仙台湾の物理環境

村上眞裕美


はじめに


 本報告は平成3年度科学技術振興調整費による重点基礎研究「冷水域における資源培養技術開発のための有用カレイ類の生活史戦略の解明に関する研究」の一環として、研究対象海域である仙台湾の物理的な環境を整理し概観することを目的として書かれたものである。第1〜4節は、日本全国沿岸海洋誌(日本海洋学会沿岸海洋研究部会編)の第7章仙台湾 T地質(p253ー262)、U物理(p263ー271)から抜粋し加筆した。また第5節は「北方冷水域における生物群集の生産に関する総合的研究(J.IBP.PM 仙台湾研究班)」の各報告書の中から工藤の研究を中心にまとめた。いわば「レヴューのレヴュー」であり、仙台湾の物理的イメージをごく大ざっぱに掴むのに役立つのではないかと考えて、ニュースに掲載して頂くことにした。
 仙台湾の最大の特徴は、開放性が高く、河川系水、親潮系水、津軽暖流系水、黒潮系水が多様な形態で湾内水を構成する可能性があるということである。さらに陸地(河川水流入)、大気、外洋との関連によって物理的な環境(流動場、水温、塩分等)がきわめて短時間に変化しうるということも挙げられる。閉鎖的あるいは半閉鎖的な内湾では、固有の湾内水が比較的安定して存在することが多く、この点で仙台湾はいわゆる内湾とは大きく異なっている。
  1. 海域の概要ー地形と境界条件
    1. 地形
       仙台湾の範囲は、一般には宮城県の牡鹿半島南端と福島県の鵜ノ尾岬を結ぶ線によって囲まれる海域を指す(図1)。水深は80m以浅で大部分は50m以浅、表面積は約1.9x109m2、容積は約5.7x1010m3である。湾の形状は湾口部の長さ約55kmに対して奥行きが約25kmと浅く、開放性が高い。
    2. 流入河川
       仙台湾に流入する主要河川は、仙北平野の北上川・鳴瀬川、仙南平野の阿武隈川・名取川・七北田川の5つである(表1)。このうち特に北上川、次いで阿武隈川の流量が多い。5河川合計の年間総流量は約1.8x1010ton(5.8x102m3sec-1)で、利根川の約2倍、石狩川と同程度である。
       河川流量の季節変化をみると、融雪期の4月(約8x102m3sec-1)、梅雨期の7月(6.5x102m3sec-1)、台風や秋雨期の9月(6.5x102m3sec-1)が多く、冬の渇水期の12〜3月(約3.9x102m3sec-1)に比べて2.0〜2.5倍になっている(図2)。
    3. 降水と蒸発
       図2の様に、降水量は7〜9月に多く12〜2月に少なく、蒸発量は10〜11月に多く6〜7月に少ない。いずれも仙台湾への淡水供給としては、河川流量より1桁小さい値である。

    4.  仙台における毎月の平均風速と最多風向を図2上部に示した。10〜2月には北〜西北西の季節風が卓越し、5〜9月には南〜南東の風が多い。月平均風速は2〜3msec-1で、3〜4月と8月にピークがみられる。出現頻度では0.3〜4.9msec-1が54%でもっとも多く、次いで5.0〜9.9msec-1が28%、無風が12%、10.0〜14.9msec-1が5.5%であった。15msec-1以上の強風は1年間に20回程度観測され年最大風速は約30msec-1である。
    5. 海面加熱・冷却
       海面における熱収支を図3に示した。総量Hでみると3〜8月は加熱で5、7月にピークが現れ、9〜2月は冷却で12月にピークがみられる。年平均すると冷却、即ち海洋から大気へと熱が運ばれている。
  2. 波動
    1. 波浪
       波向は南東〜南南東方向が全体の86%を占めている。波高の出現率については0.50〜0.99mが全体の52%を占めており、とくに0.60〜0.70mの出現頻度が高い(図4)。季節的には0.50m以下の低波高は寒候期(北〜西寄りの風が多い)に、高波高は暖候期(南〜南東寄りの風が多い)に多く出現する。台風期や厳冬期には3m以上の高波もみられ、1972年9月の台風時に新仙台港で11.4mの波高が観測されている。
    2. 潮汐
       仙台湾の大潮差は0.94〜1.04mで、潮時は万石浦を除けばほぼ同位相(ずれの最大が20分程度)である。日周潮と半日周潮では半日周潮がやや優勢な混合潮形態である。
  3. 水温・塩分・透明度の分布と時間変化
    1. 水温・塩分
       図5に北上川河口から南へ38゚Nまでの縦断面における冬季(1月)と夏季(7月)の水温・塩分分布を示した。冬季は海面冷却と季節風の影響で上下混合が盛んなため等値線はほぼ鉛直に立っている。これに対して夏季は海面加熱と河川流量の増大に伴い成層が発達し、等値線は水平に近くなる。図6は表層における水温・塩分の水平分布である。2月には水温・塩分共湾内でほぼ一様であるが、8月には岸寄りに高温・低塩分、沖側に低温・高塩分の水が分布し、冬季に比べて水温・塩分共に水平勾配が大きい。
       湾内を8つの海区(図7)に分け、その内の4海区について水温・塩分の経月変化を図8に示した。水温は3月に最低(0m層水温はA、E海区で6℃、C、H海区で7℃)、8月にほぼ最高(0m層水温はA海区で24℃、C、E海区で23℃、H海区で22℃)となる。ただしE海区の10、20m層とH海区の10〜30m層では9月に、E海区の30m層では10月に最高水温がみられる。4海区とも4〜9月には成層、10〜3月にはA海区で温度逆転、その他の3海区では鉛直一様となっている。成層が最も強いのは7〜8月で、その時の0m層と下層(A海区は10m層、他の3海区は30m層)の水温差は5〜8℃である。 
       塩分は各海区とも7月に最小、12〜2月に最大となる。北上川河口部を含むA海区では通年成層している。C海区では4〜9月に成層、10〜3月に鉛直一様、E海区では4〜10月に成層、11〜3月に鉛直一様、H海区では5〜7月に成層、8〜4月に鉛直一様である。
    2. 透明度
       図9は冬季(1月)と夏季(7月)の透明度の水平分布である。いずれの時期も湾奥部で低く沖合に向かって高くなっている。図7に示した8海区における透明度の経月変化(図10)では、全体的に3〜5月に低く9月と12〜1月に高い。春季に透明度が低くなる原因としては、季節風によって冬季間に浅海域で巻き上げられた浮泥がこの時期に湾全域に分散すること、融雪により河川水量が増大し懸濁物が流入すること、植物プランクトンのブルーミング期であることが考えられる。一方9月に高くなるのは、春〜夏季に形成された沿岸系水の分布範囲が縮小し沖合の黒潮系水が湾内に流入することによる。
  4. 流動場
    1. 内湾域(松島湾、万石浦、鳥ノ海)
       内湾域では潮流成分(半日周潮流と日周潮流)が卓越している(図11右図)。流速は水道部で大きく、松島湾の水道部では大潮時に表層で最大100cm sec-1に達するが、断面平均すれば最大10〜30cm sec-1程度である。万石浦や鳥ノ海の水道部では大潮時の最大流速は130cm sec-1、断面平均で約80cm sec-1である。
       内湾域では潮流楕円は長軸長のみ長く、ほぼ全域で直線的な往復運動が行われていると考えられる。また短周期成分(1/3日周潮流以下)は非常に小さい。
       恒流成分については0.5〜10.0cm sec-1で多くは3.0cm sec-1前後である。
    2. 外海域(仙台湾)
       仙台湾における流向は時期と場所により一定していないが、3〜10日程度の間隔で流向が反転したり、上層と下層で流向が異なる例が多い。その中で福島県地先では南流が、名取川河口から松島湾沖では北流がそれぞれやや卓越している。流速については、上層(2m層付近)で25〜35cm sec-1、下層(10m層付近)で15cm sec-1前後の場合が多いが、上層で50cm sec-1、下層で30cm sec-1程度の強い流れも珍しくはない。
       図11左図で、エネルギースペクトルのピークが半日あるいは1日の周期に現れず、潮流成分がより長周期の流れに比べて小さいことがわかる。このことは主要4分潮(M2,S2,K1,O1)の振幅の合計が5.6〜9.6cm sec-1であることからもいえる。
  5. 沖合水流入と沿岸水流入の形態
     本節では1967〜1973年に実施された仙台湾IBP調査で明らかになった仙台湾への隣接沖合水の流入形態について述べる。この調査が行われたのは長期的にみて東北海区が高温傾向にあった時期である。その点では1989年以降現在までの状況と似ている。
     仙台湾およびその隣接海域には、河川水の影響を受けた沿岸系水、親潮系水、黒潮系水、津軽暖流系水、およびそれらの混合水が存在する可能性がある。ここでは塩分値に基づいて表2の様に水塊を区分した。津軽暖流系水は塩分値34.0〜34.2で、塩分値からは(もちろん水温値からも)黒潮系混合水と区別できないためここでは議論の対象としなかった。換言すれば以下の記述で「黒潮系混合水」や「混合水」には津軽暖流系の水も含まれている可能性があるということである。
     湾内への沖合水流入と沿岸水流出は大きく4つの型に分けられる(図12)。表3にはIBPで得られた全部で28の観測例をこの型に分類し示した。
     (a)は東方からの流入で、流入する水塊は様々である。この場合沿岸水は湾南西部または湾南部中央より西側から流出する。
     (b)は南東方からの流入で、黒潮系暖水が優勢でかつ金華山付近に沿岸南下流が認められる場合が多い。流入する水塊は混合水が多く、黒潮系混合水、黒潮系暖水もみられる一方、親潮系水や親潮系混合水の観測例はない。北上川系沿岸水は一部が北東へ流出し、残りは阿武隈川系沿岸水と共に南西方向へ流出する。
     (c)は南方からの流入で湾北部に離岸流がみられる。冬季については北西の季節風に伴う吹送流が離岸流を駆動しこれを補う形で湾外南方の水塊が流入したものと考えられるが、他の季節については明らかでない。流入する水塊は混合水、黒潮系暖水である。沿岸水は湾北東部から流出している。
     (d)は複数方向からの流入で、6〜8月の成層期または仙台湾近海の海況が複雑な場合にみられる。上層では南方から、中・下層では北東〜東方から流入する場合が多い。流入する水塊は上層では沿岸系水が、中・下層では混合水、親潮系混合水、親潮系水が多い。沿岸水の流出方向は北東、南西の他湾中央からの場合もあり様々である。
     全体としては南方〜南東方から流入する場合(タイプbとc)が多く、流入する水塊は混合水や黒潮系混合水が多かった。但しいつでもそうなのか、長期的にみて東北海区が高温傾向(黒潮系暖水が強勢)の時期には共通していることなのか、あるいはIBP調査の行われた期間だけのことなのかについては検討を要する。
     湾内表層の流れを調べるためラジオブイの放流追跡観測を行った。観測は1971〜1972年に8回行われたが、その中には風速10msec-1以上の強風のため、途中で打ち切られたものもある。ブイの移動速度は弱風(2〜5msec-1)下では0.1〜0.9knotであった。図13aは1971年8月の観測結果で、ブイはほぼ反時計回りに移動している。このときの流入の型はb(南東方流入型)であった。一方図13bは1972年8月のもので時計回りの流れが認められる。このときの流入の型はc(南方流入型)であった。時計回りのブイの移動は1972年6月と11月にも観測されている。全体として流入の型がa、bタイプの場合は反時計回り、cタイプおよびdタイプの多くの場合は時計回りの流れが表層に形成されている。なお図10ではブイの移動距離は大きいが、直径5海里程度の小さな円内を移動するにとどまった例(1972年4月)もあったことを付記する。

(海洋環境部海洋動態研究室)

micky@nrifs.affrc.go.jp(Mayumi Murakami)

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