オキアミの現存量算出の試み

−2つのアプローチ−

瀧 憲司


 ツノナシオキアミ(Euphausia pacifica HANSEN)は、北太平洋の亜寒帯水域から移行帯水域にかけて広く分布する主要な動物プランクトンの一つです。本種は毎年春先になると三陸・常磐沿岸域で濃密な群れを形成するため、抄網や船曳網によって漁獲され、養殖用餌料や遊漁の撒き餌用として利用されています。その年間漁獲量は近年6〜7万トン,総水揚げ金額は30〜40億円を推移しており、東北海域における重要な漁業対象種となっています。また、本海域に生息する魚類、鯨類及び海鳥類の餌生物として生態系の重要な部分を担っており、低次生産からこれら高次生産に至るエネルギ−循環を解明するための鍵種の一つとしても注目されています。そのため、本種の分布、現存量及び生活史の解明が重要視されています。
 このような背景から、当漁場生産研究室は1991年度末にオキアミ資源研究チ−ムを発足させ、東北大学、東京大学、東北ブロックの各県水産試験場との調査研究の協力体制を構築しました。これにより、1992年度から毎年オキアミ資源研究会議が開催され、その年の漁況の検討及びとりまとめ、調査・研究の紹介及び調査研究計画の打ち合わせ等を行っています。
 1997年度の会議は第6回目に当たり、11月26、27日に青森県教育会館で開かれ、各機関の間で活発な討議が行われました。本会議では7題のオキアミの研究が紹介され、そのうち2題はオキアミの現存量推定についての話題が提供されました。一つは海洋水産資源開発センタ−の宮下和士氏等による計量魚探を用いた春季の三陸・常磐沿岸域における分布及び現存量の推定法(魚探法)について、もう一つは筆者によるオキアミ卵を用いた春季の東北近海におけるオキアミ現存量の推定法(卵数法)についての報告でした。
 これまで、三陸・常磐沿岸域における本種の分布生態に関しては定性的な知見が蓄積されつつありますが、ネット採集による標本から遊泳力のあるオキアミを直接計数して現存量を算出する方法が主流であるため、定量的な知見があまり蓄積されていません。
 春季の三陸・常磐沿岸域はツノナシオキアミが優占し、しばしば単一種で群れを形成するため、音響的手法による種判別が比較的簡単に行われるフィ−ルドです。それと同時に活発な産卵が行われるため,オキアミ卵が広範囲に分布し高い確率でネットに採集されるフィ−ルドでもあります。上記の2つの解析手法はこのような特徴を活かして、現存量推定法開発への可能性を探ったものです。
 本報告では両アプロ−チによる方法、結果、問題点及び今後の課題について紹介します。なお、筆者の卵数法による解析については、会議の場では東北近海の沿岸定線観測範囲を対象としましたが、本報告では宮下氏等の魚探法による解析の対象とした調査範囲を対象として解析し、両方法における推定結果を比較検討しました。

1.魚探法による推定
 本推定は、東北水研の調査船若鷹丸による平成9年度第一次航海中(1997年4月15〜25日)に得られた音響デ−タを基に行われました。本調査では三陸沿岸〜常磐沿岸の海深100〜300mにジグザグの定線を設けて(図1)、本船に搭載している積分式計量魚群探知機(カイジョ−製KFC2000)によるオキアミ群の計量を行いました。本魚群探知機のシステムは4周波(38,70,120,200kHz)の同時計測が可能でビ−ム幅も全周波数で統一されているため、ほぼ同一条件での周波数比較が可能です。本調査では4周波のうち38kHzと120kHzの2周波のみでデ−タの収録を行いました。音響デ−タは全て水平方向に対して0.1マイル平均で積分を行い、鉛直方向に対して10m毎に積分したSV(体積後方散乱強度)を大セル、1m毎に積分したSVを小セルとして、同じMOディスクにそれぞれ独立したファイルとして記録しました。なお、今回の解析には小セルを使用しました。
 図2にツノナシオキアミ群と考えられるエコ−グラムのハ−ドコピ−を示しております。三陸沿岸から常磐沿岸域のエコ−グラムのパタ−ンはこの図に示されるように38kHz<120kHzの場合と、38kHz≒120kHzの場合の2通りに分別できました。中層に存在する38kHz<120kHzの場合の群れをねらって3回にわたって中層トロ−ルを曳網したところ、いずれもツノナシオキアミのみが採集され、この反応はほぼツノナシオキアミの群によるものと考えられました。なお、38kHz≒120kHzの場合の魚種確認は行っていませんが、経験的にスケトウダラであったと考えられています。
 音響デ−タの解析にはエコ−積分2次処理ソフトのEI2nd(シ−ズラボ製)を使用して行いました。このソフト上において、ツノナシオキアミのSVデ−タを周波数特性を利用して選別し、その単位面積当たりの個体数を算出するためのSA(面積散乱強度)デ−タを収集しました。ツノナシオキアミの判別には、動物プランクトンの理論散乱モデルから2周波のSV差(ΔSV=SV120−SV38)が10dB<ΔSV<15dBの条件のものをツノナシオキアミとみなしました。それぞれの測点間の平均SAを算出した後、以下の関係を利用して測点間の平均現存量(湿重量換算)を推定しました(図3(a))。

SA=n×TS


 なお、nは単位海表面当たり個体数、TSはタ−ゲットストレングスを示します。また、この場合のTSは対象物を球と仮定したハイパス球モデルによって求めました。この結果、推定現存量はSt.23〜St.28で多く、St.16〜21とSt.29〜St.32で少ない傾向がみられました。

2.卵数法による推定 
 本推定は、図1の各測点においてノルパックネットの海深150mから表面までの鉛直曳き及び新稚魚ネットの海底付近から表面までの傾斜曳きによって採集された標本を用いて行われました。各測点におけるオキアミ現存量()はこの結果得られた実測値と本種の産卵に関する既往の文献値を別記の式にあてはめて推定しました。
 なお、は各体長階級(j=km)の出現頻度割合を加重した平均湿重量、αは放卵から孵化までの経過時間の1日当たり回転数、は1m2当たりの卵数、sは卵の生残率、は出現個体数の比率、γは雌の比率(雌/(雌+雄))、δは雌1個体当たり1日当たりの産卵回数、φは雌1個体当たりの1回の産卵数です。このうちα、δ及びφは日本海や米国西海岸において本種の産卵盛期中に行われた飼育実験で得られた値を代用しました。なお、卵の発生過程に関する情報がないため、卵死亡がなく=1と仮定しました。また、産卵深度に関する情報がないためノルパックネットの曳網深度(150m以浅)で全て孵化すると仮定しました。
 この結果、推定値はSt.10、21及び28で多く、St.16とSt.29〜32で少ない傾向がみられました(図3(b)の実線)。なお、卵死亡と海深150m以深の卵の存在を考慮すると、これらの推定値以上の現存量が見積もられます。

3.両推定法の比較及び今後の課題
 魚探法による各測点の推定値と卵数法によるそれを比較すると、両推定値とも水温・塩分のフロント近傍の冷水側に位置するSt.27、28付近(図3(c))に高い値が得られ、暖水側のSt.29〜32では低い値が得られました。しかし、卵数法による推定ではこれ以外にもSt.10とSt.21において高い値が得られました。両推定法を図3(b)の破線で示した新稚魚ネットによる1u当たりの採集量と比較すると、この変動パタ−ンは魚探法による推定値の変動パタ−ンとよく似ていましたが、卵数法による推定値の変動パタ−ンとは異なっていました。一方、図3(c)と比較すると、卵数法による推定値はフロントより冷水側において水温・塩分がやや高い値(水温7.2〜7.8℃及び塩分33.7〜34.0PSU)を示す測点で高い値を示す傾向がみられました。図には示していませんが、卵そのものの分布量も卵数法による推定値と同様な変動パタ−ンを示すため、当時の産卵活動は水温・塩分等環境条件に大きく左右されていた可能性があります。したがって、上に挙げた卵数法の式には環境情報が含まれていないため、環境条件がほぼ均一な狭い範囲におけるこの方法の適用は適切でないと考えられます。
 次に、図1の全航跡範囲における現存量を両方法を用いて試算しました。その結果、卵数法で得られた推定値は魚探法の推定値の58%に相当しました。しかし、両方法ともパラメタの情報が不足しているためどちらが真の値に近いのか現段階では判断できません。魚探法の場合重要な問題の一つとして対象物の遊泳姿勢があります。今回は対象物を球と仮定したハイパス球モデルを用いましたが、姿勢変動を考慮した理論散乱モデルの導入を検討する必要があります。また、卵数法の産卵に関するパラメタについては今回他海域のデ−タを引用しましたが、三陸・常磐近海の物理環境特性を考慮した産卵生態や卵の発生過程に関する情報を蓄積していく必要があります。さらに、既存のネット調査及び計量魚探調査から得られるデ−タを基に卵や成体の分布特性を解析し、両推定法に適ったサ−ベイデザインを構築していく必要があります。
 本種の量的把握に関する研究は、今回紹介した2つのアプロ−チ以外に、児玉純一氏(元宮城県水産研究開発センタ−、現在宮城県庁)によって金華山周辺海域における底魚類による被食量の推定が行われています。また、遠藤宜成東北大学助教授によって「しんかい2000」による目視観察からオキアミ底付き群の形成規模や群内密度の推定が行われています。これらの結果は第2回及び第6回オキアミ資源研究会議報告書にまとめられています。今後、既存のデ−タ解析とともに曳航式ビデオシステムを用いた新たな解析手法の導入を図り、精度の高いオキアミの現存量、生産量及びエネルギ−循環量の算出をめざしていきたいと考えています。さらに得られた成果については、本種の漁場形成機構解明やTAC対象魚種を中心とした高次生産者の資源変動解明に反映させていきたいと考えています。

(資源管理部 漁場生産研究室)

Kenji Taki

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