アワビ優良品種への挑戦

原 素之



 私たちが日常口にする魚や貝の殆どは野生のものであり,家畜や作物のように飼育栽培されたものでないことから,水産では「品種」というような概念は今までなじみが薄かった。これは水産業が人間のコントロールしにくい海という環境に棲む生物を対象としていること,海には未開発な部分が多く残されかつ大きな生産力を持つため「獲る努力」により今までは容易に漁獲を増大させてきたことなどによると考えられる。しかし,近年,諸外国からの漁獲制限や沿岸水産資源の減少により,「獲る漁業」から「つくる漁業」へ,そして「つくり育てる漁業」へと転換が望まれている。また,海産生物の再生産管理を含めた飼育技術の進歩,高級魚における活魚需要の高まりなどからみても,養殖の効率化を目指す育種への期待がもたれてきている。そこで,我が研究室でエゾアワビを対象として成長の良い品種作りに着手した。エゾアワビを選んだ理由としては,高級魚介類としての需要が高い,完全な飼育管理ができる数少ない貝類の1つであるなど諸条件が整っているからである。最近,世の中バイテクばやりで,染色体操作や遺伝子組み替えなどによりいとも簡単に有用な生物が作出できるかのような宣伝がなされているが,バイテクを応用しても有用な生物を作り出すには,有用な形質を持つ個体の探索から始めなければならないはずである。
 エゾアワビの種苗生産過程では稚貝の大きさにバラツキがみられ,この原因として次の2つが挙げられる。その1つは餌や飼育密度などの環境条件,もう1つは親から受け継いだ遺伝的性質の違いによるものである。育種を考える場合,当然問題になるのは後者の遺伝的性質の方である。そこで,成長の良いアワビを作り出すため,種苗生産過程において早く大きくなるアワビを選別し,その性質が遺伝するものかどうかの検討から始めることにした。すなわち,成長が早い性質とアイソザイム遺伝子との関連性について調べることにした。複数の母貝から同時に採苗し,同じ条件で飼育した稚貝の大,中,小選別群のアイソザイム遺伝子型と殻長の大きさとの関連性を調べたところ,分析した16遺伝子座うちの1つの遺伝子座ではあったが・フォスフォグルコムターゼという酵素を支配するアイソザイム遺伝子座(pgm-1)の対立遺伝子頻度と,大,中,小選別群間に特徴的な関係が認められた。すなわち,pgm-1遺伝子座のB対立遺伝子の頻度は大,中,小群の順に高くなり,C対立遺伝子の頻度は大,中,小群の順に低くなる傾向がみられた。さらに,親貝を変えて同時に採苗し,同じ条件で飼育し,大,中,小に選別した実験を3回繰り返したが同様の結果が得られた。このことから,pgm-1遺伝子座のBまたはC対立遺伝子が成長に関連している可能性が十分に考えられた。
 成長のような連続的変化を示す形質は,主に1つの遺伝子によって支配されている形質とは異なって,いくつもの同じような働きをする遺伝子の少しずつの累積効果によって表われることが知られている。これを量的形質の遺伝と呼んでいる。量的形質は遺伝的要因と環境的要因に大きく支配されていることが特徴である。今回見つかったpgm-1遺伝子座の各対立遺伝子は成長をコントロールしている遺伝子群の1つと考えられるが,その他にpgm-1遺伝子と成長をコントロールする遺伝子とが同じ染色体に乗っている可能性も考えられる。しかし,これらのアイソザイム遺伝子と成長との関連性は,成長の良い個体を選別する手掛かりになることは確かであろう。我々の夢は遺伝的に成長の良い養殖品種を作り出すことにある。今後は,pgm-1遺伝子座のA,B、C、Dの各対立遺伝子をもつ雌と雄のいろいろな組み合わせを人為的に作り出し,これらの子をいろいろの条件で飼育し,これらの遺伝子と成長との関連性を検証してゆく予定である。
(増殖部魚介類研究室)

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