あなあき症ワカメ

秋山和夫


 海藻にはアナメとかアナアオサとか元気で正常と思われるものでも葉体に大小多数の孔があき、どうして、何のためにこの孔があるのかと考えさせられるようなものもあるが、多くのものは葉に孔などあいていないのが普通で、ワカメもそうである。このワカメの葉に孔のないことは食事の時などに切れ端としてしかお目にかかっていないような大方の人でもお気付きのことと思う。
 ところが近年生長途中のワカメで、葉や茎にポツポツと孔があいてきて、ひどいと一面孔だらけとなり、遂にはポロポロになって、切れて流れてしまうような被害が発生してきている。これを「あなあき症ワカメ」と呼ぶことにしているが、今迄主に宮城県気仙沼湾内の養穂ワカメにみられていて、生産者にとっては減産や品質低下ということで大きな問題となっている。
 地元漁業者はこの被害は近年になって起きていることや、毎年湾奥漁場で発生があり、被害もひどいことなどから、陸上からの汚染や埋立てなどによる環境改変の結果によるものとして、県や市に被害補償を要求し、同時に水産庁等に対し原因の詳細究明について要請を出してきた。その結果、研究開発部漁場保全課の世話により環境庁からの予算(環境保全総合調査研究促進調整費、計約520万円)が昨年11月になって本決まりとなり、「リアス式海域における孔あきワカメの被害発生機構に関する調査研究」が急遽実施されることとなった。これには地元の気仙沼水試を始め宮城加工研、岩手水試、東北水研の各担当と、北海道大学水産学部微生物学講座の方々に加わっていただいて、現在仕事が進められている。そこで今までの諸状況や得られた結果などの概略についてお話しておこう。
 まず被害発生地の気仙沼湾は三陸のリアス式海岸域の中程にあり、主湾は巾が広いところで約2Km奥行約10Km 程の比較的岸深かの湾である。湾ロから奥にかけてノリ・ワカメ・カキ、それに少々のホタテ・コンブ・ホヤなど各種の養殖漁業が盛んである。一番奥に漁港・商港があり、背後に水産業とその関連産業が主体の人口約6万程の市街地をひかえている。一寸古くなったが、有名な歌謡曲にも歌い込まれているような港町である。
 湾内の養殖漁業はノリ・カキの歴史が古く、次いでワカメが約15年程前から、またホタテが10年近く前から始まっている。場所は岸近くで支柱式のノリ養殖が、また湾の中央部よりで筏式または延縄式によりカキ・ワカメ・ホタテなどが養殖されている。時期的には秋から翌年春にかけてノリ・ワカメが、またカキ・ホタテは周年施設が設置されている。
 今迄これらの養殖での問題は、ノリでは他の三陸各地の湾同様、病害発生などにより年による好不漁が顕著であったし、カキについても時に大量へい死も発生し、特に近年は湾内の富栄養化による赤潮の発生が原因と見られる「赤変ガキ」の発生が、ワカメのあなあき症と同様大きな問題となっている。またホタテも歴史は新らしいものの大量へい死の問題が起き現在は湾内では殆んど行なわれていない。一方ワカメは採苗期の幼芽におきる「芽おち」被害を除けば三陸各地では病害の発生も少ない比較的安定した養殖ものといえるが、気仙沼湾内に限りあなあき症の発生による産業被害が続いている。このあなあき症は気仙沼水試の調査によると昭和43年頃からみられ、その後は多少はあるものの毎年のように発生し、生長初期の12月頃と翌年2〜3月の収獲期(水温の最低の時期でもある)、特に後者の被害が多いという。この生長初期と後期のもの、また今迄例年みられてきたものの中では年により病徴など幾分異なるものもあるようで、すべてが同一病害と断ずることは出来ない点もあるが、今迄の水試の調査研究結果では、原因は菌類または細菌類の寄生性病害によるものとし、水温の推移や汚濁等の湾内水質の悪化、或いは強風波や害虫類の大発生などによる葉体の物理的損傷が被害助長の原因であろうと推定している。
 さて、今回の調査研究では、まず気仙沼湾内の被害発生状況等の疫学的な資料をとること、試験筏を湾内3ヶ所程に設け、産地を異にした種苗も加えて被害の発生を詳細追跡すること(気仙沼水試)と、今まで被害の起きていない近接の形や環境条件など類似した湾である大船渡湾−−気仙沼のように湾奥部まではワカメ養殖を行なっていない−−の中にも同様の試験筏による養殖試験が実施された(岩手水試)。当然両湾とも水質や底質更には細菌相などの定期調査も行なわれた。また葉体活性度表現のための検討も行なわれた(加工研)。更に被害の発生原因として細菌の関与が考えられていたことから原因菌の分離検討、細菌相調査が行なわれ(北大・水産)、また当水研ではこの分離菌による発症検討実験と被害葉体の光学および電子顕微鏡による詳細観察などを担当した。
 このような項目と態勢で仕事を進めて来たが、今年度は今迄昨年末に湾奥漁場の一部で軽いあなあき症の発生があっただけで、幸か不幸か殆んど被害の発生はなく、湾内では数年振りの順調な生産という調査には一寸皮肉な状況になっている。
 中間報告会での湾内観測結果の説明では、水温変化や、栄養塩、COD、底質その他環境条件の値は例年の測定値と著るしい差はないという。
 一方細菌についての検討結果は、昨年の12月に発生した被害葉の試料からは60種以上の細菌が分離され、その中で約10種が被害発生の嫌疑菌としてあげられ、更に当方での接種発症実験でもその中のビブリオとかプセウドモナスに属する2・3の菌で傷痕拡大などの作用が明らかに認められている。また天然の病葉と細菌接種葉の薬体組識や細胞内部の電子顕微鏡などによる観察では何れも細菌の寄生が認められている。これらのことからこのワカメあなあき症は細菌による病害と判断される。
 なおこの気仙沼湾に発生するあなあき症と良く似た被害−多分同じものと思われる−は時に他の湾、例えば宮城県女川湾奥などにもみられたという事であるし、宮城県塩釜港では海底に生育する天然ワカメで例年可成り発生している。これは養殖と異なり天然のものではあるが、発生し始めた年代や発生時期、それに発生場所が市街地に近い湾奥であることなど気仙沼湾の場合と良く似ている。またこの塩釜港の場合は被害の発生域が水質汚染によって起きるとされている養殖ノリの「がんしゅ病」被害のひどい地域とも良く一致している。
 以上気仙沼湾では今年度は例年のような全湾的なひどい被害に至らず、厳密には大被害を起こす場合の病因の断定や環境の検討とはいきかねようが、今後は被害が蔓延したり、しなかったりする場合の環境条件の検討、特に汚染などと関連した環境問題の検討は当地方の増養殖漁場でも是非必要である。また養殖施設や技法などの点も含めワカメ葉体側の諸問題の再検討、吏には視点を変えての病因究明なども必要と考えている。
 なおこの問題についての予算措置は残念ながら50年度だけであるが、51年度からは水産庁の指定試験研究課題として気仙沼水試により仕事が進められる予定になっている。
(増殖部藻類研究室々長)

Kazuo Akiyama

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