水産海洋とリモートセンシング

平井光行



 天気予報に“ひまわり”の映像が流れるようになって数年になり,人工衛星によるリモートセンシングも我々の中に着実に定着してきた。海洋観測の分野でも一般科学啓蒙雑誌にGulf Streamのコールドリングの赤外画像とそれを用いた模式図が掲載される程,ポピュラーになってきた。水産サイドではどうであろうか。本邦では,漁業情報サービスセンターが昭和57年度から漁業情報利用システム開発事業でNOAA−7のAVHRR(Advanced Very High Resolution Radiometer)を用いて,輝度温度分布図や漁海況図を一般漁船に通報している。また,米国ではカリフォルニア工科大学のJPL(Jet Propulsion Laboratory)が中心となって,NOAA,Nimbus,Geosからの情報を総合漁海況速報として,海域別に放送する実験を行っている。
 リモートセンシングデータの特徴は,従来からの船舶によるデータと比べると広域同時性,反復性,高分解能を有することである。例えば,海洋研究によく用いられるNOAAは,日本付近を1日に4〜6軌道通過する。1回の通過で得られるデータの範囲は,約3,300q(スキャン方向)×5,500q(軌道方向)で,その収集に約12〜13分かかる。また,直下点ではその分解能は約1.1qである。問題点は,天候の影響を受け易いこと,データが多量であること,抽出される情報が表面に限られていること等である。しかし,シノプティックな海況の把握を目指す者にとって,人工衛星によるリモートセンシングは有効な手段である。
 では,一体,リモートセンシングによって何が新たにわかったのであろうか。東北海区では,1950年代に多くの海況模式図が提案され,その後,多くの論議を通じて,黒潮続流,暖水塊,黒潮北上分派,親潮第1・第2分枝,津軽暖水等,おおまかな水塊配置については,共通の理解が得られている。1970年代に入って人工衛星の熱赤外画像が,これらの模式図のイメージを視覚に訴えた。それが先ず第1のリモートセンシングの効用であった。更に,海洋には,いたるところに大小スケールの渦があり乱れているというイメージをうえつけた。また,海洋の変動は意外に大きく,特にこれらの渦は,時々刻々と変わると言っても過言ではない。この変動に対して,魚群はどう対応するのであろう。漁場はどこに形成され,どのように推移するのであろうか。水産こそ,この“遙感”の最大のユーザーであろう。
 昭和56年度から3年間,科学技術庁の海洋開発促進費により「海洋生物資源の把握に関する研究」にプロジェクトの一員として参加する機会に恵まれた。このプロジェクトの中では,人工衛星の熱赤外画像から見た海況の短期変化と漁場の移動との関係についての研究を担当している。当所では,CCT(Computer,Compatible Tape)からの画像の作成は初めてであり,初年度は画像の作成とその判読を中心に解析を行った対象とした時期は,1981年の10月で太平洋側の南下期のサンマの盛漁期にあたる。次年度は,1982年の5〜6月のカツオ・マグロ類の漁場と海況の変化との対応を検討した。当期は,カツオ・マグロ類が東北海区に北上加入する時期にあたる。図1にその1例を示す。これらの解析から得られた知見の概要を以下に述べる。
 黒潮前線付近には,小さなスケールの渦が頻繁に見られ,前線が100海里程度の波動となったり,下流に面して左方に暖水を突出し,その内側に冷水を引き込む。これらの現象は,Gulf Streamで報告されているfrontal eddyと酷似している。また,前線に派生する突起状の暖水は,5〜6月に北上するカツオ・マグロ類の漁場とよく対応し,また,冷水域は,10−11月のサンマ南下漁場とよく対応する。強流帯の北上突出が短期的に起こることがある。しばしば,強流帯の北側には暖水塊があり,この突出は,暖水塊の形状を変化させる。
 混合域では,暖水塊に関する知見が多く得られた。東北海区では,暖水塊の漁場形成に与える影響が大きいことは周知であるが,従来の“暖水の塊”というイメージを変えざるを得ない。暖水塊縁辺の前線の形状は,黒潮前線と同様に波動や帯状暖水域,冷水域を伴うことが多い。また,暖水塊の東側から親潮系冷水を帯状(巾10〜20海里)に引き込むことが多く,時には渦巻き状に中心部まで及ぶことがある。この帯状の冷水の分布は,秋季のサンマ漁場の移動経路とよく対応している。
 親潮前線の形状は,黒潮前線より複雑である。特に漁場が形成される秋季は,鉛直混合に移行する時期にあたり,前線は波長の短い(数海里程度)波動や渦を例外なく伴う。しかし,これらの小スケールの乱れと漁場はあまり一致しなかった。また,親潮第一分枝が分岐し,2〜3筋の南下冷水(巾10海里程度)となっているのが見られた。そして,サンマ漁場はこれらの南下冷水の分布とよく一致していた。
 本研究は,魚のavailabilityに関する研究の一端であり,熱赤外画像でみた海況と漁場移動との対応関係をみる研究である。従って,水温を主要要素と考えた環境決定論的立場で,短期的な漁場の移動の予測がどの程度できるか,という問いに対する答えを出すことが一つの目標である。
 潮境に魚が集群することは周知であるが,潮境ならいつでも,どこでも漁場が形成されるという命題は,必ずしも真ではない。漁場予測のためには,漁種別にその時期,潮境周辺の環境等を考慮する必要がある。現在,前線に伴う暖冷水の形状をいくつかのパターンに類型化し,海域・季節・魚種別に漁場との対応関係を調べる作業を進めている。つまり,赤外画像という海況を可視化した新尺度で漁場環境を見直すわけである。リモートセンシングデータもかなり容易に入手できるようになってきた。近未来に日本の海洋探査衛星,MOS−1,MOS−2も打ち上げられる。今後,船舶による精密な立体的解析や力学的研究と並行して,リモートセンシングの特徴を最大に生かしたシノプティックな海況とその短期的変化について,新知見の精力的な収集と整理が急がれる。かつての,海洋諸現象新発見時代の研究者達の冒険的,かつ,情熱的な観測を忘れず,いつまでも新発見の楽しい夢を持ち続けたいものである。
(海洋部第二研究室)

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