トルコ共和国における底魚資源調査計画

−国際協力事業団によるプロジェクト−

稲田伊史 1)

川原重幸 2)

永井達樹 3)


 筆者らは国際協力事業団(JICA)による「トルコ国水産資源調査」に係わる作業監理委員として昨年4月の事前調査団、11月のScope of Workミッションにひき続き、1991年6月にPlan of Operationミッションとしてトルコを訪問した。調査の背景等についてはすでに南西水研ニュース45号で紹介されているので、ここでは今回のミッションによりトルコ側と最終的に合意した底魚資源調査計画の概要を紹介する。なお、この調査計画は本年6月に実施した予備調査の結果を踏まえて作成されたものである。
 このプロジェクトの期間は1991年7月から1993年3月までの2ヶ年であり、この期間中に夏・冬・春・秋の順に4回の調査を実施する。調査の基本的な構成は海上調査と陸上調査からなる。海上調査とは調査船調査で、「面積−密度法」による資源現存量及び可能漁獲量の推定を行う。海上調査の実施主体はJICA調査団(アセスメント会社)であるが、トルコのイズミールにあるドクス・エルール(Dokuz Eylul)大学海洋研究所の調査船ピリ・レイス(R/V K.Piri Reis、300トン、オッタートロール型)(写真:ドイツで建造された船で、有名な R/V Walter Harvigによく似ている)を用船して、同研究所の協力を得て実施する。余談になるが、従来のJICAによるコスタリカ、フィリピン等における水産資源調査では全て日本漁船を用船していわゆる開発調査が行われた。現地の大学の調査船を用いた科学的な調査は今回が初めてであろう。次に、陸上調査は海上調査の補完とトルコにおける漁業の実態を把握するためのもので、トルコの農林村落省(地方事務所)が実施する。日本ではほとんどの水揚げ港に卸売市場があり、漁獲量等の情報の収集は組織的に行われているが、トルコでは取り扱い量が少ないためか、大半が直接小売市場に出荷されるようである。このため大雑把な魚種別・地域別の漁獲統計はあるが、詳しい漁獲統計は見当たらない。

 次に調査計画の具体的な内容を紹介する。
 海上調査
(1) 調査対象海域:図1に示したようにトルコをとりまくマルマラ海とエーゲ海及び地中海の水深20m〜500mである。調査対象海域の面積は約 52,000平方キロメートルで、これは北日本の大陸棚の面積(約 53,000平方キロメートル)にほぼ匹敵する。黒海についてはNATOが1990年7月から1992年7月にかけてトロールによる底魚資源調査を日本側調査と同様の方法(但し、調査時期は春と秋に各々2回)実施しているので除外した。
(2) 調査点の選定方法:今回のトロール調査は層化無作為抽出法に基づく。すなわち、層化は3つの水深帯(20〜100m、100〜200m、200〜500m)と緯・経度で5つの中海域(マルマラ海、北部エーゲ海、南部エーゲ海、西部地中海、東部地中海)に区分し、合計15の層に分ける。1回の調査期間は約2ヶ月でトロール調査点は170点を原則とし、各層の面積に比例して調査点を配分する。(平均305平方キロメートル/点)。但し、商業船は現在、水深200m以浅で主に操業しており、200m以浅の調査の重要性を考慮して、200m以深は原則として200m以浅の配分率の1/ 2として、各々の層ではトロール調査点をランダムに選ぶ。
(3) 曳網方法:オッタートロール漁法により日中(日出〜日没)に行う。曳網速度は2〜3ノットの範囲の一定速度とする。曳網時間は各調査点で 30分(網の着底から巻き上げ開始まで)とする。漁網監視装置として日本では通常ネットゾンデを用いているが、トルコではこのゾンデを使用していないためスキャンマーの水深センサーでモニターする。掃海面積はトロール網の袖先間隔と曳網距離から計算するが、曳網中の袖先間隔はスキャンマーの間隔センサーにより計測する。今回使用する調査船のトロール漁具の規模が商業船にくらべて小さく、かつ軽いため漁獲効率が低い点に問題があろう。
(4) 漁獲物の計数・計量:1網ごとに魚種別の計数と計量を行う。
(5) 生物調査:主要魚種(トルコ側と協議して決定したメルルーサ・タイ・ハタ・ヒメジ類等の17種)については、少なくとも 100尾の体長測定を穿孔方式で行い、測定標本の重量も計量する。さらに少なくとも 20尾については個体ごとに体長・体重・性・生殖腺重量を調べ、胃内容物の観察及び年齢形質(鱗または耳石)を採取する。
(6) 海洋観測:各調査点でCTDを用いて底層までの水温・塩分を観測する。
(7) 網目選択試験:主要魚種の 50%選択体長が推定できるように、3種類のコッドエンド(70 ,90, 110mm)を用いてカバーネット方式で実施する。コッドエンド及びカバーネットに入網した漁獲物は別々に魚種別の計数・計量を行った後、主要魚種については体長・体高・最大胴囲長等の必要項目について計測する。
(8) その他:トルコ側の希望するプランクトン・卵稚仔魚調査を可能な限り原則として夜間に実施する。
 陸上調査
 前述したようにトルコでは詳細な漁獲統計調査や生物調査が行われていない。このため、各調査期間中に各中海域の代表港(イスタンブール、チャナカレ、ボドラム、アンタルヤ、メルシン)において、漁獲量、漁具、漁期、漁場、操業実態等の情報を聞き取る。同時に主要魚種について漁獲物の体長測定を行う。

 なお、海上調査と陸上調査で収集された資料は図2のフローチャートに示したように解析される予定である。最終報告書原案は1993年2月に作成される。報告書では調査の数字を基に潜在的な可能漁獲量を出し、当面の開発と利用について述べる。その際、前述した調査船の網が小さいことに関連し、日本が関連したベーリング海を始め、その他の水域でのトロール調査による資源量の推定値とコホート分析等による漁獲物解析や音響調査の結果を比較して、今回の調査の数字のとらえ方を述べる必要がある。また、将来トルコが独自に調査船(ピリ・レイス)と漁船との間で漁獲性能の比較試験を行うことによって、より精度の高い資源量推定を行い得ることも指摘しておく必要があろう。さらに、今後トルコが自国で定型的に行うべき調査と漁業管理の方策を日本等での経験と経過を例にして提言する必要があろう。

【所感】
 1991年6月のミッションがPlan of Operation の協議のためトルコ国財務貿易庁を訪問した際に担当局次長は「日本人はやることはやってくれるので、調査に期待している。日本のこれまでの経験を活かして欲しい。」と述べ、さらに(1)トルコの水産資源をどのように管理すればよいか、(2)資源の合理的利用と開発の進めかた、(3)貿易のインバランスへの貢献の3点を指摘した。トルコ側(農林村落省)が実施する陸上調査への力の入れようや、「日本の沿岸の漁業管理を念頭に置いて、トルコでの合理的な管理を提案してほしい」との世界銀行担当者の発言からも今回の調査に対するトルコ側の期待の大きさを感じた。トルコの漁業関連の法律を見ると、トロール禁止区域や期間、漁獲禁止魚種等の他、魚種別に大きさの制限が決められている。主要漁港の岸壁には監視所があり、おそらく地方事務所の担当者がこうした規制の遵守を監督しているものと思われる。トルコでは行政庁の権限が非常に強いこともあり、漁業管理も行政的には比較的導入しやすい素地があるかもしれない。
 ところで日本沿岸の底魚資源の調査研究は長い歴史をもっているが、資源の直接評価のために層化無作為抽出法を適用した調査はほとんど実施されていない。日本の資源研究が伝統的に漁業から得られる情報の解析に大きく比重をおいてきたこともあるが、調査船をこの種の調査だけに年間数ヶ月も使用できないということや研究スタッフのマンパワーなどの条件が整っていないことも一因と考えられる。調査船による底魚類の資源量調査は投入する努力量も大きいが、得られる情報は膨大かつ系統的なものである。日本の周辺においても底魚資源の調査にこの種の調査方法が積極的に導入されることを期待したい。
 最後に調査計画の立案から作業監理業務の実施にあたりご支援いただいたJICA水産業技術協力室の方々、ならびに水産庁と水産研究所、在トルコ日本大使館の関係者の方々に感謝する。


1)Tadashi Inada(八戸支所底魚資源研究室長)
2)Shigeyuki Kawahara(遠洋水産研究所遠洋底魚研究室長)
3)Tatsuki Nagai(南西海区水産研究所内海浮魚資源研究室長)