東北海区の漁業特性、とくに多獲できる浮魚にふれて

篠岡久夫



 本年度のはじめから、三輪前所長に引き継いで、当研究所の所長を務めております。 この研究所の33年になんなんとする歴史を背景にした8人目の所長ということで、所の いままでの来し方といまからの行く方を正しくつなぐ役割を私なりに覚えております。しかし、 東北水研のこのように長い研究展開の経過と経緯をまずもって心得るとともに現在の諸情勢に おいて東北水研に付託されている社会的な要請を十分に見取って、将来に向けて両者の合一を あやまりなくはかることは、言うは易く行うは難しいことであります。まして、非力な私においてを やであります。大方のご理解とご支援を切にお願いいたす次第でございます。また、こうした ことのためには、研究所の内務的な諸事情を、もしいびつなところがあるとすれば、ひずみが ないようにすっきりする必要があろうかと思っております。無理をそのままにして、円滑な研究の 推進はのぞむべくもないからであります。難航によく耐えるのは構造的にバランスのよい船なので あります。
 東北水研に来た私が、いまにしてはじめて経験していることは、東北海区に来遊するまぐろ類、 かつお、さば類、まいわし、さんま、するめいか等のいわゆる浮魚類の資源と漁業についてで あります。これらの浮魚の東北海区における年漁獲量は、魚種毎に数万トンから数十万トンに達して おります。こうした規模の多獲は、沿岸浅海の増養殖的利用にのみかかわってきた私には、まさに 未知の巨大な事象であって、いろいろなことを気付かせてくれ思案させてくれます。
 これらの浮魚類は、魚種毎に、年次毎に、資源や海洋の状況によって、東北海区への 来遊量が大きく変動するので、それを対象とする漁業は、需要に見合う適当量の漁獲を維持し難く、 需要に対して過剰なあるいは不足な漁獲を繰り返している。したがって、これらの漁業を安定して 生産性をそこなわないようにする方途は、資源と海洋の構造把握にもとづく変動解析によって、 精度の高い長期的な漁海況予測を実現することである。という事実認識と対処方向は大いに 素直に理解できます。しかし、こうするために正当にして正鵠をえた研究の進め方については 具体的になかなか納得し難いものがあります。これらの資源の存在領域は、東北海区を越えて 広大であり、種によっては太平洋的であります。また、これらの資源は、当然に、東北海区 以外でも各様に被圧されています。とすれば、現在の調査組織と研究手法によって、資源の 全体像は果してどこまでうかがわれえているのであろうかと少しく疑懼されるのであります。 蓋然性に根差した蓋然性としての予測を成就するために、現在において不足している要素は 何であるのか、今一度あらためて調査手法を見直すなかに、事態を分明にする必要があるように 思われてなりません。
 これらの浮魚類の多獲を主体にして、東北海区に操業する太平洋北区の漁業は、近年の実績と して、全国生産量の20〜22%に相当する200〜220万トンを漁獲し、わが国の水産物需要に 対して一大供給元として機能している。したがって、わが国水産に占めるこの役割を前提にして、 東北海区の各種漁業の生産性を高めることに研究の効用が見出される。という認識を是とするほどに こうした諸関係のなかにおけるいわゆる栽培漁業としての増殖生産の位置づけが一考されてきます。 増殖生産は、沿岸漁家の収益に直結するものとして意義があり、大いに栽培漁業として振興される べきでありますが、その生産量は浮魚漁業の漁獲量に比して僅少量であります。増殖生産は、 浮魚漁業では満足されない需要部分の供給を万全にしてゆくが、浮魚漁業が担っている量的な 役割を肩替わりするようには機能しないのであります。とすれば、200海里体制が定着して きたが故に、わが国周辺水域の利用を一層効果的にするべく、栽培漁業の振興をはかるという 思潮は、大いに結構でありながらも、何かを捨象しているように思われます。200海里問題は それとして、わが国周辺水域の利用を一層活性化するべく、栽培漁業によって増殖可能な 特定水産物の需要と供給を安定的に拡大してゆくという構えこそが真正であろうと考えられます。 栽培漁業と浮魚漁業の機能分担を妥当に考量する必要を感じているところであります。
前 養殖研究所企画連絡室長  所長

Hisao Sasaoka

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