稲田伊史 1)
川原重幸 2)
永井達樹 3)
次に調査計画の具体的な内容を紹介する。
1 | 海上調査 | |
(1) | 調査対象海域:図1に示したようにトルコをとりまくマルマラ海とエーゲ海及び地中海の水深20m〜500mである。調査対象海域の面積は約 52,000平方キロメートルで、これは北日本の大陸棚の面積(約 53,000平方キロメートル)にほぼ匹敵する。黒海についてはNATOが1990年7月から1992年7月にかけてトロールによる底魚資源調査を日本側調査と同様の方法(但し、調査時期は春と秋に各々2回)実施しているので除外した。 | |
(2) | 調査点の選定方法:今回のトロール調査は層化無作為抽出法に基づく。すなわち、層化は3つの水深帯(20〜100m、100〜200m、200〜500m)と緯・経度で5つの中海域(マルマラ海、北部エーゲ海、南部エーゲ海、西部地中海、東部地中海)に区分し、合計15の層に分ける。1回の調査期間は約2ヶ月でトロール調査点は170点を原則とし、各層の面積に比例して調査点を配分する。(平均305平方キロメートル/点)。但し、商業船は現在、水深200m以浅で主に操業しており、200m以浅の調査の重要性を考慮して、200m以深は原則として200m以浅の配分率の1/ 2として、各々の層ではトロール調査点をランダムに選ぶ。 | |
(3) | 曳網方法:オッタートロール漁法により日中(日出〜日没)に行う。曳網速度は2〜3ノットの範囲の一定速度とする。曳網時間は各調査点で 30分(網の着底から巻き上げ開始まで)とする。漁網監視装置として日本では通常ネットゾンデを用いているが、トルコではこのゾンデを使用していないためスキャンマーの水深センサーでモニターする。掃海面積はトロール網の袖先間隔と曳網距離から計算するが、曳網中の袖先間隔はスキャンマーの間隔センサーにより計測する。今回使用する調査船のトロール漁具の規模が商業船にくらべて小さく、かつ軽いため漁獲効率が低い点に問題があろう。 | |
(4) | 漁獲物の計数・計量:1網ごとに魚種別の計数と計量を行う。 | |
(5) | 生物調査:主要魚種(トルコ側と協議して決定したメルルーサ・タイ・ハタ・ヒメジ類等の17種)については、少なくとも 100尾の体長測定を穿孔方式で行い、測定標本の重量も計量する。さらに少なくとも 20尾については個体ごとに体長・体重・性・生殖腺重量を調べ、胃内容物の観察及び年齢形質(鱗または耳石)を採取する。 | |
(6) | 海洋観測:各調査点でCTDを用いて底層までの水温・塩分を観測する。 | |
(7) | 網目選択試験:主要魚種の 50%選択体長が推定できるように、3種類のコッドエンド(70 ,90, 110mm)を用いてカバーネット方式で実施する。コッドエンド及びカバーネットに入網した漁獲物は別々に魚種別の計数・計量を行った後、主要魚種については体長・体高・最大胴囲長等の必要項目について計測する。 | |
(8) | その他:トルコ側の希望するプランクトン・卵稚仔魚調査を可能な限り原則として夜間に実施する。 | |
2 | 陸上調査 | |
前述したようにトルコでは詳細な漁獲統計調査や生物調査が行われていない。このため、各調査期間中に各中海域の代表港(イスタンブール、チャナカレ、ボドラム、アンタルヤ、メルシン)において、漁獲量、漁具、漁期、漁場、操業実態等の情報を聞き取る。同時に主要魚種について漁獲物の体長測定を行う。 |
【所感】
1991年6月のミッションがPlan of Operation の協議のためトルコ国財務貿易庁を訪問した際に担当局次長は「日本人はやることはやってくれるので、調査に期待している。日本のこれまでの経験を活かして欲しい。」と述べ、さらに(1)トルコの水産資源をどのように管理すればよいか、(2)資源の合理的利用と開発の進めかた、(3)貿易のインバランスへの貢献の3点を指摘した。トルコ側(農林村落省)が実施する陸上調査への力の入れようや、「日本の沿岸の漁業管理を念頭に置いて、トルコでの合理的な管理を提案してほしい」との世界銀行担当者の発言からも今回の調査に対するトルコ側の期待の大きさを感じた。トルコの漁業関連の法律を見ると、トロール禁止区域や期間、漁獲禁止魚種等の他、魚種別に大きさの制限が決められている。主要漁港の岸壁には監視所があり、おそらく地方事務所の担当者がこうした規制の遵守を監督しているものと思われる。トルコでは行政庁の権限が非常に強いこともあり、漁業管理も行政的には比較的導入しやすい素地があるかもしれない。
ところで日本沿岸の底魚資源の調査研究は長い歴史をもっているが、資源の直接評価のために層化無作為抽出法を適用した調査はほとんど実施されていない。日本の資源研究が伝統的に漁業から得られる情報の解析に大きく比重をおいてきたこともあるが、調査船をこの種の調査だけに年間数ヶ月も使用できないということや研究スタッフのマンパワーなどの条件が整っていないことも一因と考えられる。調査船による底魚類の資源量調査は投入する努力量も大きいが、得られる情報は膨大かつ系統的なものである。日本の周辺においても底魚資源の調査にこの種の調査方法が積極的に導入されることを期待したい。
最後に調査計画の立案から作業監理業務の実施にあたりご支援いただいたJICA水産業技術協力室の方々、ならびに水産庁と水産研究所、在トルコ日本大使館の関係者の方々に感謝する。