ADCPと海況情報収集迅速化システム開発試験事業について

清水勇吾・友定 彰


はじめに
 所内・外を問わず、ADCPとは何か、ADCPを使って何がわかるのか、と尋ねられることが最近多く、また、著者がニュース委員であることもあり、ここで一つ簡単な説明をさせて戴くことになった。さらに、ADCPがメインとなる海況情報収集迅速化システム開発試験事業を東北海区においても海洋環境部が主体となって行うようになり、このことについて海洋環境部長より簡単な説明をさせて戴くことになったので、これらを以下に記していきたいと思う。
  1. ADCPとは
     ドップラー効果といえば、身近な例では、救急車のサイレンの音が、救急車が近づいてくるときと遠ざかるときで、私たちには違って聞こえることなどが挙げられよう。
     ADCP (Acoustic Doppler Current Profiler;ドップラー流速計)は、音波のドップラー効果を利用して水の流速を直接測ることができる器械である。船底取付式のADCPの原理は、およそ次のようなものである(図1)。船底に取り付けられた音波発信機より、ある周波数の音波を発信すると、音波は海中の浮遊物に散乱し、一部は船に戻ってくるが、水に流れがあったり船が走っていればドップラー効果により変調して、もとの周波数とは異なる音波が戻ってくる。この周波数の違い(ドップラーシフト)の大きさを測ることで流速が計算できるのである。

  2. ADCPの長所、短所
     ADCPは、その原理上、音波が届く範囲で測流が可能なため、性能の良い器械であればかなりの深さまで測流できる。実際、わかたか丸のADCPは設定により800m近くまでデータが採集できる。また、器械さえ動かしておけば船が走っている間も自動観測できるので、船の航跡に沿って広範囲にデータが採集でき、数分おきに観測できるので距離分解能が高く、従来では得られなかった海洋の流れの場の直接観測のデータを少ない労力で有効に採集できる。海洋の流れの場は、海洋構造の把握だけでなく物質や卵・仔稚魚の輸送の推定にも重要であり、ADCPの今後の利用が大いに期待される。
     しかし、ADCPには改良されるべき点がある。まず、原理で説明したように、船が走っているときのドップラーシフトには当然、船速による分が含まれている。これを除くために正しい船速、船向を求めなくてはならないが、実は、これがADCPを扱う上で大きな障害となる。ADCPは普通、数分間に数十回の音波を発信し、それぞれの観測値を平均してデータを出すが、この数分間に船速、船向が変わると観測値に影響が出る(図2)。これを減らすために船をなるべく一定の速度で走らせなくてはならないが、波や風、海流のある現実の海洋においては、どうしても船の微動は避けられないのでデータ処理の段階でこれらを除く必要がある。その他、ADCPにはいろいろ改良の点が指摘されており、現在努力がなされている状態である。

  3. ADCPを用いた観測結果
     わかたか丸のADCPを用いて、1992年5月〜6月に黒潮続流域の流れの場を観測し必要な処理を施した。図3は20m深の水平流速場を示したものである。このときの海況の概略は図4の様であったが黒潮続流や親潮の南下などがよく対応しているのがわかる。また、流れの東西成分の各南北断面を示した(図5)。このように同じ黒潮続流でも位置によって流速や断面積が異なることがわかった。
     次に北海道区水産研究所調査船北光丸のADCPを用いて1992年10月に東北・道東沖を測流した。図6は6m深の水平流速場であり、10月の海況図(図7)に見られる暖水塊の時計回りの渦がはっきりと捉えられた。

  4. ADCPの今後の利用
     観測結果を見てわかるように、流れの場は実際の海洋構造をよく反映するため、ADCPはより利用されていくべきであると考えられる。しかし、現段階では、ADCPを備えていてもデータを処理するシステムやソフトが完全ではないためADCPを有効に活用している機関は少ない。とりあえずはこれらを充実させ、データが利用できるような環境をまずは構築すべきであると考えられる。

  5. 海況情報収集迅速化システム開発試験事業について
     昭和38年の異常冷水を契機として、昭和39年に始まった漁海況予報事業は次第に予算が削減され、現在ではまさに風前の灯火という感が強い。この間、水産試験場長会は、幾度も漁海況予報事業へのテコ入れを要請してきたが、30年近くも続く事業を同じ名称で規模拡大することは難しく、水産庁は手を変え品を変え漁海況関連予算の増額に努めてきた。その中の一つとして定額補助の本事業が採用され平成4〜8年度までの5ヶ年計画で施行されることになった。各ブロックの水産研究所は、それぞれのブロックで特徴のある海況情報を迅速に収集する事業の計画をし、ブロックに属する水産試験場はその計画に基づき本事業を実施することになった。
     平成4年度に日本海ブロックがこの事業を開始し、5年度から全国規模に拡大された。東北ブロックでは海流測定の必要性を以前から提唱してきており、この機会に各水産試験場のADCPのシステムを整備することとした。去る6月25日に第1回の海域検討会が東北区水産研究所会議室にて行われたが、平成5年度は、データ収集に必要なハードを整備した後、そのテスト運用として10、50、100m深の海流データを収集することがこの会で申し合わされた。また、平成6年度以降は沿岸定線観測、サンマ漁期前調査などで本格的にデータを収集し東北海区の水温場と流れとの関係を明らかにする方向で本事業に取り組むことになった。
     本事業を通じて、東北海区の流れの場をADCPにより直接測定することで数々の興味深い点が明らかにされると思われる。例えば、黒潮続流は温度勾配が大きく流速も速いが、同じく温度勾配の大きい親潮前線付近の流れは、黒潮続流よりもかなり小さいかもしれず、それらの構造の差を明らかにすることができるかもしれない。また、混合域の中にモザイク状に分布する暖・冷水渦の流れがどのようになっているか、さらには、サンマ・イワシ・サバなどの漁場と流速場との関係、なども明らかにできるかもしれない。このように、単に海洋物理学のみならず水産業の発展に寄与することが大いに期待される。

(清水:海洋環境部海洋動態研究室)
(友定:海洋環境部長)

Yugo Shimizu
Akira Tomosada

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