昭和58年のサンマ漁況予測と結果について

安井 達夫



 従来のしきたりに従えば,ここでの私の役目は昨年の沖合性浮魚漁況の概要を説明するところであった。しかし,例えば沿岸性といわれるマイワシが,160゜〜170°Eといった太平洋のほば中央部で漁獲された大型魚の胃中から大量に出現するように,沖合性とか近海性とか言っても必ずしも明確な区分があるわけではなく,たまたまサンマ,カツオ,ビンナガ,クロマグロを資源部で,サバ,イワシ,イカ類を八戸支所で担当しているので,魚種別に分担して記述してきたに過ぎない。今回は別項のように支所の佐藤祐二技官が,東北海区の主要魚種について総括的に書いたので,私が重複して書く必要はない。あえて補足すれば,昨年に比べてカツオが25%増の5万トン,メジは50%増であったが,クロマグロは17%減,ビンナガは資源の減少を反映して40%減という不漁となった。沿岸域では,シロザケが史上最高の漁獲量となったが,供給過剰気味で安値となり,常磐沿岸でのイワシシラスやカレイ類の漁が芳しくなかった。宮城県の万石浦ニシンは,57−58年漁期には卓越年級群が消滅して不漁となったが,58−59年漁期にはかなり回復した。ただし分布域がやや南偏して松島湾に沢山入ってきたといったところであろう。
 これだけ書けば,私の任務は終ったようなものであるが,漁獲量予想がはずれて,“足して2で割るようしないい加減な予想をしているのでは”という新聞もあるので,サンマ漁況の経過と予想の食い違いについて一言説明しておこう。

  サンマの漁獲量予想は,漁期入り直前の8月10日頃
 (1)主発生期(2・3月)・主発生域(本州南方黒潮外側反流域)の稚仔分布量
 (2)北上期(5月・6月)の東北海区の稚魚・幼魚未成魚・成魚の分布量,分布状態
 (3)北上末期(6・7月)の千島列島南側沖合海域の未成魚・成魚の分布状態
 (4)漁期直前(7月下旬〜8月上旬)の分布状態 と,漁期間総漁獲量の相関関係を根拠とし,海洋条件に基づいて予想される漁場形成位置及びその時間的推移を考慮して行なわれ,8月後半〜9月の漁況と海況の推移を見た後,10月初めに再検討し,必要があれば修正するという方法で行なわれている。
 昨年(昭和58年)の第1回目の予想では,上記(1)の稚仔分布量,(2)の稚魚・幼魚・末成魚の分布量(従来調査されてきた160゜以西水域での),(3)のサンマ魚群発見量,(4)の魚群分布量のいずれも昨年より少なかったため,相関関係から計算して,大型魚約5万トン,中型魚約10万トン,合計約15万トンと予想した。これに対し実際の漁況は,8月中は例年出現する南千島〜北海道東部海域の小・中型魚が少なく不漁となり,予想が当ったかにみえたが,9月に入ると沖合漁場で,近年稀な大型魚主体の好漁となり,漁場もなかなか南下せず,10月になっても好漁が続き,10月後半から11月に主漁場が常磐近海に移った後も漁況は低下せず,魚価維持のための生産調整が行なわれ,休漁や積荷制限がなされたにもかかわらず,総漁獲量23.5万トンが得られた。この数量は最近10年間の平均値に等しく,決して大漁ではなかったが,予想を大きく上回った。
 9月の漁況がよいと漁期間総漁獲量が多いのが普通なので,10月初めの策2回予報会議では,各県水試,漁業情報サービスセンター,全国サンマ漁業協会など予報会議の多くのメンバーは,口をそろえて25〜30万トンは獲れるはずだと主張した。その中で当水研だけが,前述の諸調査結果から資源量が少なく,千島列島近海が低温なため,北東沖合からの後続群もないと判断して,当初の予想を変更しないと主張した。結果は水研の黒星となったのだが,当水研が敢えて自説に固執したのは,前年白星を得た経験に由来する。
 一昨年1回目には,諸調査の結果から総漁獲量25万トンと予想したところ,8・9月の漁況がサンマ棒受網漁業始まって以来の不漁であったため,第2回の予報会議では大方の意見は10万トン程度の不漁になるのではないかということであったが,当水研は諸調査の結果と,千島列島近海の異常な高温状態からみて,サンマ魚群が北東遥か沖合に分布していて南下が遅れていると判断し,当初の予想よりやや低くなるとしても20〜25万トンは獲れると主張した。この論議のさ中に漁況好転のニュースが伝えられ,最終的には総漁獲量19.8万トンと水研の予想に近い結果となつた。これによって,自信過剰平たく言えば自惚れを生み,昨年の黒星の原因となったのである。
 冷静に科学的・客観的に見れば,冬期黒潮反流域の稚仔分布量と秋の漁獲量との間の単純相関は低いのであって,餌料生物であるプランクトンや捕食魚の量を考慮した重相関関係を用いているが,その内容の吟味はまだ不充分であるし,北上期のサンマ分布調査もまだ3年しか行なわれていないし,漁期前漁場一斉調査も長い間途絶えていたのをようやく昨年復活させたに過ぎない。この状態で正確な漁獲量予測ができるはずはない。現状では前にも言ったように(本誌25)漁期直前の漁場一斉調査や各種漁船の発見情報によるサンマ魚群分布状況のデータが最も相関度の高い根拠となる。しかし,昨年,一昨年の経験では,千島列島南側の水温が異常に高かったり低かったりすると魚群の分布状態が例年の状態とは著しく異なるので,調査範囲を拡大しなければならない。咋年5〜7月に,始めて行なわれた174゜Eにまで及ぶサンマ及びサンマ捕食魚分布調査では,従来部分的な情報しか得られていなかった遥かな沖合(160゜〜170゜E)の方がサンマの分布量が多いことが明らかになり,近年の沖合漁場形成位置,後続群の加入状況からみて,従来中央太平洋系群と名付けられ日本近海の群とは別であるとされていた沖合の群が,南下期に日本近海に加入してくると考えた方が理解しやすくなっている。当水研の原素之技官が東北大学と協力して行なった,アイソザイムによるサンマの系統群判別の研究結果でも,サンマ群は遺伝的に異なるいくつかの小集団が混在しているが,その混合割合は160゜〜165゜Eの沖合のものも,日本近海のものも同様であり,主漁場の時空間的推移からみて,沖合から日本近海へ来遊してくるものと判断している。
 絶対数も少ない上に,若い人の加入も僅かで老齢化が進行している水産研究所で,新たに長期間の海上調査を開始し,年々継続してゆくことは容易ではない。しかも昨今は旅費予算の減少がひどく,この点でも広範囲の長期にわたる海上調査の維持が困難になっているが,広大な海洋を泳ぎ回る沖合性浮魚の生態や分布量を知るためには,今以上に海上調査を拡張充実しなければならない。現状では非科学的と言われようが,無責任と言われようが,根拠薄弱なままに“足して2で割る”ような予報しかできないのであり,相反する情報があった場合足して2で割ることが正しい場合もある。一昨年・昨年のサンマ漁獲量は,水研予想値とその他のメンバーの予想値を足して2で割っていたらドンピシャリであった。しかし,その場合そうすることがより客観的であるという理由を明らかにしなければ科学的とはいえない。その理由が明らかにできないときは,台風の針路予想と同じように,巾を持たせなければならない。サンマ漁獲量の予想も最近10年間の平均値である23万トンを中心に±5万トン位の巾を持たせた予想をしておけば,当る確率は非常に高くなる。だが,それでは漁業者も流通業者も冷凍冷蔵業者も加工業者もマスコミも承知しない。そこで,水研・水試の研究者達が悩みつつも無理して当らぬ予報をしてしまうのが現実の姿なのである。充分な調査研究ができない予算的・人的状況においておきながら精度の高い結果のみ求めるのはいかがなものであろうか。水研の研究者は人間であり科学者である。神様でも神霊術者や透視術者でもないのである。

(資源部長)

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