中期在外研究「航空機搭載リモートセンサーによる海洋研究の動向調査」雑記

黒田隆哉



1.いきさつ
 昭和53年の末に技術会議を通じて,科学技術庁から54年度の中期在外研究員・国際研究集会その他の海外研修希望者の募集があった。年末・年始のなんとなく落ち着かない時であったが,若し合格すれば年来暖めていた希望がかなえられると考え,思いきって応募した。募集期間が短かく(毎年募集があるので,希望者は当然まえまえから準備しておくべき事柄ではあるが)、1月4日の仕事始めの日から,初めての和文タイプライターと取組んだ。6日付で提出し,22日付で技術会議を通過したとの知らせがあり,3月17日付で技術会議を通じて正式に合格決定の通知が届いた。10年前に滞米12ヶ月(オールギャランテイ)の経験はあるものゝ,やはり緊張した(期間10月15日〜11月13日)。


2.目  的
 年来の希望というのは,10年前の冬に,米海軍海洋学局(NAVOCEANO)の観測機(当時はロッキードのスーパーコンステレーション)に乗せてもらって湾流(ガルフストリーム)の調査に立会ったが,天気が悪くなり氷が機体に着きだして危険となったゝめ7時間で帰着した。今でもこの種の調査を実施しているのならもう一度乗ってみたいということゝ,当時より新しいどのような測器を使用しているかを,見聞きしたいということであった。さて今回の在外研究の正式な目的は以下の通りであった。航空機による海洋観測(例えばCZCSによる生産力・汚染調査等も含む)・魚群分布調査等は,その迅速性・省力性・広域同時性等から,調査船等による在来の調査の相当の部分を肩代わりするとともに,調査船等と人工衛星との中間にあって必要不可欠の使命を果たすものである。このような航空機本来の特性を生かすため,今後この方面の開発と展開に一層の力を入れることが必要である。東北水研では昭和30年頃から他機関にさきがけて航空機による水産・海洋調査を開始し,現在に至っている。その成果は東北海区はもとより他海区の海洋研究・漁海況予報の向上に大きく貢献している。最近では科学技術庁特調費による「北方亜寒帯域に関する総合研究(昭和46〜48年)」,「津軽暖流域に関する総合研究(昭和50〜52年)」等のなかで,航空機利用の水産・海洋調査・研究を行い,また航空機用水温計(AXBT等)の開発の糸口を拓いた。筆者はこの間にあって終始この調査研究に参加し,今日に至った。一方米国では昭和25年頃から航空機利用の海洋観測が始まり,航空機用水温計その他の計器の開発をも進め,それらを利用して海洋研究を促進し,最近では調査船・航空機・人工衛星・ブイ(繋留又は移動式)等による一体的観測がしばしば実施されている。航空機による観測項目のうち最も基本的な水温の観測は,現在我が国では表面水温だけであるが,米国ではこれに加えて下層水温も測れるAXBTを使用し,迅速な海洋調査研究に威力を発揮している。我が国では目下開発中で,1日も早くこれを完成し,実地に応用することが望まれ,またその他の計器についても同様の事情にある。


3.研究計画
 筆者は米国におけるこれらの現況を実地にたしかめ,出来れば観測機搭乗の機会も得て機器の運用についても研修し,これにより航空機による海洋調査の運営システム,使用航空機の種類・性能・問題点,AXBT・ART等リモートセンシング用機器の種類・性能・問題点及び調査結果の解析並びに普及広報システム等について明らかにし,この経験を生かして我が国における航空機による水産海洋観測の充実を促し,漁海況予報精度の向上にも役立てたいと考えた。このような考え方から当初の行動計画では,米海軍海洋学局や沿岸警備隊の実旋部隊を歴訪して調査を行う心積もりであった。その後,今回の調査に関して総括指導積任者を引き受けてくださったテキサス農工大の市栄教授の御指示とお手配,及び関係米国研究者諸氏の意見も容れて,結果的には下記のような行動となった。

イ.米航空宇宙局ガッダード宇宙飛行センター(メリーランド州グリンベルト)
ロ.沿岸警備隊海洋調査部門(ワシントンD.C.)
ハ.米航空宇宙局ワラップス飛行センター(ヴァージニア州ワラップス島)
ニ.テキサス農工大学海洋物理学部門(テキサス州カレッジステーション)
ホ.米航空宇宙局ジョンソン宇宙センター(テキサス州ヒューストン)
ヘ.州大学組織スキダウエイ海洋研究所(ジョージア州スキダウエイ島)
ト.ジョージア大学海洋研究所(ジョージア州サペロ島)
チ.ウヅホール海洋研究所(マサチューセッツ州ウヅホール)
リ.米大気海洋局東北区水産センター(ロードアイランド州ナラガンセット)
ヌ.米海軍航空試験センター(メリーランド州レキシントンパーク)

以上である(但し,このうちロ.ホ.ヘ.チ.リは計画外)。


4.調査経過
 イ.からリ.までの試験研究機関では,海洋の調査研究に際して,航空機及び人工衛星のどのようなリモートセンシング機器がどのように実用されているのかについて,実際に現場にも出て調査・研究に従事している人々に面接し,既に終了して目下整理中のもの,現在進行中のもの,及びこれから始めようとしている調査研究について具体的に説明してもらった。いずれも報文印刷中,若しくは準備中のものばかりで,コピーをまだもらうわけにもいかなかったので,その内容についてはこゝに詳しく述べることが出来ないのは残念である。これらによると沿岸から沖合まで,海洋の調査研究に,程度の差はあるにしても,航空機や人工衛星のリモートセンシングデータを利用することは既に常識となっており,諸データの中でも重要な部分を占めることが多いようであった。


(1)温度分布の赤外画像(ART測温,スキャナー画像,人工衛星画像等)利用
 これの利用・解析は最も多く行われており,解析の結果は調査研究を進めるうえで有力な援用手段ともなっている。データは豊富且つ連続的に入手できるようになっているので,これを利用することによって,例えば海洋前線(ガルフストリームとシェルフウォーターやスロープウォーターとの成す前線など)の時空的変動や,これらから派生する暖・冷水渦の挙動の追跡などが容易にできる。したがってこれらの画像自体を主として用いる研究も可能であるし,更にこれらの画像による一応の解析を基として,調査船(や航空機)による調査計画作成,現象の精査が可能となり,研究が効率的に促進されている(当時ジョージア大学海洋研究所を除き全試験研究機関)。


(2)クロロフィル分布に関するCZCS等によるデータの利用
 沿岸水域におけるクロロフィルの分布を広範囲に,またこれを繰り返し観測することが可能になれば,沿岸域における基礎生産・有機汚染(赤潮等も)の実態及びその変化を迅速に把握でき,有効な予測も可能となる。この機器についてはニンバス7やシーサット等に搭載されたものが,現在のところ所期の成果を発揮し得ていないようであるが,今後この種の測器は航空機や人工衛星などに搭載されて大いに使われることゝなろう。航空機(U−2機)に搭載して沿岸域のクロロフィル分布を測定したものと,これと時を合わせて調査船で採水して実測したクロロフィルa量との相関係数は,海峡部・沖合域を除いて0.8以上で極めて高い。これによりCZCSが実用に供され得ることが確かめられ,U−2機等による広域・反復測定による沿岸域の生産力研究が始められている(ガッダード宇宙飛行センター他)。


(3)海面粗度測定(ラダーアルティメーター)データ 航空機・人工衛星等から海面の粗さ(例えば波等)の測定が行われ,調査船による実測とも併せて,波の研究や風成海流の成り立ちの追究等が行われている(ワラップス飛行センター他)。


(4)海面高度の測定
 重力測定・ジオイド決定の精度向上と相俟って海面と人工衛星間の距離測定等の技術が進歩し,海面の高低がかなりの精度(数cm)で求まるようになり,これから海流理論と併せて,海流の位置・流速や走向のパターン等が算出可能となってきた。
 人工衛星のこれらのデータをフルに使って,ガルフストリームの流況の数日間隔の変動が調べられている。ガルフストリームと岸側のスロープウォーターとの境界(海流のへり)では170p位の高度差があり,これが日とともに徐々に変化していく様子が図示され,調査船等在来の方法では測れないガルフストリームの実態が明らかにされつゝある。もちろんこのような調査研究には観測船・航空機・ブイステーション等も動員される(ガッダード宇宙飛行センター他)。


(5)AXBTによる下層水温測定その他
 航空機用投棄式水深水温計(AXBT)も大巾に改良されており,10年前筆者が搭乗体験したときに見たものよりも,プローブ(測定子),受信記録装置ともに操作その他が簡便・確実になったようである。米海軍航空試験センターは航空機を使用して海を調査する3つの研究プロジェクト(MAGNET,BIRDSEYE,OUTPOST SEASCAN)を経常的に推進しており,今回搭乗研修したプロジェクト(OUTPOST SEASCAN)も筆者の希望通り,ガルフストリームの流況及びこれより派生した冷水渦の観測であった。
 午前6時ゲート入り,午前8時観測機(P3−Aオライオン)で離陸,午後7時帰着(11時間)。途中天候悪化し,座席にしがみついていないと転げ落ちる位のガタ揺れという強行軍(軍人約15名と科学者は小生とも3名)であった。機内ではAXBT(100本位準備),ART,海面粗度計等が見られ,今回はこれらが主な計器であった。AXBTについては特に有益な見聞を得た。なお搭乗後直ちに隊長の指示で,筆者だけ兵隊さんから緊急時パラシュートの着け方,操作方法,救命胴衣の着用及び着水時操作法,機外脱出方法等を教わって緊張した。


(6)漂流ブイの人工衛星による追跡
 漂流ブイの人工衛星による追跡では,有用性の検討の段階を終え,流れの微細構造の解析や冷水渦の細かい動きの追跡研究等が行われている(沿岸警備隊海洋調査部門他)。


(7)その他の機器の利用
 その他の航空機・人工衛星搭載機器についてもワラップスセンター内飛行場の観測機内,各機関の研究室内等で実地に見聞し,知見を深めることが出来た。


5.雑  感
 各歴訪機関における滞在日数は1〜5日間であり,筆者の調査研究活動も「米海軍航空試験センター」における搭乗調査を除いては,主としてそこの研究者との,主題を中心とした研究に関する意見交換に終始したので,特に試験研究機関における設備環境についての印象は薄い。しかしいずれも敷地広大で,閑静であり,清潔であった。試験研究機関はその存在及び活動についていずれも外部の人達(国民等)の理解を深めるため,部外活動に多大の配慮をしているようであった。各種啓蒙パンフレット,機関紹介パンフレット(要覧)など多く発行し,また水族館や見学者用展示館(ビジターセンター)等を付設して,地元市民,学生・生徒や見学者とのつながりを強める努力をしているところが多い。なお今回訪問した機関のうち,米航空宇宙局ガッダード宇宙飛行センターは米国宇宙飛行計画実施部隊の中枢的施設であるためか,警備が非常に厳重で(最近特にとのこと),訪問希望者は必ず事前に外務省を通じて,センター本部の了承を取り付けておくことが必要である。これが済んでいないと,内部にいかなる知人がいても,これがいかに門番に頼んでも絶対に入れてもらえない。文書の往復その他で1ヶ月以上は時間がかゝると思うので,希望者はこのことに充分留意して手続きを開始しなければならない。
 なおこれまでに述べてきたこと以外に蛇足をつけ加えてみたい。


(1)米国でも調査船の維持や,観測を実施するために船を仕立てる等にはやはり莫大な経費がかゝるので,対策に頭を痛めているところが少なくない。
(2)自国で多数の人工衛星を上げているため,データの入手・利用が容易・迅速で,例えば海洋研究の進歩を促進する効果も大きい。また莫大な費用のかゝる人工衛星に関して国民(納税者)の理解を得るため,国が積極的に衛星データの利用に関してサービスに努めている。
(3)特に東海岸沿いを歩いたためか,沿岸・近海漁業は大きなものがなく,筆者の会った範囲で海洋研究者の漁業に対する関心は薄く,また国や州の対漁民サービスも,日本の漁海況予報事業のような組織的・大規模のものは聞かれなかった。
(4)筆者の歴訪した研究所,出会った研究者達(いわゆる大先生方でなく,直接現場へも出かける研究者が多かった)が偏ったためか,施設内を歩き,各研究室を廻って挨拶したり,話合いをしたりした感じでは,中・老年の人はあまり目につかず,20〜30歳代の人達が多く,どの研究所も若さと活気に溢れている感じが強かった。


8.終わりに
 日本からワシントンに着いたその日に1,000ドル入りの小切手帳を紛失?したり,ヒューストンの空港でなれなれしく片ことの日本語で話しかけられ,たくみに5ドルまき上げられたり,帰路サンフランシスコの混んだバス内で尻ポケットから,70ドル位入った財布を盗まれ?たりといった失敗が幾つかありますが,こゝでは省略し,最後に現地でたまたまお会いし,大変お世話になった日本人の方がたのお名前を記念に列挙させていたゞきます。ワラップスセンターで遠藤昌宏さん御一家(東大海洋研),テキサス農工大で井上正道さん(東海大出身),スキダウエイ海洋研究所で前田勝さん(東水大),ウズホール海洋研究所で杉本隆成さん御一家(東北大理)。

(海洋部長)

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