東北水研海洋環境部の役割

奥田邦明


 昨年6月発生したエルニーニョは、今年に入って終息に向かい、平成10年7月現在ほぼ終息した。今世紀最大級規模とのことで、インドネシアの干ばつに関するテレビや新聞の報道は、記憶に新しい。エルニーニョが赤道域だけでなく、世界中の気象や海況に大きな影響を及ぼすことは、既に一般の人々にもよく知られるところとなっており、漁況や海況に例年と違った特徴が現れると、漁業者やマスコミ等各方面から、「・・・・は、エルニーニョの影響では?」、という趣旨の問い合わせがあった。しかし、エルニーニョと東北沖で実際に起こっている具体的な海況・漁況とのつながりとなると、確実なことは、ほとんど分かっていない。せっかくご質問をいただいても、的確な回答ができず、ご迷惑をおかけすることが多く、自分自身も大変歯がゆい思いをした。30数年にわたって漁海況予報事業や海況変動と漁況、資源の生態との関係に関する多くの研究が行われてきたが、具体的な現象に際して、因果関係を明確に特定できる確たる知見は極めて少なく、この状況が気象/海洋環境変動と資源あるいは漁業との関係が、いかに根の深い、解決が困難な課題であるかを物語っている。
 この6月、米国海洋大気局(NOAA)海洋漁業部オックスフォード研究所長のPaul Kilho Park博士が来所され、東北水研で講演をして下さった。資源変動に関わる海洋環境研究の最先端のトピックスを主たる内容とした大変有意義なご講演であった。その中で、特に印象に残っているのは、以下の趣旨のご指摘である。「これからの資源変動研究は、気候変動に関する理解を抜きにしては、あり得ない。また、気候/海洋長期変動と資源の関係を研究するにあたって、この東北沖海域ほどそれに適した海域はない。気候変動に関係した海洋変動のシグナル、動植物プランクトンや資源の変動のシグナルが他海域に比べて格段に大きい。そのうえ、水産関係試験研究機関を中心として、長年にわたる海洋環境から魚類にいたるデータの蓄積がある。このように恵まれた海域は、世界中のどこにもない。」これからの資源研究における海洋環境研究の重要性と、東北沖の混合域における海洋環境と生物生産に関する研究を担当している東北水研海洋環境部の責任の重さを改めて痛感させられた。
 現在、Parkさんのご指摘とほぼ同じ考えに基づいて、東北沖海域を主たるフィールドとした、気候変動機構や海洋環境と資源変動との関係の解明を目的とした、重要な二つのプロジェクトが動いている。いずれも平成9年度にスタートし、今年度、2年目を迎えている。ひとつは、科学技術振興調整費総合研究「北太平洋亜寒帯循環と気候変動に関する国際共同研究」である。東北水研は、10年から数10年の時間スケールで起こる海洋長期変動と密接に関係していると考えられている、混合域とその周辺で形成されている北太平洋中層水の形成と変動機構に関する研究を担当している。いまひとつは、農林水産技術会議一般別枠研究「太平洋沖合域における環境変動が漁業資源に及ぼす影響の解明」で、海洋環境変動が餌料プランクトン生産を通して、サンマとスケトウダラの資源に影響するプロセスと予測に関する研究を行っている。いずれも、それぞれの分野における最先端の研究問題を対象としており、世界各国で行われている研究との厳しい競争のなかで、東北水研が国際貢献の役割を果たし、同時に、TAC体制の下で海洋環境部がその役割を十分に果たして行くための体力を養ってゆくうえで、大変重要なプロジェクトである。2年目を迎えるこれら二つのプロジェクトを軌道に乗せることが、東北水研海洋環境部の今年度の最も重要な課題であると考えている。
 水産庁は、平成10年10月1日に水産庁研究所の大幅な組織の改定を予定しているが、東北水研海洋環境部は、海洋動態研、生物環境研、高次生産研の、それぞれ物理環境、餌料プランクトン生産、魚類生産を担当する3研究室からなる「混合域海洋環境部」として強化・新設されることになっている。海洋の物理環境から資源生産にいたる一貫した研究を実施する組織上の枠組みが整うことになる。上で述べた重要なプロジェクト等を各研究室が協力して効果的に推進するなかで、混合域海洋環境部を、Parkさんのご指摘にあったように、世界中が注目している混合域で進行している海洋環境変動と資源変動過程に関する研究を、真に担える研究部に育てて行かねばならないと考えている。
(海洋環境部長)

Kuniaki Okuda

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