農林水産省プロジェクト「太平洋漁業資源」始まる

奥田邦明


 農林水産技術会議一般別枠研究「太平洋沖合域における環境変動が漁業資源に及ぼす影響の解明」(略称「太平洋漁業資源」)が平成9年から14年までの6年の計画で始まった。水産単独の一般別枠研究は「さけ・ます」以来,20年振りとのことである。この快挙の背景には,国連海洋法条約の批准を受け本年1月より始まった,漁獲可能量(TAC)の設定に基づく漁業管理のための科学的基礎を一刻も早く確立する必要があるという,水産における強い行政ニーズとそれに対する技術会議関係者の理解があったものと思われる。
 また,研究の現場では,最近の気候変動に関する研究の進展に伴い,漁業資源の変動が気候変動/海洋長期変動と密接に関係していることが指摘されるようになり,資源変動と気候/海洋長期変動の関係の解明が資源変動機構の理解において極めて重要かつ魅力的な研究問題としてクローズアップされていた。国際的には,地球規模の海洋生態系の動態に関する国際共同研究GLOBECが設立され,PICESにおいても北太平洋をフィールドとするGLOBECに対応する国際共同研究計画が提案されており,それに対する我が国の貢献が強く求められていた。本研究は,このように,資源管理の効果的な推進と資源・海洋研究における最前線の研究問題への対応という,行政と研究現場双方の大きな期待を担って始まったプロジェクトである。
 本格的な200海里体制を迎え,それに的確に対応するための研究体制の強化が求められているが,本プロジェクトは,200海里体制のもとでの水産研究所における資源・海洋研究の重点化方向を,具体的な研究上の取り組みを通して見定め,定着させてゆく上でも大きな意義を持つものと考えられる。
研究の概要
 本研究では,黒潮域から親潮域に至る北太平洋北西海域をフィールドとして,同海域の海洋環境変動がサンマとスケトウダラ資源に影響する機構の解明と資源変動予測モデルの開発を行う。研究担当機関は,北水研,東北水研(主査場所),中央水研,遠洋水研,水産大学校,北大水産学部,東北大農学部の7機関で,研究実施期間は平成9年から14年までの6年間の予定で,3年を経過した時点で研究の進捗状況をふまえて課題の組み替え等の中間見直しが行われることになっている。
 サンマとスケトウダラは,いうまでもなく東北・北海道の地域産業を支える極めて重要な魚種である。サンマは,本州から北海道の沖合の広い海域に分布する浮魚で,黒潮域及び東北沖の混合域で,ほとんど1年を通して産卵し,親潮域に索餌回遊する。寿命は,1−2歳と短く,資源量は,顕著な卓越年級群の発生により短期的に大きく変動するが,長期的には比較的安定している。一方,スケトウダラは,北太平洋とその縁辺海の亜寒帯水域に広く分布する15歳程度の寿命を持つ底魚である。底魚類に分類されているが,発育,生活史のある段階では表・中層に生息し,広い範囲に移動する。本研究で対象とする北海道周辺海域を主たる生息域とする資源は,12月〜4月の産卵期に北海道の沿岸域に近づき産卵する。表層で孵化し,仔稚魚期を沿岸域の表層で過ごした後,成長とともに沖合そして深層に移動する。資源量は長期的に変動し,特に近年における減少が著しい。
 本研究では,このようなサンマとスケトウダラの生態的特性をふまえ,海洋環境がそれぞれの資源の再生産に及ぼすメカニズムの解明と資源変動予測技術の開発を図る。海洋環境の影響のうち,本研究で特に着目するのは,餌料生物生産を通しての影響である。図1に示すように,海洋物理環境変動,一次生産,動物プランクトン生産,餌を巡る競合等生物生産の重要な過程を,サンマとスケトウダラの発育段階や生活史と関連づけて解明する一方,モデル開発研究を通して,生物生産に係わる各要素の役割と相互関係を明らかにする。サンマとスケトウダラの生態的特性の相違を反映して,海洋環境の影響の仕方も両者で大きく異なると予想される。本研究では,サンマとスケトウダラの2魚種に限定して研究を行うが,それぞれに関する研究成果及び両者の相互比較は,他の沿岸・沖合の漁業資源の研究にも役立つ資源と海洋環境との関係に関する多くの科学的理解をもたらすものと期待される。
 本研究の大きな特徴は,それが,モデル開発を中心に据えた研究であるという点である。図1のフローに示すように,一次生産,動物プランクトン生産及びサンマ・スケトウダラの各段階ごとにモデル開発を担当する課題が配置されている。また,観測・実験課題においても,モデル開発を共通の目標として,モデル開発への貢献のための戦略的な調査研究の実施とモデル作成に必要な情報の提供が求められている。このような設計となった背景には,資源変動予測技術開発の緊急性・重要性であるが,同時に物理・一次生産モデルの急速な発展と衛星計測や動物プランクトン計測・解析技術の進歩のもとで,モデル開発とその検証・改善に必要なパラメータとデータセットを獲得することが可能であるという状況判断があった。また,現時点では,海洋物理環境から高次生物に至る必要な生物要素の全てを取り込んだ生態系モデルの開発は,非現実的であるとの認識があって,本研究では,図1に示すように,各段階ごとにモデルの開発を行い,各要素・プロセスの生物生産に果たす役割を観測結果により検証しながら,成果を最終的な出口であるサンマ・スケトウダラの個体群動態モデルに反映させるという方法を選択した。
 観測とモデルは車の両輪であって,今後の資源・海洋研究の発展には両者のフィードバックが不可欠である。本研究の成果が「我が国周辺漁業資源調査」等水産庁事業における観測網の設計に活かされ,整備された観測網による効果的なデータ収集がモデルの改善を促し,それが漁獲可能量の算定精度の飛躍的な向上に繋がってゆくことを期待したい。

今後の研究運営
 研究開始に先立って,3月21日に技術会議主催の研究設計会議が東北水研で開催された。各担当課題ごとの研究内容の技術的な問題点,モデル開発に向けて補強すべき点等について率直な意見交換があった。いくつかの重要な対応策が決定され,大変有意義な会議であった。出席された研究開発課長からも“設計会議”と呼ぶにふさわしい大変よい会議であったとの感想をいただいた。会場となった東北水研の会議室が大変狭く,肩が触れ合い顔をつきあわせる机の配置で,形式的な一方通行の会議になりにくい環境であったことが幸いしたのかもしれない。
 信頼できるモデルの開発のためには,重要なプロセスを抜かりなく研究することが必要であるが,研究設計会議では,特に動物プランクトン生産や資源に関する課題の手薄さ等の弱点が指摘された。そのため,いくつかの課題においては,当初予定していた守備範囲を拡大して対応してもらうこと,資源関係課題の強化のため,課題内容の調整と組み替えを行うこと,有力な他機関/研究者との研究協力の強化を図ること等の対策が決められた。今後,抜かっている研究問題への適切な対応を図ると同時に,研究進捗状況を見定めながら,モデル開発に向けて,より本質的な研究問題に重点化を図ることが必要と思われる。また,資源変動予測モデルの開発には,モデル課題と関連する観測課題及び各栄養段階のモデル課題相互間の緊密な連携が必要であるが,新たなチーム編成による共同作業等,効果的な連携をどのように実現してゆくのかが,今後の重要な課題として残された。これらについては,今後研究担当者の方々からのご提案をいただきながら,適切な運営に努力してゆきたい。
 プロジェクト開始早々,プロジェクト推進に大きく影響する事件が発生した。6月30日のADEOS(みどり)の”急逝”である。みどりの水色センサー(OCTS)を一次生産過程の解明とモデル開発の切り札のひとつと期待していただけに,関係者のショックは大きい。ただ,幸いNASAから水色センサー(SeaWiFS)が打ち上げられる予定があり,これの利用を含む対応策を早急に講じる必要があると考えている。また,一次生産チームの体制の立て直しと強化のため,平成9年度研究推進会議には,この分野の専門家である東北大学川村教授及び東京大学古谷助教授に出席をお願いしようと計画している。
(海洋環境部長)

Kuniaki Okuda

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