携体制について
 既に述べてきたように、海区水産業研究部が対応する領域は広く多方面にわたる。円滑に業務を進めるためには従来以上に関連分野との連携が必要となる。
 部内においては、以前の資源増殖部では「魚介類増殖研究室」、「藻類増殖研究室」といった魚種別対応型から目的別対応型に変更されたので、研究室間で共同研究を組むことが今後増えることになろう。一例として、現在発足が予定されている「農林水産業における内分泌攪乱物質の動態解明と作用機構に関する総合研究」(環境ホルモンプロジェクト)では、沿岸資源研と海区産業研が共同で参加する。
 所内においては、資源分野では八戸支所と沿岸資源関係の調査・研究で連携して行くことは既に述べたが、塩釜にあった資源分野の業務が八戸に移ったため、ブロック内の各県との対応にも極力協力して行く。また、沿岸海洋環境に関する問題については、混合域海洋環境部と協力体制を進めて行く。今までも所内の研究上の連携は、重点基礎研究を通じて良好な関係が築かれている。
 水産庁研究所(国研)間の連携体制については、11月下旬に中央水研で開かれる「平成10年度水産業関係試験研究推進会議」で協議することになっているので、ここでは予定として述べる。従来通り種苗生産技術、疾病、遺伝・育種等については養殖研、沿岸海洋環境や増養殖施設造成等については水工研などの専門水研と連携を維持する。また、新たに環境保全分野の中核研究機関として発足した瀬戸内海区水研には赤潮有毒プランクトンや漁場保全関係で連携を図る。一方、海区水産業研究部は経営・経済や利用・加工分野も考慮して研究を推進することが、今回の機構改革の重点事項となっているが、当面このような分野に関わる問題は随時検討・整理して、中央水研の利用化学部、加工流通部、経営経済部等の共通基盤研究部門と連携を図って対処して行く予定である。また、必要に応じて、中央水研の生物機能部、海洋生産部、生物生態部等とも連携を図って研究を進めることも検討している。
 ブロック内公立研究機関、種苗生産関係機関、(社)日栽協及び大学とは従来通り連携を図って行く。特に今度の組織改正により従来行ってきた当所主催の「東北ブロック水産業関係試験研究推進会議増養殖部会」は、「海区水産業研究部会」のような名称に変更することが必要となる。また、瀬戸内海区水研は環境保全に関する全国会議を設立することになる。それに伴って、赤潮・貝毒もそこで扱うことを検討しており、当所で行ってきた貝毒検討会の持ち方を再検討する必要が生じている。当所としては、従来の会議の経過と必要性を考慮して、「海区水産業研究部会」(仮称)の下に「増養殖分科会」(従来の研究発表や講演を主とする)、「赤潮・貝毒研究分科会」(従来の貝毒検討会を移行する)を設けて、ブロック内の各機関との連携を図る場とすることを計画し、現在、瀬戸内海区水研と協議している。
 本件については、ある程度の見通しが得られれば、12月に開催を予定している平成10年度の増養殖部会で協議することを予定している。

(海区水産業研究部長)

海区水産業研究部職員
Toshihiro Iikura

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